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名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
所属:07年10月19日付で、全日本プロレスに正式入団。
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー。
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

全日本プロレスリング所属の正統派プロレスラー。
彼の名言には3ゴング!!
 
 
 
 
 
テレビコマーシャル撮影
2007.06.30
今日は朝六時起き。

新幹線で山形に。

蔵王温泉スキー場にいくかのよう。

車内で熟睡。

到着後ビーというクラブのテレビコマーシャル撮影。

みなさん来月から山形のTBS系にて見られるようです。

女性に囲まれた映像に。

そこから車で米沢の会場に移動。

即ウォームアップ。

試合開始直後、パートナーの長井選手が高山善弘のハイキックが顎に入り失神。

結局最後まで私がニ対一。

今日は1日が長かった。

昨日の晩も気が付けば四時前 。

レスラーは飲んで食べて移動して試合してそれでもまた次の日もそのまた次の日も。

生きていくことは大変。

それにしてもあの男の蹴とパンチは効いた。

長井さんの状態が心配。


明日は試合
2007.06.29
昨日の永井氏。

もと立教の応援団長だけあって会うのはそうとう通いなれた池袋西口。

戦争の話で盛り上がった。

国連での松岡外務大臣のとった行動についてまで言及。

極道との喧嘩して前歯が4本、相手の頭に刺さって血だらけになった。

だから永井さんは大学のころから入れ歯。

昔の人の話は非常に興味深い。

3日前はそういえば青ヘルのボスに会った。

学生運動。

昔のその時代は学生に力があった。

それがいまじゃ学生の30%近くにも引きこもりがいるらしい。

何とも情けない。

学生運動は引きこもってちゃ何もできないどころじゃない。

倍賞鉄夫も早稲田の学生運動のリーダー。

あの人は他の重役と違った発想をもっていた。

自分自身が相当な遊び人。

人一倍誰よりも遊び心をわかっている。

いい大人が事務所の女の子と大真面目で社内で空気銃で打ち合いをして遊んでいる。

あの方はどこいるんだろう消息不明。

私もそういえば、引きこもりの一種?

 バーにはいると外に出たくなくなる。

あと、アメリカに戻るとアメリカから出たくなくなる。

地球からも出たくないもの引きこもり?

 バーに引きこもりながら、池袋、目白、大塚の順で永遠と転々とした。

今日の午前中は昔、アントニオの運転手をしていた渡辺氏と大手町のジムに出かけた。ビルの25階のジム。

今日も何のりできないのでプールで我慢。

毎日泳がないと気がすまなくなってきた。もちろんその後はビール。

明日は山形で試合。

さくらんぼが美味しい季節。

あの次は新潟。

この2都市の共通は米と酒。

試合後の居酒屋で一杯その町のものを食べながらいただく。

巡業の醍醐味。

今晩もIT関連の方々との食事でいまから池袋に出かけてきます。

明日は高山と久々の試合。

試合後のリポートもお楽しみに。


飛行機浴
2007.06.28
都内にいると本当に飲みの席が毎晩のようにある。

私は基本的に飲むときはあまり食べない。

シャンパンを飲むときはなおさら。

あれは、すきっ腹で飲むものであり間違っても食後酒ではない。

一番都合のよいというか、好きなのみかたは1にシャンパン、2に白ワイン、3に赤。

もしくはずっとシャンパンでも可。

飛行機に乗るとひたすらシャンパン。

泡が脳にしみこんでいくのがわかる。

あの泡が幸せの気分にさせてくれる。

わたしはお酒を味だけでなく脳で感じるようにしている。

どのように脳に伝達してくれるかを毎晩実験する。

安い酒は確実にこの脳への伝達がスムーズに行われない。

足に来る場合もあるし、顔で止まってしまうことさえある。

酒ののみ心地は味やアルコールだけでもない。

飲む相手、飲む場所、特に目にはいるもの、周りの客、サーブしてくれるウエイターのマナー、つまみのあじ、照明、音楽、グラス、イスのすわり心地。

こうしてさまざまなことをなんだかんだできっちりと満たしてくれるのはやっぱりホテルに限る。

日光浴と同じ感覚でホテル浴という言葉があるくらい。

飛行機浴という言葉も私の中にアル。

実際問題、パイロットやフライトアテンダントは寿命が短くなるらしい。

子供を生むときも確立からして男を生むのがおおくなるらしい。

出発前に一杯。

機内にはいって一杯。

飛んで水平飛行機なって一杯。

食事中に一杯。

食後に一杯。

免税品の販売中に一杯。

フライトの半ば、アンカレッジあたりで一杯。

五大湖上空あたりで一杯。

機内の照明がついて一杯。

チーズと卵だらけの朝食をとらずに一杯。

マンハッタンを横切らずにバッファローからロングアイランドに抜けかかり一杯。

左車線の車がみえて一杯。

そうしたらもうJFK。

いまはなき、なつかしの800便。

UAさん、ニューアークはともかくNRT-JFKを早くまた復活を祈ってます。

今日は近くの公園で運動。

夜はニューヨークの私にとっての姉、山崎五紀さんのだんなさん、兄のような存在の永井勇巳さんのお父さん。

永井礼次さんと飲み会。

この方昔立教大学の応援団の団長。

その父は永井八津次。

東条英機とともにミズーリ号の調印式に参列した方の一人。

陸軍のトップ3。

戦争の話をつまみに酒を飲む。

そうだ、その次は海軍の軍人さんの娘の話をつまみにのもう。

戦争の経験の無い私には戦争の話はものすごく興味深い。

戦争の無い世の中に生まれてどれだけ幸せなのか。

登校拒否、引きこもりの諸君よ。

昔を知りたまえ。

どれだけ恵まれているのかを。

めぐまれ過ぎて人間がだめになる。

人間は行動でしめさねばならない。

海に出て、波に乗るがよい。

明るい明日が見えてくるものです。


海には浸かりたい
2007.06.27
最近海に入る癖がついたおかげで毎日海水に入って泳がないと気が済まなくなってきた。

私は九十三年から海外生活がスタートし風呂に入る習慣がなくなってしまった。

いつもシャワーのみ。

なのに海には浸かりたい。

昨日帰京しここ文京には海がない。

さあどうしよう。

どうやってあの海からあがったあとの猛烈に爽快な一杯のビール状況をつくろうか。

昨日の晩、原宿の南国酒家にて今後の戦略会議。

二次会はある方の西麻布の大豪邸。

すごすぎて言葉が出ない。

車庫にはアストンマーチン。

飲み物はボランジェ。

葉巻がまたよく似合う。

まるでボンド。

ブラック音楽をこよなく愛している。

日本の不景気がこの家のなかではまるで嘘のよう。

今日は結局、池袋サンシャインのプールで一泳ぎ。

行きはクロール。

帰りは平。

夜は銀座に向かいます。

 

写真は昨日の豪邸に住む方がもらったというマイケル・ジャクソンの直筆サイン。


リクエスト
2007.06.26
朝からたまげた。

クリスベノワの死。

地位も名誉も金も権力をも手にしたときの幸せとは一体なんだろう。

私なんか家にあるのは、おにぎりとビールだけ あとは何にもない。

まぁビールは瓶だけどね。

それだけで最高。

缶よりも断然瓶。

しかも大ビン。

銘柄はスーパードライ、サッポロ黒ラベル、キリンラガーのピッチャーでいうと中二日のローテーション。

キリンラガーがクレメンツ。

サッポロ黒ラベルがペティト。

スーパードライが王建民。

ビールをそそぐ安定したグラスはポサダ。

ビールに合う餃子がジーター。

焼き鳥はA-ROD。

焼肉はジアンビ。

うまい刺身が松井秀喜。

私の好物の漬物はバーニー。

最近漬物がいない。

帰ってくるためにスタンバイしている噂もあった。

このまま引退なのかなぁ。

タンパにいるときは家ではライとビールが多。

バーに行くとハイネケンかベックス。

バーにまで行ってバドはのまない。

だがアメリカ人はバドが大好き。

そこでヨーロッパ人からするとバカにされる。

日本はドイツから学んだこともあり国民のテイストはヨーロッパ系。

フランスのクローネンブルグやイタリアのペローニもGood。

しかし男はボンドに学ばねばならない。

ボンド映画でビールは私の記憶では出てこないような気がする。

やはりシャンパンやマティーニはお洒落だね。

かっこよく生きれば生きるのも楽しくなってくる。

たまげたはずがだんだん楽しくなってきた。

太東の海岸でもう海の家ができそう。

だけど真夏の海でもなんでラーメン、カレー、おでん、焼そばか定番なんだろう。

冬のスキー場でもこの定番。

不思議だ。

不思議すぎて喉が渇いてきた。

ローテーションの回転を早めるか。

もしくわもう一人中三日ペースでもよい。

大事なムースを忘れていた。

ムースはビールではエビスかなぁ。

井川も先発に入れたらニューフェイスのキリンゴールド?

ちなみにリベラはカロリー抑え目の淡麗あたり。

今晩は芸能界の業界人との打ち合せで原宿へ。

河崎監督も来る。

いかレスラー2のリクエストをだすか。


フリー
2007.06.25
夜中に都内から太東に向かうと一時間15分。

はやい。

夜は高速の使い道がたかい。

日中はばかみたい。

欧米でも有料道はなかにはあるがほとんどフリー。

ドイツなんかスピードまでフリー。

町の中心地近辺はいくらアウトバーンでも制限は有るがそれ以外は完全にフリー。

百五十キロで走る車を二百四十くらいでどんどん抜かされる。

むかしオーストリアのグラーツでオットーワンツ氏に家に招待されさんざんご馳走になったかえりみち、ベンツ600のアクセルを一踏みで一気に二百二十キロ。

車もすごい。

そこまで出すのもすごい。

もっと驚いたのはエンジンの吹かしの音と共に一瞬いびきの音が聞こえた。

まさかとおもったら一瞬寝たらしい。

ということは寝た瞬間の体の脱力が右足を伸ばしたということになる。

さすがビッグオットー。

嗚呼またオーストリアでもゆっくり行きたいなぁ。

オーストリアは白ワイン。

ホイリゲの森を散歩しながら居酒屋に寄り自家製ワインをいただく。

ベートーベンをはじめとする多くの芸術家はみんな森からヒントを得る。

みんな森と会話できるらしい。

私はちなみに犬とも猫とも話せません。

外人とは話せますが。

とくに金髪と。

あやうく私は蝶野さんのことをお兄さんと呼ばねばならない状況は免れたが。

これが人生。

 

付け加えますが、オーストリアのうまいビールはゴールデンファッスルとガッサー。

ホイリゲの森を散歩するツアーも組んでみたい。

グリュースゴッド。


サービスエリア
2007.06.24
 

新宿駅前十一時に集合し無我バスで中央道を通り長野へ。

圏央道が開通しかなり早く関越にでられるようになった。

高坂サービスエリアで休憩。

行楽客でごったがえすもみんなお構いなし。

オジサマオバサマらとともにうどんコーナーにならんだ。

レスラーの夕飯は実に豪華なものだが昼食はいつもいつもサービスエリア。

全国のサービスエリアによった。

サービスエリアでも美味しい不味いがある。

個人的に酒々井のラーメンがすき。

憲二さんのお薦めでもある。

あんだけ有名ならラーメンなんか食べてる場合じゃなかろうに。

でも本人いわくサングラスに帽子でばれないらしい。

今日の天気はあいにくの空模様。

体育館のとなりにすばらしい野球グランドがある。

新日本できた場合いつも海野さん、山口リングアナ、営業の大塚、飯倉氏らとよく試合前リラックストレーニングの一環として野球をしたものだ。

腕立てとスクワットではない筋肉が刺激になりこの練習がいがいにもわたしには逆に怪
我の予防になる。

夜中に帰京しその足で千葉に向かい、日中はコンディショントレーニング。

夕方サーフィン。

夜に野球。

明日も忙しそう。


道場の猫
2007.06.23
 

昨日の夕方太東に到着。

仲間とバーベキュー。

やや早めに就寝。

今日は日中は道場。

ここの道場に猫が住み着いており、先代の所有者である谷津さんの弟子たちがかっていたようだ。

当たり前のように私が引き継がされ、いまでは私と大の猫嫌いのソヤが当番。

たまに私が長期で千葉を離れていると気のせいかもしれないが増えている。

たまに減っているときもある。

食事付の下宿所とでも思っているのだろうか。

門限なし。

トイレと風呂は共同。

仕事は寝ることと日向ぼっこ 。

税金も国保も年金の制度もなし。

パスポートも戸籍もなし。

希望者には太平洋への船旅に私がゴムボートをようい。

そんな笑い話をヒロさんとしていると、俺がそのゴムボートに乗りたいといってきた。

太平洋ひとりぼっち。

ヒロサンまじですか。

はなしはもどり、今日はかなりの人混みのためサーフィンはパス。

私のような初心者はまだまだ。

また平日のすいている日をねらおう。

まだまた日差しの強い夕方、一人プールにて 辛口生をいただきます。


試合後
2007.06.22
昨日は試合後、後楽園のよこの水道橋で一杯。

普段は大塚、池袋近辺に場所を移すのだが昨日はめづらしく水道橋。

ソヤも合流。

食べません、飲めませんはレスラーではない。

昔ながらの教育をさせています。

昨日は超満員にはならないがさまざまな方々がおこしになってくださった。

我が母校錦城学園の先生と生徒。

慶應の福沢諭吉研究会の方々。

早稲田の教授、花王の重役さん、日本航空、ユナイテッド航空、阪急交通、いかレスラーの河崎監督、サーフィン業界の方々、IT関連は数知れず、シモダカゲキさん、山口いずみさん、グッチゆうぞうさん、いらっしゃっていた。

どっかの団体と違いかなり大人の客層。

無我はキャーキャーよりオーというファン層の方が多い。

一度、豊田市で小学生を大勢、無料招待した 。

すごい反応が愉快 まるで渋谷公会堂の八時だよ全員集合状態。

反応がものすごく素直。

沖縄も近いものがある。

大阪は完全に吉本的な間合い。

でも私が個人的に興味があるのは後楽園名物レモンサワーをかっくらってわいわい騒いでみる人たち。

アメリカからすると日本人はすごいシャイ。

野球なんかアメリカはDJがあおるが日本はトランペットが軍隊の運動会のような雰囲気さえかもしだす。

スポーツと音楽はものすごく重要なポイント スポーツと照明もそう。

岡山の私の興行にはかなり照明に気を使った。

テレビマッチ並の照明。

この間ろうそくの研究家にあった タイムスリッブする明かりの照らし方があるらしい。

七十年の明かりで私はいつか試合をしてみたい。

ヤンキーススタジアムは確実にビールがファンのテンションをあげている。

あれだけビールが士気を上げるならば、スポーツと酒の関係も確実に重要なポイントと言えることになる。

はずかしがらずもっとがんがんレモンサワーをのんでいただいて騒いでみる。

確実にストレスを発散できる手段になると思う。

あとひとつアメリカでは大変多くの方がギャンブルをする。

日本で言う野球賭博。

アメリカでは場所によって合法。

ニューヨークポスト紙にはまいにちラスベガスラインといってオッズが出る。

だれもが賭けられるわけではなくアカウントを持ってるかまたはその持っている人に頼むかになる。

これがまた異常なほどにテンションをあげる。

アメフトなんかたぶんほぼ全員賭けているといわれる。

私はやや昔、プロレスて賭けを研究したことがある。

しかしながら日本ではかなりむづかしい。
人間が生きることにたいしてなにかより面白くするアイデアを一日中私は考えている。

この考える時間がすごく楽しい。

そう考えるとまたヴェルファーレ興行がやりたくなってきた。

沖縄に年末くらいに面白いイベントをしかけます。

そのときは沖縄に集合おねがいしますよ みなさん。


いい旅
2007.06.21
 

コンディションは悪くないのだが今日の後藤さんの椅子攻撃はきつかった。

全身に電気。

プロレスは痛い。

吉江と最後の藤波さんが大いに沸かしてくれた。

ピュアシティさん 最高の垂れ幕ありがとうございます。

文字どうりいい旅をしたいと思います。


本業は旅行家。
2007.06.20
 

新日本時代、一年向こうのスケジュールまで決まっているので予定が非常に組みやすい。

私の予定とは、そう地球旅行。

兼高かおる世界の旅。

本業は旅行家。

特技一人旅。

趣味が四の字。

嗚呼なんてすばらしい人生なんだろう。

旅行にでるためにすべてがある。

サーフィンをやるものはみんながつがつ仕事をしている人が少ない。

みんな海があればそれでいいらしい。

みんな同等。

勝ちも負けもない。

車も板が積めて動けばよい。

服も風邪さえ引かなければよい。

食事も海からあがった時のビールさえあればよい。

海の生活をするまで私はサーファーに偏見があった。

ヤンキーちっくな容姿、言葉使い。

夜遅くまで町を徘徊。

ところが蓋を開けてみると早寝早起き。

十時ごろに寝て五時起き。

まるでお豆腐屋さん並み。

ようは朝の波に乗りたいがためである。

だれよりも海をきれいにする。

ロケット花火評論家の私が怒られる。

あいさつもよくする。

不良がサーフィンで更生する例は後を絶たない。

夏の海水浴客でごった返す時期には水難事故も多発する。

太東の場合、むかって右に堤防がある。

それに沿って沖に流れようとする強い海流ができる。

そこにはまったらいっきに沖に流されてしまう。

その人たちが流れ出た場合、もってこいのが沖で波待ちをしているサーファー。

大川氏は年に何人も助けるらしい。

消防からの感謝状も何枚ももっている。

みんな溺れそうになったら冷静にサーファーに手をあげましょう。

助けてくれるかもしれません。

それでも無理なら自力で泳ぎなさい。

それでも無理なら海流が強いところには絶対に近寄らない。

日光浴のみ。

もしくわ海の家から外出禁止。

ビールは国内産。

食事はカレー。

つまみは枝豆。

サンオイルはコパトーン。

帽子は麦わら BSはヤンキース。

線香は金鳥。

虫さされはムヒ。

刺された後はキンカン。

敷物はゴザ。

ビーサンはインド製。

まあこんなもんで許しときましょう。

明日から頑張ります ご期待ください。


コントロールできる専門家
2007.06.19
 

まったく梅雨らしくない今日この頃。

千葉の道場も連日快晴。

朝からビールと行きたいところだが、日中は麦茶。

夜から麦酒。

たまに夕方からになる。

夜更けには麦焼酎にもなることも これで食堂に麦飯があればマジでいうことない。

朝からぶどうでもよい。

たっぷりのブドウ。

昼飯とともにワイン。

これもしかしてゴッチ流。

ゴッチさんは練習中にも血流をよくするために水で薄めた赤ワインを飲むこともあったらしい。

私自身見事なほどに教科書道理の指導で完全菜食主義を欠場中の二年間行った。

確かに体調はよい。

軽い。

このまま一生続けようかともおもった。

気付いたときには自分自身の体調を食事でコントロールできる専門家になっていた。

教科書をみなくとも筋肉の状態、体の疲労具合、精神状態にいたるまでを食事でコントロールできるようになった。

肉をお付き合いで食べても、今までのように食べ過ぎなければよい。

体が寒い冬場なんかはむしろ多少の肉が体をあたためる。

体をあたためる必要のない夏場は肉もそれほど必要としなくなる。

ようは理屈でなく自分自身の体調が基準。

冷えれば暖まるものを、暑ければ冷ますものを。

しかしながら基準はあくまでその土地のもの、その季節のもの。

私ははまるで一日中酒を浴びているように思われがちだがそうではない。

一日中サラダを食しているといってもらいたい。

太東の海岸もピッチをあげて海の家の建設が始まった。

アメリカ在住のわたしには時には滑稽とも映るときがあるがこれはアジアの宝。

練習はコンディショントレーニングを炎天下の外で行い、その後リングの練習へと移る。

他の筋肉へのトレーニングとしてサーフィン、山登り、バッティング練習、キャッチボール、テニス、冬はスキー。

ちなみに今日は夜の七時五十分までサーフィン。

真っ暗なのだが満月ではないが月明かりが照らしてくれる。

最後は私ら大川氏、二名と他人三名のみ。

波はなんだかまるで人生のようだ。

あるとき無いとき。

高いとき静かなとき。

のれるときのれないとき。

最高の時、最低の時。

のまれるときさえある。

スノボーの感動とは明らかにちがう。

憲二さんが言うのと同じことをかんがえる。

地面が動く。

自然を感じる。

宇宙を感じる。

嗚呼人生よおもしろい奴なり。


アーユル・ヴェーダ
2007.06.18
たった三時間くらいの日光浴で顔の皮が剥けるほど強いフロリダからすればまだまだだが、日本もかなりいい感じの紫外線になってきた。

私は小さいころから日焼けが大好き。

プロレスラーも基本的にみんな日焼けがすき。

とくに木戸さん マサさん 、坂口さん マシンで焼くのがすきなのは、ヒロさん。

新日時代はコギャルやホストに負けないほど毎日のように日サロに通っていた。

逆に日焼けが嫌いなのは昔のライガーさん、 小原、淵さん、松井秀喜も嫌いらしい。

女性も日焼けすると健康的に見えるし色っぽく見える。

昔伊豆によく行った頃、あそこらへんの子供どもが、体にコーラを塗っている。

聞いてみたら抜群に焼けるらしい。

木戸さんは日焼けオイルは塗らずに、ニベアをひたすら塗る。

確かに肌艶がよい。

私はインド製ココナッツオイル。

ヨーロッパのビーチでオリーブオイルを塗っている人を見たことがある。

人間にとってオイルは必需品。

肌の潤滑だけで内蔵レベルまで到達し体内の毒素を排出し、最後には魂から人生までもの潤滑になるという理論が私をとりこにさせるアーユル・ヴェーダなのである。

体験したいのならばインドに行くしかない。

本場は南インドのケララ州トリバンドラム周辺。

日本からだとシンガポール経由かスリランカ航空でスリランカのコロンボまで直行して、あとは四十分のフライトでつく タンパに行くよりはるかに近い。

蚊が多いからかやの中で寝る。

ファンがカラカラまわり冷房もテレビも無いコテージ。

インド洋の波の音と鳥の声。

朝から歌を楽しそうに歌っている 本当に楽しそうに。

何にも苦にならないどころか五感すべてが安らいでいく。

丘の上には治療所とその横にはレストラン。

何時間いても退屈しないこの居心地。

何の不安も心配もない。

今この流れる時間を心地よく感じるだけ。

1日何度もマッサージを全身裸でオイルだらけにさせられる。

どんどん体内に入っていく。

汗と息と便と尿と心からは文句がでて体内の毒素を排出していく。

取れたての完全な自然の果物を朝に頂き、夜は運動し放題によく育った鳥のカレー。

物凄いほどの熟睡。

みんな入院という形で治療として来ているから飲むのは水。

一応念のためビールもあります。

銘柄はキングフィッシャーの大ビン。

体調がいいもんだから酔わない。

110ルピーが相場。

嗚呼またインドが俺を呼んでいる。

今日は写真なし


お墓参りに
2007.06.18
 

昨日は都内でようやく時間ができたので、母とお墓参りに行ってきました。

きれいに雑巾を使って掃除。

お花を飾りお線香をつけ できるだけ先祖の供養はしたほうがよい。

今我々ここに生きていられるのは、みんな先祖のおかげである。

母方の細田家関連はみんなこのお墓にある。

西村家はもともと四国の宇和島。

宇和島だととおいのでなかなかいくことができない。

私はお婆ちゃん子で育った。

フロリダに飛んだあとだったので死に目に会えなかった。

お婆ちゃんは、亡くなる二十年も前に献体を自ら申し込んだ。

だから約二年くらいなくなってもお墓には遺骨が無い。

ようやく今年の四月に納骨をすませました。

肉体が船で操縦している船長が、魂であるというこの考え方。

なんともわかりやすい。

船は決して永遠のものではない。

痛んだりぶつかったり、転覆もする。

そしたらまた別の新しい船に乗って旅行を開始する。

地上に残された人間にとっての別れは悲しい。

もちろんおばちゃんにとっても別れは悲しことだったであろう。

私が気になるところは死んだ瞬間。

やはり三途の川はあるのだろうか。

そんなに川の向こう側は居心地がよさそうなところなのだろうか。

考えれば考えるほど深い。

みんな地位と名誉と金と権力に必死になって追い掛けるがそこだけが問題ではないね、わたしにすれば。

男はこれらも追わねばならないが。

この壮大なる宇宙空間に住む我々人間は、陰陽理論にのっとり宇宙の秩序を理解し、足る心をもたねばならい。

肉体は滅びても魂は永遠に生き続けます。

この一瞬を全力で戦え。

無念無想。

悔いなく生きよ。

今宵も生きてることに乾杯することにする。


高校生の時の夏のような気分
2007.06.16
 

昨日は波乗りしてアパートのサウナに入りもう一汗を絞りだし、ヒロさんとソヤ、サーフショップ大川氏と部屋飲み。

そのあと歩いて近所の焼き鳥店に。

家でバーベキュー最近してないなぁ。

海生活は一年中金が掛からず高校生の時の夏のような気分にさせてくれる。

大学生でもなく中学でもないこの感覚。

大人になる入り口 知らないものだらけ。

好奇心満点 。

学校や親からはなれ少しワルもおぼえはじめる。

責任感も出始める。

やってることは練習以外では、酒、飯、花火、しかもロケット限定、ビーチサンダル、サンオイル、海の家、あとは最近はじめた波乗り、これら小道具が作り出す夏の思い出ってかなり解放感に浸りアバンチュールな思いにさせられる。

冬の心にしみ込む旅も大好き。

とくに冬のヨーロッパ。

教会の鐘が聞こえコートに身を包み口からは白い息 バーでは歴史を感じさせる重い室内と灯り ほぼ常温近いビール ダンディーな静けさとムード。

ああなんて美しい。

この状況もかなりよい しかしながら今は夏。

太東から南に行くと御宿がある。

言わずと知れた出会いの町。

高校生、大学生が溢れる 白浜や新島もそう。

キーウエストにもモンテゴベイにもない。

日本独特な夏の海の顔。

世界中をしかも超一流の旅をするワインの田崎さんも地球上で石垣島が大好き。

これも日本の海。

今年の夏、陰性状態の日本の国民よ。

海に行きたまえ。

太陽を海を感じたまえ。

冷えたジンやラムもよい。

白ワインも可だがあくまでアジアの、日本の夏は、海の家で麦酒なのだ。


太東で波乗り
2007.06.15
 

昨日の晩は時差と練習の疲れとサーフィンの疲れとで、早く寝ました。

アトムのお母さんと電話。

とてもパワフルおかあさん。

みなさん広島にお立ち寄りの際はお好み焼き村内のアトムに集合です。

朝、練習 昼からヒロさんが練習に合流。

体調もすごくよくなってきました 夕方、太東で波乗り。

沖合いでテルジボスに遭遇。

急遽スクールの開始。

パドリングの嵐 昨日の嵐とは別物。

こちらの嵐はだれにもクレームを付けられることはない。

海から見る夕日に大感動。

出たあとのビールがまたまた大感動。

今日の日もありがとう。


今日はずっと練習
2007.06.14
昨日も一日中多忙につき今日の早朝都内を出発。

千葉に来ました。

今日はずっと練習。

今問題の嵐選手を引き連れ山登り特訓と海岸ダッシュ。

そのあとは私の新調したウェットスーツを着用し太東海岸で波乗り。

今日は一日中運動でした。

波乗りのあとのビールがまた旨いこと。


これから大塚に出陣 
2007.06.13
 
JFKからラックス。

そして成田。

超快適フライト あっという間の飛行時間 。

ニューヨークの疲れが出てほとんど寝てました。

これから大塚に出陣。

時差で早々引き上げになると思われますが。

写真は機内でビールを飲んで瞑想している。


お土産画像
2007.06.13
 

皆さんにお土産画像をさしあげます どうぞお楽しみください!


トイレ
2007.06.12
 
いつもニューヨークではジムがあるし、サウナもあるYMCAに泊まるのだが、そこに泊まるとコンピューターがつなげられない。

このブログをごらんいただいている全国1千万の方々に申し訳ない。

ミッドタウンの夜の店をパトロールしてきた。

以前も何度も行ったことはあるがマンハッタンに約20から30件くらいお姉さんがいらっしゃる飲み屋がある。

日系の駐在員で毎日混雑。

私が行った高級店では松井さん、さんまさん、なんと猪木さんまでいきつけらしい。

店の中で出会わなくてよかった。

新日本を辞めてから一度も顔をあわせたこともない。

一度だけタケシ軍団のダンカンさんと夜の街でであってのんだ。

ニューヨークは猛烈に日本人社会がせまい。

みんなつながっている。

住んでいない私まで情報通になってしまう。

あえて、さまざまな話はココではいえませんが。

お酒を飲むとおしっこがちかくなる。

ガンをやった直後、尿療法をやっていたころでは飲んでしまえばいいのだが、やはりビールは非常にトイレが近くなる。

ヤンキースタジアムもトイレの数がたりない。

メッツのシェアスタジアムはさらに足りない。

まあ、アレだけの人数がみんな飲んでいるのだから仕方が無いが。

タンパベイの球場でも超満員にはならないがみんな飲んでいる。

昨日はミラーライトからスタート。

次はベックス、その次もベックス、そのまた次もベックス。

最後はハイネケン。残念ながら日経のビールは置いてありません。

私はずっと高校生のときに後楽園球場でビールの売り子をしていたので、なんだか彼らを見ると買ってあげたくなってしまう。

彼らに聞いてみた。

一日どのくらい売るのかを。

そしたら500ミリの24缶はいったワンケースを肩からぶら下げず手で持ってはこんで、7回裏あたりまでうって大体5ケース前後。

多いときで6ケースくらいらしい。

昔の後楽園球場ではみんな150本前後は売った。

多いときでは200くらい。みんな最高記録を持つくらいうった。

特にジャンボスタンド。

あそこに行くとなかなか降りて来れない位売れる。

みんなあそこに行くので私は穴場を見つけた。

外野。

阪神ファンの柄の悪く旗だらけの中を売りに売った。

でも今は買う側。

みんなビールを飲みすぎると痛風になるとかビール腹になるとか言うがそれは別にビールだけのせいではない。

ちゃんと運動して、ちゃんと食事もして、ちゃんとした飲み方をすれば体にはいい。

サラダ感覚。

海水浴も一緒。

海のミネラルを体の皮膚から取り入れる。

日光浴は太陽のエネルギーを体全体から吸収する。

今年の夏はみんな元気に日光浴、海水浴、そしてビール。

これできまりだ。

一度私の住む太東海岸でファンのイベントを組もうかな。

ひたすら日光浴、海水浴にビール浴。

あとはなんにもしない。

現地集合現地解散。

なんだかとても体によさそうだ。

写真はわたしがたびたびうヤンキースの野球観戦中に訪れるトイレです。

バスルームともレストルームともいいます。

大行列!!


野球はまさに哲学
2007.06.10
 

7日にニューヨークに到着し、8日のナイター、9日のデーゲームを見てまいりました。

私は日本の皆さんが松井フィーバーに沸く前からヤンキースを見てまいりました。

95年に日本にいったんな引き上げたころからヤンキースが徐々に勢いを上げ、それと共にタンパの町が大きく変わり始めました。

レジェンドフィードができ、イーボーシティーが大きく変わり、キャナルシティーの開発、アイスパレスの開発、市電の開発、西村家の開発。

最後は冗談ですが95,96年から非常にタンパがヤンキースと共に活躍し始めました。

私にとって野球とは単なるボールゲームではなく、今現在勉強をしている哲学であり、思想であり、心理学でもあるのです。

ホームラン野球もあり、バント野球もあり、投手戦もありと。

私は非常にプロレスの戦法を野球から参考にすることが多いのです。

1回から9回までの心理戦。

もちろん一番面白いのは最後の最後での大逆転劇。

これもプロレスも一緒。ニューヨークの人間ほど勝負にこだわる人間はいない。

すべて勝ちか負け。それがすべて。

あとWWEの試合もそうだったが人間を面白くさせてくれる演出がこれまたすごい。

ヤンキースタジアムは基本的に80年代、90年代の音楽を中心にDJが盛り上げる。

あの古びた球場、古びたウグイス嬢(おじいさんだが)、ちょっと渋めの音質のバックスクリーン上にある20個のスピーカーが歴史と伝統と誇りを盛り上げる。

プロレスも俺が俺がで新しいものを作り出そうとする気配があるが、ここまで徹底して過去の歴史を振り返り尊重した上で今の時代があるというスタイル。

私には大歓迎。

何で新日本はあそこまで歴史と伝統がありながらもそこに尊重の心を持たなかったのであろうか。

ココが私が最後の最後まで納得と理解を示せなかったのだが。

無我はまだ1年も満たない小さな団体だがこの部分に関して言えばどこにも誰にも負けない自負がある。

今日も5杯のビールを飲みながら人生についてヤンキースタジアムで瞑想するのでありました。

嗚呼、なんて贅沢な時間だろうか。

レフトにいる、松井さんは何を考え何をおもいながら守り、撃ち、走っているのだろう。

野球はまさに哲学です。


ニューヨークに再び上陸
2007.06.09
 

気温32度の真夏のフロリダを後にし今回の最後の地、ニューヨークに再び上陸。

飛行機がまた遅れ荷物の心配がありましたが、すべて無事。

前回は32丁目のアパートホテル。

今回はもっと行動しやすいようにイーストビレッジのアパートホテルに宿泊。

夕方から永井さん、ならびにいつきさんと合流。

結婚記念日にお祝いの花を届けました。

むかし、ブル中野と新崎人生と同じこの日に二人のためにリムジンを用意してお祝いしたことを思い出した。

もうアレから12年。

時間と共にさまざまなところでさまざまな人とであった。

私の兄のような永井さん、姉のようないつきさん。

本当にお世話になってます。

この永井さんはものすごい行動力。

一回、ビレッジで飲んで朝までうたって勢いで来月ピラミッドで待ち合わせしようということになり、酒だけの勢いかと思ったら、本当に実現しました。

クフ王のピラミッドの隣にあるオベロイホテルのバーで。

私はドイツ経由でカイロ入り。

永井氏はオランダ周り。

その後私はシチリアにワインの農家でG1に向けた特訓。

永井さんはフランス周りでニューヨーク。

ピラミッド集合、ピラミッド解散。なんだか東京駅の銀の鈴みたい。

人間もっと行動したほうがいい。

行動しないと体も心も脳もにごっていきます。

朝の運動を終え、今日はまたヤンキース戦にいってきます。

明日のヤンキースリポートをお楽しみに。


ゴッチ塾
2007.06.07


昨日の晩はタンパのハイドパークというエリアにあるイタリアンにゴッチ先生との食事。

というかゴッチ塾。

ゴッチさんは寝るのが早い。

人間は自然と共存しなくてはならない。

日の出と共におき、日が沈んだら寝なさいと。

食事中は一切水を飲まない。

ひたすら赤ワイン。

83歳の今でもものすごく飲むし、食べる。

いまだにギブアップを他人に見せない。

私よりも食べようとするし飲もうとする。

おそるべし。

この根性こそ若さの秘訣。

いつも私はサーブしてくれる女性に質問する。

この方は何歳に見えますかと。

みんな60とか63とかいう。

実は83歳だよというと目を丸くしておどろく。

言葉も堪能。

ヨーロッパ人は元々ラテン系が語源。

昔のドイツ女もそうだったがドイツ語、英語、少しのフランス、少しのスペイン。

ゴッチさんはかなり話せる、それにロシア語、ベルギーのフラミッシュ。

日本語もほんの少し。

しかも学校は中卒。

私の慶応通信が本当にはずかしいくらい。

いつも喧嘩に明け暮れ学校はほとんど行かなかったらしい。

テスト前になると集中して独学で勉強。

それでいつも100点近い成績をとる。

13歳のときに5歳年上に喧嘩で負け、あと5年待っていろと言い残し、本当に18になった5年後にきっちりやり返した。

犬が大好き。

毎日3マイル。

5キロ最低一緒に散歩する。

もう今はいないが。

犬の教育は難しい。

私なんか小さいポメでも言うことを伝えられないのに、獰猛なピットブルを見事に操る。

しかも一回たりとも手を上げたことはないらしい。

昨日の講座は、他にはフランクシナトラとのニューヨークブロンクスでのレストランでの交友。

ルーテーズとの話。

日本の極道の世界との話。

20人にかなまれ一人のこさず完璧に全員をノックアウトさせた話。

最愛の奥さんとの最後の別れの話。

興味深かったのは、自分自身霊的なことや、宇宙のことや前世や後世の事は信じていないということ。

目に見えること、肌で感じられることしか信じていないという。

きのうのWWEの感動と私の見解が180度逆転していく。

タンパは本当にレスラーにとって博物館のようなばしょ。

興味を持っていく方向によってものすごい勉強ができる。

ゴッチさんがジャックブリスコ氏とあいたいらしい。

私はジャックともなかがよい。

そうだ今度セットアップしてみるか。

人間受身じゃだめだ。

行動をおこさないと。

そういえば書くのを忘れましたが、WWEのバックステージでヤンキースの伝説、ウェイ・バグ氏とも出会えた。

タンパ最高。


タンパキャンプの最終日
2007.06.07
  
今日はタンパキャンプの最終日。

もちろんトレーニングも最終ピッチ。

ヤンキースでいうなら上半身はジェイソン・ジアンビ。

下半身はホヘ・ポサダ。

のように作り上げたいものです。

もちろん松井さんも。

運動神経はジーター。

たたずまいはA-ROD。

作戦は、ドンマッテリングレー。

最終指揮はジョー・トーレ。

会社経営はスタインブレナー。

副業は造船工場。

なんて最高な話であろうか。

しかし思うがすべて完璧な人間なんかいない。

何かがかけて人間らしくもなる。

私の場合はかけているところのほうが多いが。

午前と午後の練習をおえ、夕方にGANDYブルバード沿いのジョーゴメスの所有するレストランへ向かう。

タンパの中ではおそらく巻物はトップクラス。

いいワインもそろっている。

その後はお気に入りのダークバー。

最近の最先端というかアメリカの金をかけたバーはジュークボックスがコンピューター制御。

今まではその店のオーナーの趣味という感じのコレクションの中からの選曲だったが、いまでは無い曲がない。

フランクシナトラ、イーグルス、007、ナットキングコール、なつかしの70年代を私が1ドル札を手にどんどんかける。

ロックンロールファンには物足りないかもしれないが、60,70のおじさんおばさんは私の選曲を心から喜んでくれる。

私はいわゆる、レッドネックバーが大好き。

ちなみに私のお気に入りのバーは昼の11時から夜中の3時まで営業している。

サウスデールメーブリー沿いのバー。

日常生活なら問題ない程度の私の英語で近所のおじさんおばさんとこの時間を共有している。

私は35歳。

しかしながらそこら辺の35歳とは趣味も、音楽もファッションも、話が合わない。

私は自慢じゃないが最初に覚えた日本語は東京でひとつ、銀座でひとつだった。

私の母は大の裕次郎ファン。

みんなが3さいころの童謡を聞いた覚えが無い。西村家ではいつも裕次郎ソング。

他には加山雄三。

ちょっと若くて渡。

しかしながらこの感性がプロレスをどんどん興味をひきつけてくれる。

おニャン子クラブを見ないで4時からの西部警察再放送にどれだけしびれたことか。

きょうはバーで70年代からプロレスを見ている方々にバーでであった。

みんなヒロマツダ、デュークケオムカ、エディ・グラハムの世代。

話が合うこと。

ビールにラムにヘネシーのロックに。

時が過ぎ行くのを忘れさあ、明日は最後の目的地。

またもや上陸のNY。

とことんエンジョイするとするか。

写真は今日初めてであ会った酔っ払いと。

驚くことにみんあパトリック田中とはなかがよいらしい。


今日は快晴
2007.06.05
昨晩はバーで一杯のつもりが、タンパのボーイズのリーダー格のスティーブマジソンから電話があり合流。

これからのタンパでの活動をどうするべきか、さまざまな案をお互い練りあう。

私も日本が忙しく余りこちらに重点を置けないが、段々古き良き伝統のスタイルの後世に伝えないければならないということを彼も熱く語っていた。

私は95年からそんなことわかっていたが。

私に言わせれば12年遅い!! 

先週はあまり天気がよくなく一回しか海にもいけなかった。

今日は快晴。海で練習です。

夜はもしかしたらWWE観戦。

 

写真は昨日までお疲れのクライスラー300。

車もアパートの駐車場で気持ちよさそうに日向ぼっこしている。


表敬訪問と視察
2007.06.05
今日は突然の誘いでWWEがタンパのダウンタウンにあるアイスパレスで行われることを聞き、表敬訪問と視察をしてきました。

めったにバックステージに入れないのだが、さすがわ我らがタンパコネクション。

スティーブカーンのお計らいでどこでもドア状態。

いきなり、合った面子を紹介します。順番に。

スティーブカーン、りッキースティンボード、リック・フレアー、HHH、ドリーファンクジュニア、ダスティ・ローデス、シェーン・マクマホン、ジョニー・エース、パット・パターソン、マイクロトンド、バリー・ウインダム、ディーン・マレンコ、ジョーゴメス、ナスティー・ボーイズ、ジェリー・ブリスコ、ジャイアント・シン、チャンピオンのジョン・シーナ、そしてボス、ビンス・マクマホン社長。

さわやかに握手を交わせたかた、中にはレスラー特有の2フェイスをお持ちの方もいた。

2万人超満員。

無我の足りない点も見えた。

私の足りない点ももちろん、新日本時代でアレだけ経費を使いながら足りなかった点も見えた。

やはりメジャーだけある。

ヤンキーススタジアムとはまた別物。

世界のスーパースターが一挙にあつまる世紀のイベント。

試合もまとまっていいししをしていた。特に面白かったのはテストマッチ。

客入れ前の2時間くらい。

永遠と20から30人くらいがテストを受けている。

リングサイドに陣取るのはダスティローデスと、りッキースティンボード。

そこにドリーが加わり、客席後方ではときおりリックフレアーが世間話を交えなにやら指示している。

驚くことに全員70年代80年代のNWAチャンプたち。

私がそのアドバイスを聞きたいくらい。

リックフレアーとボブ・オートンJrの試合後はJrがりッキーに1時間くらい指導されていた。

なんてうらやましいやつだWWEは選手も幅もそうだがエージェントがシッカリしている。

若手に熟練の大ベテランたちが徹底指導する光景をバックで見れる。

やっぱりプロレスは伝統芸だ。

どこのばかのように若い者が作りあげようとしているのとはまったく違う。

照明も、音響も、ステージも、すべて参考になりました。

この会場をおとづれるときに会場の外にまったくWWEの宣伝らしきものが見当たらない。

それをスティーブカーンに聞いたところ、その必要はないんだよの答え。

もうチケットは完売。恐れ入りました。

メジャー様。


 


写真は試合前に、電話交換した今日のジョンシーナとのメインを勤めたジャイアント・シンから会場近くのフーターズに呼び出されタ時の模様。

ちなみに彼らRAW組は試合後翌日から今度はアイルランドに行くそうである。

本当はブログを見ている皆さんに社長との2ショットをと思いましたが、残念ながらバックでは写真は一切だめだそうでした。


私が見ると勝つ。
2007.06.04
久しぶりに長距離運転しました。

肝心な試合は30分くらい試合をしスモールパッケージホールドで負けてしまいました。

やはり野球のようにホームチームに審判は甘い。

シャワーも入らずその足でレキシントンを通過したころに眠気がおそいはじめ。

DAYS INNに宿泊。

朝の11時に目が覚め。それからまたドライブ。

レキシントンとノックスビルの間から10時間でタンパに到着。

私はそれほどスピード狂ではない。

しかしジョージアでパトカーに捕まった。

が、注意のみ。

タンパにやっと着いていつものバーに。

ヤンキースがやっている。

私が見ると勝つ。

AーRODがホームラン。

くたばれボストン。


どこでもドアがほしい
2007.06.03
 
昨日のドライブは人生で初の11時間耐久。

タンパを2時半に出た。特に目立った渋滞もなく。

70から80マイルのスピードで快適にクライスラー300は走り始めた。

1時間半でドリーさんの住むオカラを通過。

ゲインズビルを抜けフロリダとジョージアの州境のところで5時半。

スペアリブの店による。

ひたすらI-75をノースに。

ジョージアに入り段々8時半を過ぎて暗くなってきた。

真っ暗になった9時過ぎ。

10時半にようやくアトランタ。

ココまで休憩を入れてちょうど8時間。

飛行機なら1時間ちょっと。

やはり850から900,1000キロくらいで走る飛行機は早い。

私は試合の街がどこだかわからない。

とりあえず、ケンタッキーというのは知っているが。

とにかくケンタッキーに行くにはテネシーをまたぐ形になる。

とにかく進んだ。

ようやく昔、ジムクロケットジュニア派の試合に出たことのある、チャタヌガまでついた。

ここら辺で0時半。

もうそろそろ泊まろうかと思ってガソリンスタンドで給油をして地図を買った。

試合地を見つけた。

驚き。

まいった。

プロモーターに指示どうり飛行機にすればよかった。

ケンタッキーでもかなり東側。

ウエストバージニアのちかく。

下手したらそこまでニューヨークからのほうが近いくらい。

計算したらタンパから1000マイルの距離。

1600キロ。

この時点で550マイル。

まだ半分少々。

明日試合前に6時間も7時間も運転したくはない。

もう1時間だけ走ることにした。

結局ノックスビル、テネシー。

着いたのが1時半。

11時間ドライブであった。

東京から行きのシカゴの時間。

家に帰るにはまたこの道を通らねばならない。

どこでもドアがこれほどまでにほしいと思ったことはない。


がんばって運転します
2007.06.02
明日試合なのだが場所はケンタッキー。

フロリダからドライブしたら何時間かかるだろう。

一度ニューヨークまで引越しの際に運転したが見事に24時間かかった。

毎日8時間運転で3日間。試合は明日だが今日も夕方前には出発。

上手くいけば夜中前にはアトランタ。

がんばって運転します。


ヒロマツダ流
2007.06.01
昨日またタンパにかえってきた。

ニューヨークもだいぶ暑くなりましたが夜はまだ涼しい。

フロリダは日中は冷房をつけたくなる温度。

がんがん汗をかいてビーチパークで運動する。

冷暖房の効いたジムでのウェートトレーニングは私のスタイルではない。

海水パンツ一枚だけ。

はいているものはない。

はだし。

ヒロマツダ流。

もちろんマツダさんもいつもはだしではないが。

急遽、6月2日に試合が入ってきた。

ケンタッキー州で行われるNWAトーナメント。

いったいいくつNWA の派閥ができたり消えたりするのであろう。

今この時代になってまでも古き良き時代の象徴のNWAを残そうとするこの考え方に私は興味が出てきた。

もしかすると無我と一致する意見があるのかもしれない。

いまのハードコアや大技主体のアメリカのインディに対しての強烈なメッセージをわたしも投げようと思う。

マツダさんは今頃何を考えてどう今のプロレス界を捉えているのだろうか。

なんだか急にマツダイズムが懐かしくなってきた。

あの人も日本人で最初のNWAチャンピオン。

あのころのダニーホッジを破るのだから相当にNWA会で評価されていたのだろう。

私もこれから裸足でジャンピングスクワットをしてきます。

その後の上手いビールのために.


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