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名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
所属:07年10月19日付で、全日本プロレスに正式入団。
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー。
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

全日本プロレスリング所属の正統派プロレスラー。
彼の名言には3ゴング!!
 
 
 
 
 
現代病
2007.11.30

昨日のあさ帰宅し、銀行、司法書士さん、税理士さんに面会 

一日中慌ただしい 夜には台湾のコネクションをもつかたとミーティング 

 

帰宅後、家のまわりを体操を兼ねジョギング 

九時頃から地元の友人と大塚駅南口に最近できたバーをのぞく 

ゆっくり飲みはじめたがかなりの混雑   店を変えることに

 

私はどうも混雑なところで食事したり酒を飲んだりがすきではない 

ゆっくりしんみりがいい  となるとどうしてもホテルにかなうものはない 

サンシャインの五十九階にバーがあった 

 

東京を支配したかのように、酔いとともに思わさせてくれるあのバーが

私は大好きであったが、今年の春辺りからクローズしてしまった

 

となるとまわりのホテルはメトロポリタンの二階、

早稲田のリーガロイヤルの一階の奥、

フォーシーズンのロビーの奥かその下のかい  どこもかなりの人気。

 

ドームホテルにも二ヶ所  サンシャインは、

すいているのが居心地をまたよくしていただけに残念

まぁまたゆっくり探すことにします 

 

後藤さんが離脱した  心のそこから理解できること みんなブログで批判の嵐  

私も批判の嵐にはすっかり抵抗力がついて、逆にないと淋しいくらい  

批判する人間の視野の狭さと心の不満とストレスと濁りが手に取るように見える 

 

実に小さい人間 

 

そこまで文句があるなら会場で文句を私に直接いったらいい 

控え室を尋ねてきなさい   指先でしか文句をいえない人間こそ

実にくだらないものはない 現代病  

 

みんなインドに行って油塗れになってくりゃぁいいさ 

 

病気しても人のせい  事故をしても人のせい 

なにからなにまで他人のせい    被害者意識のみ  

 

世の中の行いはすべて自分にある 

自分で責任をとらねばならない 

私は後藤さんの行動を支持いたします



淋しい顔
2007.11.29

昨晩は富山で試合  かなり久々

だいたいのまちはどこに泊まりどこで食事をしどこのバーに

三沢んと繰り出したか覚えているものだが  なかなか思い出せない  

 

試合は快勝  勝ち点トップ   このまま優勝をねらいたい 

 

試合後にファンの方々が集まるレストランに武藤さん、

テツヤさん、ソヤと駆け付ける  武藤さんは早めにお帰り  

私とソヤは永遠質問大会   無口なソヤも三年分くらい話を披露していた 

 

それがおわり二時 

 

まっすぐホテルに戻ろうとするとソヤは何とも淋しい顔

私は犬を実家で飼いだしてから犬の気持ちがわかる 

うれしいとき、興奮しているとき、遊んでほしいとき 

 

ソヤの顔を犬で表すとキャバクラにいきたいときの顔 

 

別に彼は犬じゃないからワンともいわない  ただでさえ無口 

しかし私は実家で犬を飼いだしてからはわかる  

ホテルのまわりを探すがまったくない  

しかたがないから赤ワインでごまかした


バーにて  私は葉巻も楽しむ   ミルロー種の赤ワインをいただきホテルへ 

たまたまファンのかたがいたので缶チューを自販機でかってロビーでのみかい 

 

四時に就寝  七時起床  富山駅まで歩いて、特急はくたか 

越後湯沢乗り換えで新幹線に  武藤さんも同じ  

あとのみんなは八時発のバスで川崎の道場直行便 

 

私は多忙のため時は金なりスタイル 

 

日本人バスの関口さんもかなりのキャリア  新日本でいう佐藤さん、赤坂さん 

もちろん馬場さんのころから  馬場さんからの全日バスの運転手さんの

運転に乗せてもらうだけでなんだかエッセーが書けそう 

 

売店の方々もみんな馬場さんのころからの方々  

みんなプロレスをよくしっている  逆に若手より詳しい 

 

ヤンキースもそうだが歴史と伝統は素晴らしいこと  私はポサダと同じ年  

私がポサダなら渕さんはわたしにとってヨギベラかな

 

今日は都内でやすみ  休みでも色々手配をしなければならない  

明日は千葉大会   久々のブッチャー戦  がんばります



昔ながらの・・・
2007.11.28

昨晩は一切の接待なし。

 

パートナーの渕さんと作戦会議も含め試合後に長岡の町にて食事 

居酒屋にて  飲み物は白ワイン  ボジョレー・ヌーボーも少々いただく 

全日本の昔話に花が咲き あっという間に零時をまわる 

 

たまたま入った夜食のラーメン屋さん  見事にうまい 

昔ながらの中華そば的   昔ながらの中華そばを昔ながらの
大先輩とラーメンを啜るのもまたおつなものだ 

 

今日は今から富山へ

 



懐かしい思い出
2007.11.27

バス移動開始  新日本のバスはむかしは、いすゞ   いまは日野自動車  

全女は羽振りのいい頃はベンツの二階建バス  

 

会社によって椅子の仕様もさまざま一般的な二列二列、

少しかわって二列二列が前後間隔がずいぶん広いもの、

新日本バスは豪華一列、二列の幅広シートに付け加え

米系ビジネスクラス並の160度くらい横に倒れるシート

  

カクテルのサービスもキャビアのサービスももちろん無いが

ビールと誰かが読んだ新聞くらいは回ってくる タバコは吸うもの吸わないもの自由  

ミスター高橋氏は猛烈にタバコにはうるさかったからいつも換気扇のしたに座る 

 

一番驚くのは新人の雑用   いまに始まった規律じゃないのだろうが、

新人は全日本では前の方に座らせられ停まるたびに

新人全員バスの乗降口の横に一列  先輩が通るたびに挨拶を大きな声で
ガソリンスタンドによったときなど新人はゴミはもちろん、窓やミラーの拭き掃除まで 

それに比べたら新日本は後ろに全員すわって寝たきり状態 

 

全日本で驚いたのが誰一人遅れてこない  遅れるどころか出発前三十分には

新人が全選手の部屋にモーニングコール 私は何回も遅刻したことがあった 

 

常習犯 もちろん蝶野さん  時間より前にのるほうが珍しい  

私も朝は苦手 デビュー前の練習生が遅刻など言語道断だがむかし

二日連続遅刻したことがあった もちろん会場に着くなり罰を受ける 

 

最初の日は丸坊主の計  

二日目はスクワット千かい  

しかもとてつもなく大きい声で数を数える 

 

罰よりもみっともないのがバスに乗るとき   一番前には長い髪が威圧感丸出し  

木村さん、星野さん、木戸さん、三銃士、越中さん、ライガーさん、

飯塚さんに松田さん 小林さん  そしてミスター高橋  一人一人に挨拶 

 

今じゃ懐かしい思い出だが  

 

さぁ今日は長岡に 

日本海の荒波を渕さん越しに右手にみながら行ってまいります  

ちなみに私は飛行機でいうと三のAとBにすわってます



全日本流?
2007.11.26

都内近郊の試合がおわり今日から山形へ 

鶴岡なるまちは何年ぶりだろう  

山形市内は試合ももちろん、

BOARDをしに蔵王温泉に毎年何度もくる

 

あそこのきつい硫黄の温泉が考えられないくらい深い眠りをくれる 

スキーの疲れもあるのだろうが  普段じゃ考えられないが

早いときは大ビン一本でダウンするときさえある。

 

よっぽど昨日のオフにいこうかと思ったが都内で休養しました 

 

前回タンパにいったが天気が曇り空ばかりでなかなか日焼けをしなかった 

先日のタイでは練習とマッサージ三昧で日に焼いたのは七泊中で計一時間  

 

もともと自グロじゃないので日に日に白くなってきた 

このまんま鈴木その子さんくらいになるのだろうか 

考えてみたら日焼けを好まないのも全日本流? 

 

新日本の連中は日焼けを好むどころの騒ぎではない 

猪木会長をはじめ坂口さん、木戸さん、マサさん、藤波さんと髪の長い男もそう 

ヒロさんなんか日サロの年間パスまで持っていた 

 

なぜ全日本流は日焼けをしないのかなぞをさぐってみよう  

 

川崎にある道場からバスがでるが遠いので一人新幹線で山形へ  

そうしたら同じ車内に渕さんも   戦法はリング上だけじゃなかっ た 

 

三沢さんとは待ち合わせしなくてもBARにはいたものだ 

持ち物が同じというのもよく聞く話し  センスや趣味が似通う 

映画や音楽も   ユナイテッド航空に乗る人はいても、

車に関していえばリンカーンはいない  アメリカを感じる 

 

むかしのキャデラックはよかったがこじんまりしすぎるようになった 

まるでヨーロッパ車   あんまり完璧な車より欠点は欠点で愛嬌があってよい

 

人間と同じ 

 

さあまた久々の巡業  いろんな物思いをしながら電車にバスに揺れてみよう



安堵感
2007.11.25

体に痛みを感じながら、疲れ具合が徐々に蓄積されながら

巡業の後半になると共に寝ても取れないくらいの疲労がたまっていくのだが、

しかしながら、それとは反比例しながら試合に対しての実戦の勘と

試合のコンディションが上回っていくのがわかる。

 

道場でしっかりトレーニングを積みコンディションを作れるものだが

実戦からえるコンディションつくりというのが非常に重要になってくる。

 

巡業と巡業の間が2週間開いただけで、その間、

シッカリと練習ができていたとしても徐々に体は

実践の勘と試合のコンディションはおちていくもの。

これは選手にしかわからないもの。

 

しかしこの理屈は選手はみんな理解できる。

マツダサンもいつも口癖のようにいっていた。

俺がアンタに道場でどんなにはげしく稽古をつけたとしても

お客さんの前で試合をこなすことほど大事なものは無いと。

 

ここらへんにもスクワット3000回できるからといって

試合で完璧なコンディションかというとまた別の次元になってくる。

 

私は昨日で2試合終了。

 

新日本のときの感覚が猛烈に思い起こさせられてきました。

試合が続きたまにある移動日の選手の気持ちの安堵感がまたある。

 

私も今日が休みということで昨日の晩は、

まさに新日本時代以来の巡業の移動日前夜のテンションの上がり具合。

相模原から愛車をヨコハマ経由で走らせBKKで購入してきた

クラブミュージックをボリュームをあげ首都高速を走行。

 

最高の気分。

 

これでショーファーがいてシャンパンと葉巻が用意されていればいうことない。
地元の仲間と大塚駅集合。大宴会開始。人生は実にたのしい。

 

英気を養い明日からのシリーズに心から楽しみながらがんばっていきます。



心地よい疲労
2007.11.24

体中全身がいたい。 

 

やはりあのふたりは並大抵ではないのはわかっていたが 

新日本いらいの長丁場 。

 

やはりレスラーは試合数こなしながら日本中を世界中をまわってなんぼのもの! 

月一ペースだと内臓も筋肉も一般化していくようであった。

 

今日は相模原です。



男の勲章!!!
2007.11.23

全日本後楽園。

やっと一日が終わった。

本当にながい一日だった。

 

この24時間というよりもココまで苦悩の末、

行動をしこのリングにたどり着くまでの道のり。

 

たくさんの取材陣に囲まれさいにも同じことをやはり聞かれたが、

行動を起こすということや他人と違った発想や

今までに前例の無い誰もやったとこがないことをやろうとしたときには、

他人は必ず反対意見を言ったり批判をしたり足を引っ張ったりするものである。

 

もっとおおきな野次をまっていた。

 

絶不調時のARODのヤンキースタジアムでの

大ブーイングを聞いたことがあるが、

アレを超えるものをまっていた。

 

垂れ幕をわざわざ張ってくださった方々、

わざわざチケットをかって誰よりも早く会場に入って

あの文句の書いた垂れ幕を張る心境を察し、

なんだか逆に微笑ましくもかんじた。

 

全日本のファン、ノアのファン、愛社精神があることは非常に良いことだ。

 

征矢のことを考えると私が確かにアドバイスをしたが、

最終的に決定をしたのは彼自身。

 

本当に良かった。22歳。キャリア一年以内。

あのキャリアでいわゆる亡命の決断を迫られた。

 

男の恥ではなく、男の勲章を手にした事になる。

男はやはり行動に移さねばならない。

 

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ピュアシティ ルパン編集長の突撃レポート

西村修 全日本 初陣!!!

http://pure-city.jp/report.html



ありのままに!!
2007.11.22

いよいよ明日になった。

 

開幕にしていきなり大本命。

やるだけのことはやった。

あとは試合がはじめるのを待つのみ。

 

新日本を辞めて本当にいままでいろいろなことがあった。

本当に長いトンネルに入っていたような感覚。

 

病気が一番だとしたら2番目に大きな歴史的な出来事だった出あろうこの1年半。

まさか自分自身が馬場さん派の団体に入団するなんて事は思っても見なかった

 

落ち着いている自分、楽しみに待ち望んでいる自分、

心地よい緊張に浸っている自分。

 

明日は明日で大きな一日。

でも行動したことに良かったと思える一日にしたいと思います。

 

私はスーパーマンではない。

できることはできるし、できないものはできない。

好きなことも嫌いなこともある。

 

人間なんである。ありのままに。



出会い
2007.11.21

朝一番から文京区役所にてさまざまな手配。

10時東中野のいきつけの歯科医。

 

元々ココは橋本さんに紹介していただいたところ。

いまでも星野勘太郎さんや私はここに。

虫歯はあまり無いのだが食いしばったり衝撃で

歯はスポーツ選手は基本的にがたがた。

 

1時半より司法書士さんとの会議。

4時全日本事務所に帰国の挨拶。

その足で一宮に直行。道場。

 

夜、上の階のお姉さま宅に御呼ばれが。

いってみて扉を開けるとこの町のボスが勢ぞろい。

 

TEDサーフのご夫婦、その娘様にマイク真木ご夫妻と、その娘さん。

特にマイクさんとは何度かご挨拶は今まであったが

ゆっくりお話しするのは始めて。

渋い。こういう大人になりたいものだ。

 

私もギターを始めようかな。

海のレディーズと海のジェントルマンズのホームパーティー。

 

人の縁というのは出会うべくして出会うようだが

私はこの夏くらいから本当に不思議なくらい、人と出会うタイミングに

神の力でも使っているくらい、素晴らしい出会いが毎日のようにあつた

 

プラスとマイナス。陰と陽。

タイムリーな出来事は自分の力ではどうすることもできない。

昨日の晩も、この不思議な縁を考えながら物思いにふけました。

 

地球上の人間の数だけを見れば60億分の一の確立なのだが、

時間が存在したり、時代が存在したり、場所が存在する。

天文学的な確立となる。宝くじどころの騒ぎではない。

 

さあ、開幕まで後2日!! 明日は最終調整日です。



もまれだめ???
2007.11.20

やはり時差が無いと猛烈に楽なものだ。

睡眠を助けてくれるものを行って強引に寝ても内臓だけはシッカリ記憶している。

 

タイとの時差は2時間。2時間じゃ時差のうちに入らない。

ヨーロッパの8時間もさほどたいしたことは無い。

12時間、13時間、14時間の時差はきついとつくづく感じました。

 

タイの最終日となるなる18日は面白い日程にもなった。

19日の朝の出発が6時40分のフライト。

第三カ国でのチェックインは何が起こるかわからない。

やはり成田のようにスムーズに行くとも限らない。

 

インドは全部、ちょっと昔のスリランカのコロンボや、

いまだにジャマイカのモンティゴベイ。

 

チェックインは早くできたとしても荷物検査で1時間以上も

並ばなければ中に入れないところもしばしば。

チェックインはFやCならもちろん早くできるが出国や入国審査、税関、

荷物検査はフライトのクルーで無い限り差別は無い。

億万長者でも長蛇の列に並ぶ羽目になる。

 

話は戻るが、ホテルを4時に出る計算。私は去年の12月。

丁度恵比寿の試合があるとき。前の晩、

ホテルのバーで知り合ったヨーロッパ人と意気投合。

1時までマティーニをがんがんいってしまった。もちろんシェイクで。

ステアーでなく。エンジンが1時に完全に入ってしまった。

 

その後はパッポン。バーのはしご。2時半にホテルに戻り、

ノンレム、レム睡眠の時間を計算し、1時間半。目覚ましは完璧。

ホテルのモーニングコールも完璧セット。

 

4時に起きた瞬間にチェックアウトする予定。はっと目が覚めた。11時。

仕方ないのでまた落ち着いて、過ぎたことは忘れ

これからどう対処するかを深呼吸とともに冷静に。

その日の夜の全日空便で。

 

私は去年の恵比寿のワンデートーナメントはその日の朝にかえってきました。

寝坊するほどゆっくり寝ましたので二日酔いはないが。

 

この記憶がまだ私の心に新しく残るガゆえ、夕食を早めに済ませ、

寝ようとしたが、世界の旅行家の私がいくらなんでも

10時にねるわけにはいかない。

いくらなんでも決戦を前にそしてせっかく作ったコンディションを

無駄にしたくは無いから酒に飲んだくれることもできない。

 

どうやって4時まで起きていられるか。

もしくは寝ても100%起きれるか。

マッサージ三昧にした。

 

この日はまさか夜中にまでやるとは思っていなかったので、

やり収めとばかりに練習後の早めの夕方から一回目を始めた。

 

人生の最高記録ができた。

 

16時から2時間、タイ式。18時半から1時間夕食。

20時から1時間半再びタイ式、そのあと顔、

背中、肩、頭のマッサージを一時間。

そしてその礼の夜中に再び。1時間、肩と背中。

その後1時間タイ式。合計6時間半。合計で5000円くらい。

ちなみに平均、2時間で500バーツです。1750円。

 

寝だめ、食いだめは聞いたことがあるが、もまれだめは、私も初体験。

 

昨日はマラソンの後、久々に銭湯に行き42度の熱い風呂にはいり、

早めにねました。

 

皆さん、マジでタイにいきましょうよ。私が案内します。



本日帰国!!
2007.11.19

本日帰国しました。

 

いつも快適なユナイテッド航空の空の旅でした 

 

開幕まであと4日  太東にて最終調整です。

 



キャンプとコンディション作り
2007.11.18

タイ7日目。

 

コンディションもまずまず。あとはもう23日を迎えるのみ。

ちょっとオーバーワーク気味。疲れもでている。

 

人間の体は本当に不思議。

粘土のように思えるときもあるし、記憶合金のようにもおもえる。

毎日毎日やって、いつになったらゴールが来るか見えない。

ゴールに到達することは無く、それでもひたすら毎日毎日。

 

車のエンジンの調子を確かめるかのよう。

油の調子、水の調子、バッテリーの調子。

ガソリンによってもまた走りが確実に違う。肉のとき、米のとき。

 

いままでもキャンプを張ってまでのトレーニングは何度も行ってきたと思う。

新日本時代のG1のまえ。基本はタンパでの猛暑の中での屋外トレーニング。

 

一度だけイタリアでキャンプを張ったときもあった。シチリア島のコルレオーネ村。

プリンチビディ・コルレオーネというコルレオーネの王子なる名のワインを

作る農家にホームステイ。1泊4000円。3食つき。

山のかなでまるで足が無いとどこにもいけない。

山歩きをしながらのトレーニングと3度の完全無農薬野菜を中心の

イタリアンを食しながらコンディションを作り上げていく。2003年がそうだった。

 

永田との札幌でのIWGP戦前は、三澤氏帯同の元、インドキャンプ

アーユルヴェーダの治療所に入院といった形でのトレーニング。

これも成果は抜群。

 

その後に寄った、スリランカでのキャンプ

私にしては今迄で一番のストイックな旅。朝と、昼はバイキング。

好きなものを好きなだけ。でも肉は一切無い。サカナと野菜と穀物。

野菜ジュースに果物。夜は3種類のメニューから好きなものを選ぶ。

もちろんお酒の販売は無い。体のむくみがどんどん取れていく。

 

夜も完全熟睡。いい夢も見る。やることが無いからうん早寝早起き。

朝起きて運動、朝食後運動、運動後日光浴と海水浴、

午後またこの繰り返し。コテージの目の前が海。
残念ながら2004年の暮れの大津波では完全に破壊されたらしい。

たしかヒッカドゥワという町だったような気がする。

 

3冠戦の前は鴨川合宿。他は成田合宿もおこなった。

もちろんリングがあるから太東の私の道場でもいいのだが、

環境を変えることによってより自分を追い込むことができるならば

それに越したことは無い。

 

普段行きつけの、グランドハイアット、シェラトンスクンピッド、ロイヤルオーキッド、

オリエンタル、シャングリラ、スコタイ、バニアンツリー、コンラッド、ミレニアムヒルトン、

そしてステートタワーの各ホテルのバーやレストランも

今回はゆっくり行けなかったが、ある療法に成功した。

またゆっくりお話しますが、これぞ人間の基本となる療法。

 

私は今回のキャンプでまたまたタイが好きになりました。日本から6時間半。
タンパへの3分の一。AーRODもヤンキースに残留の話がまとまりつつあるし、

LAドジャースにバーニーが戻る話もある。

 

日本のプロレス界も、もっと盛り上げていきます。



世界の平和
2007.11.17

タイキャンプ6日目。

 

最初の3日間はスクンピッドエリアにあるこじんまりしたホテル。

4日目からシャングリラやオリエンタルから徒歩圏内のホテル。

毎日12時前に就寝。日本じゃ考えられない規則正しい生活。

 

元々私は観光にはあまり興味なし。

この前にマッサージのためによったワットポーくらい。

朝起きて練習し、その後の遅めの昼食と夜の夕食が観光。

夕方はひたすらマッサージ。

 

インドではとにかくアーユルベーダのオイルマッサージに凝っていたが、

ココに来てからはタイ式三昧。インドくらい大真面目な植物のオイルを

たっぷり全身にすり込んでもらうのは一番いいマッサージだが、

バンコクはオイルマッサージはそこまで本格的なものは無い。

 

エステタイプのものになる。

化学薬品がまざったどんなに高価なクリームだろうと、

それは化学薬品を食べたのと同じことになる。

できるだけ、人間の体にはナチュラルが良い。


日光浴も今回目的にもしていたがあまりにも時間が無い。

日中のあの2,3時間プールにいる時間よりもやらねばならない。

このままだと渕さんより真っ白になりそう。

 

ホテルのバーで寝しなのワイン。

昨日はドイツ人の女性、おとといは名古屋から来た女性とであう。

名前も職業もましてや電話番号交換も無しにしておく。

 

ドイツといえば、あやうく蝶野さんのことをお

兄さんと呼ばねばならなきゃいけないと思う時期もあった。

 

ルフトハンザ航空に何十回乗ったことだろう。

エコノミーの狭い席。ボーイングジャンボには穴場がある。

 

一番後ろ。3−4−3の席が2−4−2になるところがある。

後ろから3列分。知り合いのFAの話だと

前と後ろじゃ揺れがずいぶん違うとかの話も聞く。

前のほうで普通にサーブできているのに後ろじゃグラスが

落ちるほど揺れるなんてこともあるらしい。

 

人間さまざまな欲望がある。食欲、物欲、性欲もそう。

欲望が無くなったら枯れ葉のよう。

 

よく無我は文字のごとく欲望を持ってはいけないと解釈する方もいる。

 

アレがほしいこれがほしい。さまざま。

でもたった一つ神がかなえてくれるとしたら、ロールスロイスでもなく、

KRUG一生飲み放題でもなく、毎月世界一周ファーストでもなく、

マイアミの豪邸でもなく、私には世界の平和です。

 

どんなにお金があっても戦争が始まったら何の役にも。もちろん逆でも困るが。

この平和には世界中の人が飢餓や病気から解放され、体も心も健康。

心が平和で無い人間にかぎって、愚痴を言う。

 

私の批判メッセージは大いに結構だが、はたして心がどれだけ健康であろうか。

 

みんなインドに行ったらどうだろう。

愚痴をこぼすもの一挙に全員、インドツアー。

 

全員朝から油まみれ。マズこれで愚痴を言う。
食事は3食カレー。これでもまた愚痴。

外に出ても買い物に行っても英語もろくに通じないし、

日本語は100%通じない。これで愚痴。ちなみに愚痴は日本語。

 

インターネットを使おうとしても自前のはつながらないし、

インターネットカフェのを利用しようとしても日本語ソフトが入っていないので

読むのはできるときとできないときがあるが、まちがいなく書き込みができない。

 

寝ようとしたら蚊の大群。蚊に向かって愚痴。最初の2,3日はこんな感じだが。

これが過ぎると人間あきらめるものです。どうだろう。参加者どのくらいいるだろう。



ダイゴウ式トレーニング!
2007.11.16

練習とマッサージの繰り返し。普段なら炎天下の屋外のビーチや公園を利用して

同時に日焼けもしながら体の代謝を考慮し行うやり方だが、タイは大都会。

 

プーケットや私の大好きなPIPIとうではないのでそうもいかない。

97年のヨーロッパに行く前に1ヶ月もうトレーニングで

よったカルガリーキャンプを思い出す。

 

猛トレーニングで筋肉痛は当たり前だが、

それを通り越しケツの筋肉が引付を起こし歩けなくなってしまった事があった。

 

ダイゴウ式トレーニングはトレーニングももちろんだがその後の食事もきつい。

5合のカレーライスをたべ、1ガロンの牛乳をのむ。

おなかがいつは裂しても良い常態なくらい。横になるのも精一杯。

 

そんなところにダイゴウさんから電話。

いまからすぐにダウンタウンの日本食屋に来い。タクシーで向かう。

確かにオーエンハートがいた。軽く挨拶。とんでもないが重く

挨拶などできる状態じゃない。ダイゴウさんは鍋物を軽く食べている。

いやな予感。これ全部お前のだといいはじめた。

 

まずはトイレの確認。白菜にしても一口じゃもちろん入らない。

肉団子なんか数分かかる。2時間近くかかりようやく何とかスープを

たべきった瞬間、普段カウンターから出てこない親父さんが横をとおる。

またまたいやな予感。

 

手に何かもってる。しかもどんぶり。こっちのテーブルにきた。うに丼。

ものすごい新鮮なものが届いたんだよのひとこえ。

私にとってもう新鮮だろうと腐ってようともう感覚はどちらでも良いこと。

逆に腐っていたほうがむしろ食べやすいかもしれない。ちっとすっぱくて。

 

私にとってもう食べたくも見たくもないものがこの夜にどんどん増えていく。

カレー、鍋、うに丼、それにドリフのコントじゃないが牛乳も。うに丼、

ご飯粒5粒ずつくらいしか口に入らない。

 

開店tと同時に来たような模様がこれまた店の閉店まで。

閉店と同時くらいにうに丼しゅうりょう。 ダイゴウさんの酒が

少しずつピッチが上がっていく。目が据わってきた。もうかえれない。

 

北島三郎さんの歌が聞こえてくる。かえろかな〜、かえるのよそうかな〜。

カラスの歌まで聞こえてきた。カラス、なぜなくのカラスは山に〜。

私も山に連れて行ってもらいたい。

 

店が閉店でもそのまま一向に帰るけはいなし。

ダイゴウさんは酔っ払うと店主にいつもの口癖がある。

おい、わかってんだろうなあ、原価でやっとけよ。すごい屁理屈。

原価。久々に聞いた単語。原価でやっとけ。昭和の酔っ払いカナダに健在。

 

いい加減店の人に怒られタクシーを呼ぶことに。

私がモーテルの名前をいおうとするとまたいやな予感。

トロジャンピザにいけとの指示。グリークの人が経営するお店。

 

イタリアンの人が経営するピザ屋もおいしいが、グリークのピザもおいしい。

特にサラダ。 でも私は今宵はアイスティーすらいらない。ダイゴウさんと二人。

入るなり一番でかいピザ。

 

死んだ振りして救急車を呼ぶか、

もしくはこのお方を警察に連れて行ってもらうか、

迷っているうちに少しずつまた口にいえれる。

 

ダイゴウさんが、てめえちんたら食ってんじゃねえのひとこと。

ダイゴウさん、私もう入りません。おい、じゃあ腹見せてみろ。

服を脱ぎパンパンなおなかを見せる。腹を触る。

 

馬鹿野ろう、左っかわがあいてるじゃねえか。

 

私が食事で一番つらかった出来事がこの日でした。

この反面教師てきな考えがその後の私のヨーロッパ遠征で、

おいしいものを少しつまむ主義になったのかもしれません。

 

だから今でもバイキングはどちらかというと遠慮気味。

体には良くないが酒を飲み、少しつまむ。本来の私の流儀はここ。

しかし体つくりにはこんなんではいけない。

カルガリーを思い出してバンコク5日目に入りました。



BWF???
2007.11.15

練習とマッサージの毎日。昨日は練習後ワットポーに。

タイ式マッサージは仏教的な流れから来るものである。そこのメッカ。

 

ワットポーという涅槃増で有名な大きなお寺の中にあるが行ってみたら超満員。

建物を現在改装中のような感じで場所もいまいち大きくは無い。

 

そこのレコメンドで通された別の場所に移動。

そこでも3階建てのビルの中に部屋がいくつもあり、

そこの部屋の中でも15人くらいはいる。常時フル稼働。

 

やや大きめのシングルのサイズの布団に上半身裸、

下は寝巻きに着替えさせられ1時間半びっしり。

 

私はそんなには従来体の柔らかいほうではなかった。

高校生に入り学校の近くの神田のYMCAに入り

社会人と混じってのアマレス部に入ったのがきっかけくらいから

めきめきと体が柔らかくなっていった。

 

自分自身でできるものとできないものがある。柔軟運動も自分でできる運動もあるが

凝り固まってしまう筋肉は強引にもんでもらうのもひとつかもしれない。

あくまでもコンディションは自分で体調管理はできなければいけないのだが。

 

1時間半ほどやって700バーツ。2400円くらい。やすい。

ちなみに小瓶のビールは30バーツ。100円。

レストランに入ると100になり200にでもなる。

集中合宿中は食後にワインを2杯くらい。後は一切のまない。

 

私ほど切り替えの上手い人間もいない。元々そんなに大酒飲みでもない。

量や味ももちろん楽しむが、一番楽しむのは雰囲気。

まあ酒の話はこれくらいにしとこう。

 

まあしかし外人を非常に親切にしてくれる国だ。95パーセントが仏教徒。

日本人以上に宗教心が高い。そのてん日本人はいい加減だ。

まあ良い加減といもいえるが。結婚式に教会、12月にはクリスマスを祝い、

その一週間後にはお寺に初詣、しかも自分の欲望しか拝まない。

 

1年に一回しかいかないものがほとんど。これは宗教心があるとはいえない。

ゴッチさんに、あなたの宗教はときいたときにBWFという答えが返ってきた。

私は一瞬、ブリティッシュ・レスリング・フェデレーションが

どうかしたのかと頭を傾げると大笑いし始めた。

 

Bはバース。Wはウエディング。Fはフュノラル。

 

ようは生まれたときと、結婚と死んだときにしか、

教会に行く用事も無いとの事のジョークだ。実際はカトリック。

 

今日もあとでお寺に行って祈りと瞑想。

無我の信者、アンチ無我、西村信者、アンチ西村。

私は祈りはみんなに。みんなの幸せが私の幸せ。

 

地球60億の人間。もう戦争はやめましょう。

争い後はやめ、みんな仲良くしましょう。

左のほほを張られたら右のほほを出しなさい。

 

タイの文化と気候がますます私にエネルギーと

安らかな精神を与えて下さっています。


ではみなさま、

今日も一日良い日をお過ごしくださいませ。

神様、今日も生かさせていただき有難う。



西村修と行くバンコクツアー
2007.11.14

17年プロレス生活、36年人間生活をしているとさまざまなことがみえる。

別にプロレスラーじゃなくても一般に平凡に24時間365日を送るものにとっても、

行きつけの場所や店というのがあるはずだ。

 

近所の行きつけのラーメン屋、そばや、居酒屋、はてまた映画館、

パチンコ屋、本屋にデパートやスーパーや薬局。

体の調子の悪いものは、行きつけの歯医者、マッサージ、

エステやスパ、病院、温泉、海水浴場にスキー場。

 

常に新しいものを見つけようとするものや、

私のように行きつけのところに行きたがるものもちがってくる。

騒がしいところ静かなところ、ムーディーなところ。

 

レスラーも大体、怪我の具合によって治療先を変える。

自分では処理できない凝り具合。怪我具合、疲れ具合。

本当は自分自身で処理できる体質にすることが一案肝心。

日ごろの食事にきをつけ筋肉の状態、体の疲れ具合、

精神状態に至るまで他人のせいにすることなく自分の全責任のもと、

向き合わねばならない。

 

がんの治療にもさまざまな派手と思われる行動をしてきた。

 

台湾での薬膳料理と漢方の治療、イタリアのワインの農家に

ホームステイしてのイタリアの自然食による体質改善、

インドでのガンジス修行でのメンタル面の改善、

南インドでのアーユルヴェーダを施術しての毒素排出作業。

日本でできるものとできないものがある。

 

食事にしても家で作れるものと作れないものがある。

映画にしても伝えきれないから映画館にまで足を運ぶ。

ゴッチさんのおしえはタンパでしか聞くことができないから

誰がなんと言おうとタンパの家を確保してきた。

 

ビリーライレージムはイギリスのウィガンまで行かねばならないし、

ヤンキースを見たければ他のどこの球場でも間違いなくNHKのBSでもなく

ホットドックとビールを飲みながらブロンクスまで足を運ばなければならない。

 

家が日本で家の周りがアジアで、ちょっと遠出が地球全体といった感じ。

私は今バンコク。東京での行動であらわすと大塚、池袋が日本。

ここタイは渋谷、広尾、恵比寿といったかんじか。

山手線で多分20分かかるかくらい。飛行機で6時間少々は私にとっては近所。

 

日本で驚くのが1時間少々のフライトであのとてつもなくでかい

747ジャンボがやたらめったに飛び交うこと。

離陸して上に上がったと思ったらもう下降を始める。世界を見ても珍しい。

 

タンパの空港になんか747はまったく飛んでいない。

おおきなハブ空港くらいでしかみれない。


気温30度は無いと思う。26度くらいだろうか。

練習、食事、反省、祈り、瞑想、体操、治療、療養、睡眠。

 

こんど西村修といくバンコクツアーをかんがえてみよう。



F5よりもリング。
2007.11.13

昨日は午前中全日本の事務所。

23日から販売するTシャツの原案といままでのシャツを参考に持参。

軽く体操を済ませ、昼食は久しぶりに母と実家近くの洋食やさんにて。


15時サンシャインより、私の愛用の東京空港交通バス。

いわゆるリムジンバス。車内で取材。16時半成田。

出国を早めに済ませ、何十回きたかとおもう

31番ゲートとなりのラウンジ。

 

世界中にあるラウンジの中でもシンガポールの

チャンギに負けないくらい広くて快適。

パソコンはもちろんシャワー室も。

私はいつも最後の連絡事項を忘れないように

電話とパソコンの作業。

 

飲むに始まるのは機内から。

747ボーイングジャンボが沖縄までずっと日本列島の真横を通過した。

さほどジェット気流の影響を受けずに常時900キロ前後で飛行した。

 

頭のモードは完全にタイ。

タイを思わさせる音楽といってもなかなか持っている人もいないと思う。

私のアイポッドでもなかなか無い。せいぜい007黄金銃を持つ男のサントラ、

TheBeachのサントラくらい。

 

そんなときに奄美大島の上空でうっすら民家の明かりが見えたので

おもわず島唄が聞きたくなってきた。大好きな沖縄。

 

無我の興行を成功させようと何度足を運んだことだろう。

今度は全日本を沖縄で成功させるためにうごこう。

 

向かい風の影響があまりなく、40分も早く到着。

何百回か何千回か離陸に着陸を体感した事があるが、

昨日のランディングは3本の指に入る見事さ。

あのとてつもなくでかいボーイングジャンボを。さすがだ。

 

アメリカのパイロットはほとんどが空軍あがり。

そういえばこの前ドリーさんに挨拶をしにオカラにいったら

元空軍のパイロットを辞めてレスラーになるための

トレーニングをしている変わり者がいた。


私はまよわず反対したが、かれいわくF5やボーング737を運転するより

リングでバンプを取るほうが快感だそうだ。F5よりもリング。

価値観はさまざま。考えさせられました。

 

今日も張り切って思う存分がんばります。



大好きな神様
2007.11.12

いまからタイに強化キャンプにいってきます。

 

向こうからの私のレポートをお楽しみに  !

 

写真は私の大好きな神様  成田にて

 



経験と歴史・・頑張れ征矢!
2007.11.11
9日の長野での試合はまるで征矢は時津風部屋状態。
まわしにまわされた。容赦ない。高山、鈴木組み。

征矢には勉強になったと思う。
道場での練習は限度があり、
リングでしかも大切な御客様方のために技を披露するわけだが、
頭から落としたり顔面をけったり殴ったりの技はなかなか
道場ではやらず試合から学ばなければならない。

プロレスは経験だ。

試合後のスポンサー関連への食事会にも参加。2時就寝。

7時半起床。8時長野を出発。
途中猛烈な霧のため、速度制限。
丁度横川の近くなのでサービスエリアにより朝飯。

もちろんココならば、荻の屋の釜飯。
駅弁で有名になったこの釜飯はやはり上手い。

車内でも昨日の反省点と永遠に説法会。
音楽は多種多彩。フランクシナトラから百万本のバラまで。
私の5000曲はいっているアイポッドがフル回転。

征矢を池袋におろす。
彼は本日11日正式に全日本の合宿所に入寮する。
寮長はテツヤ氏。頼りがえのある責任感ある好青年が印象。

私も92年から93年夏まで寮長を経験。
私は小原から引継ぎ、小島にバトンタッチ。
自由奔放もいいが規律ある正しい生活をのぞむ。
10日は一日中かけて征矢は千葉の道場掃除。

私は12時半、初めてお会いしました流さんとあい、高円寺に。
スネークピットジャパンでのカールゴッチさんを語る会にゲスト出演。

参加者約30名。ものすごいプロレスへの情熱と知識。
流さんがココの校長。みんなそこの流学校の生徒。
校長がすごい。プロレスに関しての知識がすべて頭に詰まっている。
もちろん何年何月何日。誰対誰の知識は朝飯前。
私はこの中ではまったく素人状態。

このような熱い文学的に語り合う方々がさらに
また奥深いものにしていってくれる。

プロレスはいろんなことを考えられるスポーツ。
まさにここにある。考えるスポーツ。


他にどのような競技があるだろう。
やるほうもそうだし、みるほうもそう。
猛烈な想像力を要求させられる。
痛いか痛くないかだけの次元ではない。
うそとかほんとの次元でもない。

この考え方をこの学校でマスターすると
間違いなく人生もいろんなことを考えながら
文学的にも小説的にも奥深く生きることに役に立つような気がします。

私のゴッチさんとの思い出話をまるでココの皆さんは
砂漠が水を吸収するかのように受け入れてくださった。

私もここまで真剣に聞いてくれて、来たかいがあった。

みんな偉そうにゴッチさんの名前を出すものがたくさんいる。
流さんがここまでルーテーズの面倒を
ずっと一人でみていたこともきいた。
UWFの宮戸さんもビルロビンソンさんの
面倒をたった一人で見ている。

なんだか我々3人の共通点が見えた。
みんな名前だけ利用しておしまいが99パーセントの中で
これだけ他人にできるというのはよほどの愛がなければできない。

ゴッチさんも、口癖のように言っていた。
みんな私の事を利用するだけして後は知らん顔。
これが私が一番嫌いだともいっていた。


昨日はビルロビンソンさんとも対面。
もうすぐ70になるそうだがいまだ、手取り足取り生徒の教えていた。
2次会で阿佐ヶ谷に移動。

ここでまたすごい方と対面。マティ鈴木さん
私はこの方の名前をさんざんヒロマツダさんから聞いていた。

いまはポートランドで大成功を収められている。
昔話がぼろぼろでてくる。鈴木さんが渕さんの話を出したので、
半分冗談のつもりで私が渕さんに連絡。
すると速攻で駆けつけてくださった。

三人が円卓にすわりなんだか緊急記者会見のようなかんじ。
紹興酒もすすむ。

歴史はすばらしい。


珍道中??
2007.11.10
昨日のラブホテルの続きがまたできてしまったようだ

私がソヤを長野大会まで車でつれていくために
愛車リンカーンで正午にお迎え

最近、大塚近辺が騒がしい !
この前のジャニーズの麻薬騒動
現場も大塚 ものすごい数の警官

私が交差点を右に曲がろうとすると
直進しようとしたパトカーが珍しく道を私に譲ってくれた
ありがとうの意味の手をあげ、ゆっくりリンカーンは
北口商店街にはいっていく

すると急にパトカーもついてくる
一つ先をまた右
パトカーも一つ先をまた右
その一つ先を左に行った左手にホテルがある
パトカーも見事についてきた

ソヤを乗せたところでマイク 前の車止まってください?
またかとおもう 黒のスモークが後部座席に貼られた白のリンカーン

本当によく止められる 必ず免許を見せるとともに
一言文句を言うようにする 私は何にも悪いことをしていない
酒も飲んでない 交通ルールを破ったわけでもない
極道とおおもいでしょうが私はたんにアメシャ好きの人間

自らの潔白を訴える 私ほど時間を守り社会のルールを守り、
礼儀正しい人間もいない まずは免許証 つぎにおどろいた
息を吐けというのかと思いきや、任意で立ち会いのもと
車のなかを調べさせてもらいたいとのこと もちろん承諾

一人の警官がなかを調べはじめ、もう一人は私と会話
大塚の麻薬取引は都内でも有数な穴場らしい

まずは調べはトランク ゴッチさんの遺影 膨大な葉巻
がらくたのかずかず 次に調べたのは車内 なんだか緊張してきた
最初に怪しまれたのは箸がでてきた。
なぜかはもちろんエコロジー作戦。三沢さんの影響。
箸を何に使うかをしつこく聞いてくる。


なんだこれは、といってきた 次の瞬間、
一人の警官は、大騒ぎした注射器をみつけられた
得意そうな顔して凄んできたから中を見せると、
今治療中の抜歯した奥歯の化膿を沈めるお薬

たしかに注射器のよう しかし針はないし
黄色い液体がはいっている まずはクリア

その次にダッシュボード やばいとおもったが冷静
だが向こうは大興奮拳銃が出てきた
私の言い訳はもちろん 大好きなボンド映画ファンだから、
わたしはワルサーPPKをもたねばならない もちろんモデルガン

そんな珍道中が長野に行く前にあったのであった
なかには嵐の二の舞になればよいと思っているかたがたよ
そんな簡単に私を捕まえられるわけがない

私は刺激を求めこれからも活動します


24時間、360度 これがプロ!
2007.11.09
昨日の行動は朝練習。
日中は大塚の実家にて部屋の片付け、書類の整理。
15時から全日事務所にて武藤さん、
内田取締役と今後の方針、相談をはじめ綿密な打ち合わせ。

19時半まで4時間半に及ぶミーティング。
すぐに湯島に移動。
IT会社の社長、幹部との打ち合わせ。

22時半終了。
23時新木場で試合が終わったばかりの征矢と大塚で合流。

今日の長野に向けての出発を考えると
新木場から上総一ノ宮まで
いったん道場に戻りまた朝出てくるよりも大塚に泊まらせることに。

大塚にはよいホテルが1件。
なかなかのビジネスホテルが4件。
老朽化のあるビジネスホテルが5〜6件。
後は無数のラブホテル。

片っ端から二人で探すも
すべて満室。
仕方が無い。
ラブホテルに一人で泊まらせることに。

とりあえず荷物を置かせるため、
チェックインしに評判のよいラブホテルに。

私が先を歩き征矢がその私の後を歩く。
入った瞬間、部屋選び中のカップルの男と私が眼が合う。

合った瞬間、向こうは驚きの顔。
彼女に、こそこそ話。
時折聞こえる日本語。
『ム、二、ラ、シ、』
私はこの4文字の発音に非常に敏感。

カップルの彼女のほうも私をちらちら見始めた。
そんなとこにフロントで支払い清算。

私はわざと大きい声で
「この人が泊まります。支払いは私。」

聞こえたか聞こえないかわからないがまだヒソヒソ話。
今度は言葉のふしふしの発音に、
『ゼ、ン、二』が聞えた。

相当最近の近況をしっているこの男。
絶対にこの男は言いふらす。

二人でチェックインしてたって。

征矢はこのカップルの行動に不思議な感じも抱くことなく直立不動。
顔をカップルに向けないように背ける私に対して、
征矢はいつでもどうぞといったくらい堂々とした顔立ち。

しかもトイレに行きたいのか、もぞもぞしている有様。
エレベーターにカップルが乗る瞬間、
征矢の顔をちらりと見てエレベータに乗車していった。

乗った瞬間、征矢に
「あの二人プロレスファンだよ。わかるか?」
 聞くと、
「全然わかりませんでした。」の答え。

昨晩の食事中の講座はこの攻略法に関して。延々と講義。
プロは24時間、360度意識を持たねばならない。


私の人生は私が決める
2007.11.08
一宮道場にて朝練 昼前に東名川崎に向け出発
ガンが五年で完治というのはあくまでも統計論だ

都内の交通事情にも同じことが言える
十二時から十二時半前後は驚く程に
大渋滞がいったん静まる時間帯がある

目的地は全日本道場。

九十九里から全日本道場にまでたった一時間半
タンパからキシミーをこえオーランド空港
もしくはタンパからドリーさんのいるオカラににている

ソヤの荷物の運搬 私自身は淵さんとの合同練習
淵さんとは二千四年にはじめてお会いしたのだが
最初にあったときから話の馬が合ったもう長く知っている人のよう
六本木の夜の街をこよなく愛されている

ゴッチさんもそうだがドリーさんとの共通点が多々ある

実に最強タッグが楽しみ!
いままでだと藤波さん、天山、武藤さんが多かった
俺が俺がのタイプはあまりいいコンビネーションはつくれない
天山小島、蝶野さん天山もすばらしかった
わたしはどちらかというとシングルがすき 自分勝手に動ける

旅行ももちろん気の合う仲間と行くのは大好き
しかし一人もかなりすき 元々の性格もあるのだと思うが
海外生活ベースが基準になったのも大きい
淋しいと思ったことがないホームシックの気持ちが分からない

しかし私の道場から全日本道場に直で行くと
後ろ受け身を取りそうになるほどかなりのカルチャーショック

もうゴキも蜘蛛も猫四匹も蚊の大群もいない・・・
小さい蚊の群れは見つけた 一見、
住宅街の一軒家かと思うなかにある
道場があり寮があり食堂がある

もう千葉で一緒にバーベキューをしたり
波乗りすることはなくなるが、彼をここに入れて本当によかった。
ものすごい素晴らしい環境 もう雨漏りも風も心配ない
仲間も常にいる 彼は無口だから皆と話してキープアップできる
淋しさは残りますがいい旅立ちの日でした


帰りは坂口会長にご挨拶 雷を落とされました すべて私の責任
これも覚悟の上での行動 仕方ありませんな
ま、何はともあれ行動しなきゃはじまらない それが人生だ

息しているだけじゃその人はガンジスにある
死を待つ人の家の方々と同じ作業

波風たたないように生きるとたしかにまわりの評価はよい
なににせよ行動を起こすと批判の嵐

私は今回の件で批判を逆に楽しめるまでになりました
批判二万にたいして評価は三件くらい
行動して批判の嵐になるか、その逆になるのか
私の人生は私が決めるなにをいわれても全責任は私にある

批判するひとが責任なんてとるはずがない 勝手なものだ
これからも言いたいことはすべていってくれ
すべてエネルギーにしてさらなる行動力にさせていただく


無我西村ファンよ、黙って私についてきなさい


無駄はない!
2007.11.07
一昨日はソヤを引き連れ東京スポーツのトップスリーにあいさつまわり。

力動山OB会にも挨拶まわり。

昨日は千葉に移動しまたまた挨拶まわり。
昼間には大網の回転寿司の店長、
夕方は道場でたぶん最後となるお別れ練習。

夜には太東で私もソヤも大変お世話になりました街のボスの田中氏との会食。
一次会、魚料理店、
二次会は大原まで場所をうつしピアノバー、
三次会は太東食堂。
四次会は家で朝まで私の説法に入ろうとしましたが
時差の最後が目蓋をシャッターのように重く締めはじめ私は先に夢の世界に。

ソヤは一人で勉強会 昨日の参考文献は、ビヨンドザリング
私はさまざまな参考文献を駆使しプロレスを、無我の思想をとく
今までの後輩でここまで教えたのもいない 。

酒も葉巻もシャンパンもワインもパスタも餃子パーティーも女の子もバーベキューも
リンカーンもヤンキースもカラオケからもプロレス
葉巻を吸い、赤ワインのコンビなんか意味がないはずがない
この二点がただたんに体に悪影響を及ぼすアイテムとしてみたら
それほど無駄なことはない。

身の回りのものすべてに意味は含まれる。
サーフィンは最近やっていないが、自然と向き合う。
ものすごい意味がある パーに入り酒を楽しむ
ものすごい意味がある 話術も訓練しなければならない
相手の心理を読み、知識を活用しその時間を芸術作品のように仕上げていく
まさにプロレスの作業。

サーフィンならば誰も助けてくれない
自らの力でパドリングをし波を越え沖に出ていく

沖でまわりの上級者の邪魔にならないようにも気を使い、
風と地球のパワーでできた波をまつ
待つ場所があってないといつまでも波にのれない 追い越される。
待つ場所が一致し漕ぐスピードを猛烈に上げ最高のタイミングでたちあがる
自然と一体。地球と一体。

プロレスでいうと客との心理戦そのもの
客という波に圧倒されたりまわりのレスラーという
サーファーの上級者の邪魔になったりしながらもタイミングをまつ。

客の心理と一体する瞬間こそ、まさに波に乗れた瞬間そのもの
ゴールもないし完成してもまたチャレンジの連続。
いつも波は違うし場所によってもちがう
後楽園という太東がありハワイというドームや両国があり
やりやすいやりにくい好き嫌い様々。


無駄は何一つなかった

ソヤを気持ち良く横浜の道場につれていきます。


時差ボケとの戦い方
2007.11.06
時差ボケがかなりまだある。

いつも大体私はシカゴかワシントンDCまでで
そこからまっすぐ成田に飛んでくるパターンが多かった。

ちょっと昔まではパンナムから受け継いだ伝説の800便が
飛んでいたので行きか帰りはニューヨーク経由。

しかしながらニューヨークによると
寝不足に飲みすぎに体調がくずれてしまう。

人生は人生だ、が口癖のJ氏、
起きているということは生きてることだ、
死んだらいくらだって寝れるが口癖のGoレストランの永井サン、

Youは、さーからはじまりワインと共に
同じ事を何度も繰り返すタイガー服部氏、
いつも宇宙まで飛んでるブルックリンの
御茶ノ水博士といわれる湯谷誠氏。

彼らに捕まると朝日を見てから解散パターン
なので最近は試合が終わった直後に
タンパに戻る前にニューヨークによるパターンが多い。

帰りはシッカリ体調を整えてタンパからまっすぐかえるのがいい。
アメリカから飛んで丁度真ん中6時間でアンカレッジを通過する。
そこからがまたながい。

時差の調整はどうしようとどんなに寝ようと体内の時計が
覚えているから睡眠薬を使って寝たとしても夕方から
おなかがぽかぽか温かくなってくる。

食欲も朝思いっきりあって、夜はかなりだるい。
飛行機に乗って最初寝てアンカレッジあたりからずっと起きていると
到着後の疲労感がとてつもなくでかい。

ならば逆のほうがよい。先に瞑想の時間に入り、
カナダとアラスカに入りかけたあたりから
一気に北海道の横まで爆睡。
もうご飯もパスするくらいの覚悟。

アメリカのキャリアの朝飯ほどおなかにヘビーなものは無い。
チーズこてこての卵料理。私はいつもパス。
麦からの恵み。もしくはジントニックあたり。
まあビールくらいがちょういい。

日本から行くときは寿司弁当やコンビニのおにぎりを10個くらいかう。
しかしよく考えると早寝早起き。朝シッカリ食べ、夜は少なめ。
時差ぼけも考えようによっては体によさそうだね。
ユナイテッドのフルフラットシートに期待。

今年は1Kフライヤーが防衛できるか危うくなってきた。

9日は長野で試合!!

10日は高円寺のビルロビンソン氏の道場で
14時半から流知美さんとトークショーがあります。
ぜひご参加ください。


藤原竜也さん
2007.11.05
昨日の晩、三沢さんと服部家に
服部さんの奥さん利枝さんもニューヨークから帰国中

このご夫妻一緒にあうのは日本ではまずない
まるでブルックリンの気分

十二時過ぎまで服部家
 


その後あるバーに入ると藤原竜也さん
一緒に朝まで散々飲み語りました
プロレスが大好きらしく、しかも全日派 意気投合


24時間たたかえますか?
2007.11.04
2日着の愛用のユナイテッド航空にて
定刻の15時半に成田に到着いたしました。

多くのマスコミの取材を受け逃げるように
お迎えに来ていただいたかたの
ドイツ車にて全日本事務所へ。

会社での今後のスケジュールの確認。

実家へいったん戻り、荷物を置きわが故郷大塚にくりだしました。
久々に食べる日本の食事に大感激。

猛烈な時差ぼけで睡魔が・・・
これに負けて8時くらいにねたら最後。
最初の日が一番肝心。
どんなことがあっても12時前に寝てはならない。
必死のおもいでたえていたら段々睡魔がなくなり逆に猛烈に元気に。

タンパを出発のラスト2日間。断食をおこないました。
最後の夕方のプールサイドでのシャンパン反省会以外は
口にしたものは水のみ。

寝る前にイタリア式健康法のオリーブオイルを大さじ三杯ほど。
胃の調子、腸の調子がすこぶるよい。

明け方になりおなかが夕食モード。
駅前のレストランでモーニングセットとビール。

2時間仮眠し、その足でサムライでインタビューの収録。
東京スポーツの柴田さんと。

それが終り再び大塚。

このブログの運営を行っているルパン編集長との食事会。
結局私がようやく寝たのは朝の6時。
成田から激動の2日間の終了。

24時間たたかえますか?


最高の空間〜そして日本へ〜
2007.11.02
ゴッチさんの昔住んでいた
オデッサのキーストーンレイクの家のご家族とも非常に仲がよくなり、
最近は帰ってくるたびに食事に出かけるようになった。

93年にこのタンパに来たときはまだまだ寿司ブーム到来の前。
すし屋さんも3件くらいしかなかったが、今では30も40もある。

アメリカの食事に比べれば非常に体にはよい。
ニューヨークのようにおそばや、うどん屋やラーメン屋まではない。

なんだかんだ言っても、まだまだステーキがアメリカ人には主流。

前回タンパに戻ってきたのは8月上旬。
それからの2ヶ月に様々なことがあった。

いろんな方ともであった。
新しい出会いも数多くできた

。日中はいつものビーチパークでコンディショントレーニング。
昨日の晩はそんなことを考えながら
プールサイドで一人でワインクーラー、グラス、シガー、ノートとペンを持って
ヴューヴクリコをいただきました。

誰もいないプール。

紫色の夕日。

青い空。

秋の風。

最高の瞑想と反省と祈りの空間。

さあ、いよいよいざ日本!


限りある時間の中で…
2007.11.01
一昨日はジョーマレンコとテリー氏と食事。
空港近くのインターナショナルプラザという派手なモールがある。

そこの中にはいっているなかなか美味しい日本食の店。
遺品の中から数点、形見としていただきました。

愛用のベルト、ジャージ上下。
私が生きている間には間違いなく他人にわたることは無い。
まかり間違ってとんでもない値段がかけられたとしてもこれだけはない。

考えてみたらあまり私の周りに
これだけは譲れないという品物は無いような気がする。

病気の前に私は知人からいただいた台湾のお寺で購入したという
金剛菩提樹の木の実でできた数珠をしていた時期があった。

どんなにしてもこれだけは肌身離さずしていた。
どこにいっても忘れることもなく。

病気をして入院中も一緒、ガンジスに沐浴をしたときも一緒。
コルティナにスキーをしたときも、
ブレーメンのオクトーバーフェストで大酔っ払いしたときも、
ヤンキースタジアムも、ピラミッドの中にはいったときも、いつも一緒。

ところが2005年の11月、
新日本を辞める数ヶ月前に足立区で野球大会があった。

ピッチャー棚橋、キャッチャー裕次郎、私がサード。
監督が海野さん。

宇都宮のイベントが朝まで。
その足で向かったハードなスケジュール。
ユニフォームは持ってきたのにシューズを忘れ、
なんと革靴のブーツで野球をした。

このときにこの98年から愛用の数珠がなんと
切れてなくなってしまった。

気づいた時にはもうない。
98年にいただいたときは薄い茶色。

2005年にはもうなんともいえぬあめ色のような
うんと濃いこげ茶色をしていた。

こげ茶色だからグランドの土の色と一緒。
探しても出てこない。

試合が終りさがしていたらコントのようにものすごい勢いの大雨。
さすがに諦めがつきました。

なくしてショックなのは携帯と財布くらいであろうか。
しかし私にとって一番大事なものがある。

もちろん家族や仲間も大事。

何が一番になるかはすぐには答えるのは難しい。

しかし、この優先順位を決める作業が
行動の基準になる最も大切な作業となる。

2番目以降はどうでもよい。
すべてを行おうとするから決断が遅くなる。

考えているうちにタイミングを逃すことになる。
人生の中のチャンスとは待っていてくるものと来ないものがある。

私にとっては、限られている時間というのが一番の優先順位。

だれも責任は取ってくれないし、だれも後戻りもできない。
いつか来るだろうなんて考えは私には無い。

すべてこれらは26にして癌を患ったから。
”人間にはいつか終りが来ます”ということを猛烈に実感してしまった。

のんべんだらりと時間を過ごすのはもうこりごり。
時間がある限り私は突っ走ります。


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