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名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
所属:07年10月19日付で、全日本プロレスに正式入団。
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー。
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

全日本プロレスリング所属の正統派プロレスラー。
彼の名言には3ゴング!!
 
 
 
 
 
わが人生・・・転機の年
2007.12.31

36年生きてきてこれほどに内容の濃かったのもない。
特に大きく変わったのは夏以降。

 

まさにゴッチさんの死から・・・。


自分自身が病に冒されたときに私自身の人生観が

大きくかわらさせられるわけだが、日数を重ねるごとに、

または 自分自身の体調が上回っていくたびに病気に対して自信がつく。

 

はっきりいって悪く言えば忘れていってしまう。
よく言えば、健康になっていくという意味でいいことなのだが。


しかしながら時間を猛烈に大切にする気持ちはまったく変わらない。
それによって優先順位をかんがえる。

 

今一番何をしなければならないのかを。


一番さえ上手くいけば2番目はおろそかになってしまうが仕方の無いこと。
私で言うなら今はやはりプロレス。トレーニングと食事。


またそれにかかわる環境。道場のある千葉、
いまだに米国武者修行の延長でもあるフロリダ州タンパへの時間。


知り合いはどんどんふえ、会いたい人は大勢。
でも体はひとつ。内臓もひとつ。
結婚してマイホームパパになることはいまの私の猛烈生活では
まったく考えられないし、必要ない。すべて24時間、時間も金もプロレス。


いつまでもあると思うな親と金ではなく時間と命。
金は天下の回り物、金を追いかけてはならない、水と金は溜まると腐る。

さまざまな名言をみみにした。どれもいえる。
命は必ずいつかおわりがくる。


自分の病気で考えさせられたものの
7,28の事件で猛烈に考えさせられた。 再び。


それは実際問題どうしたらいいのか。行動をどう起こせばいいのか。
ゴッチさんの死後、すぐにタンパに向かった8月上旬。


これから何を指針にしたらいいのかわからなくなって
しまいぽっかり人生の口があいたまま。

 

今考えると成田のチェックインカウンターで
偶然武藤さんに会ったのは意味があることだった。

10分違いの飛行機。私はサンフラン経由でオーランド。
武藤さんはDC経由でサンファン、プエルトリコ。
たまたまお互いユナイテッド航空のF席。ラウンジも一緒。


私ははっきりいって神は必ずいると思う。もちろん目には見えない。
面白おかしく無造作にポイントやテーマや課題を出してくる。
何にも考えたりまたはきずかなければそれはそのまま。

これは全人類にあること。

 

ブログを読んでくださっているみなさん。
またはいまだ10,18以降私に批判をくださる諸君。
融合するとかしないは別の話。

神の存在を改めてこの年越し、もしくは年始に考えてもらいたい。

自分自身の身の回りにおこること、事件、出会い人。必ず意味がある。


ゴッチさんの死から、無我ワールド試合激減、ハッスル参戦、ノア参戦、
ハッスル一時撤退、テレビ局指名での武藤さんとのテレビ座談会、
またこれがきっかけで全日本入団、渕さんとの再会を
はじめ新日時代の交際していた方々がまた戻ってき始めてくれた。


新日をやめて理想を追求し追いかけた1年10ヶ月があるからこそまた今がある。
ずっと新日本に残っていたならば今のこの爆発的な行動もなかった。


シャンパンや葉巻は物思いにふけるのに最高のアイテム。
シャンパンはオーストリア・ウィーンのミシュランの星つき
トップシェフにおそわったのが97年。


いまさらになってミシュランがどうの騒いでいるが私からすれば10年おそい。
葉巻を教わったのは2001年ゴッチさんから。
その前からもすってはいたが本格的にスタート。
世界の旅行家は重要アイテム。


95年からデルタ航空からはじまった禁煙ブーム。
いまではNYではタバコは思いっきり田舎者扱い。

おしゃれに葉巻がよい。
間違いなく必ず日本にもくる。無我の思想も12年前。


今少しずつ温故知新や原点回帰なる言葉がきこえはじめてきた。
ファッションや音楽は常にサイクルがある。70年代、80年代のブームもある。
最近の若い女の子の化粧なんか思いっきり70年代。
昔のことには今に無い素晴らしいヒントが隠されている。


さあ、残すところわずか。
来年は環境が整いました全日本で無我の思想を思いっきり
展開していきたいと思います。


そのひとつの展開の最初にして最大のプロジェクトが私の口から
発表する1月2日のコメントとなりそう。
全員が全員振り向くことではないかも知れないが、
私はこのプランを実現させるために全日本に命を捧げたといっても過言ではない。
オールドファッションファンを全員連れてきたいと思います。

 


私はますます人生をエンジョイしたいと思います、
このブログとともに。

 

本年は誠に有難うございました。
良いお年をお迎えくださいませ。



日本のタンパ
2007.12.30

昼過ぎに九十九里にある道場でトレーニング 

夕方太東のサーフショツプテッドにてお茶をいただき雑談。


その後ビーチハウスにもどり私が岡山から連れてきた営業の新人と飲もうとすると
今日も上の階のお姉様からパーティーのおさそい  どうやらホームバーティー
さっそく冷やしてあったピンクのパイパーエドシックをてに参上 

 


扉を開けると目の前にこの方   自分の目を疑う  

時折みるヤンキースの物凄いリアルな夢  


私がすりきれるほど散々みているコントの実物  

あまりにおこがましく数々の質問ができず硬直状態 


頭のなかはいままでみた数々のシーンがよみがえる 
いかりやさんとのやりとり 

逆ギレする雷様  お酒もお好きなよう 


食事は聞くところには魚がからだにあわないそうだ  
魚を食べない日本人は永田も邪道さんも 

そういえば永田はドリフの大信者 


娘さんのかおるさんの話だと、肩凝りが非常に激しいそうで

プロレス式のマッサージをしてあげることに
背中をほぐし足と臀部を私の体重加減を

調節しのっていく  上から下に何度も何度も 

体全体がこっていらっしゃる  


散々いかりやさんにハリセンや黄色のメガホンで

たたかれたシーンがよみがえる 
私はどれだけこの方に笑わせていただいたことだろうか 
今その恩返しをさせていただいているかのよう 


もともとはボクサーだったらしい。

 


私は生まれも育ちも大塚だが、高木さんは隣の巣鴨。
しらなかったのだがドリフターズは三代目ということ。
欠員がでてそこに入らされ。


私はあのメンバーが何かの縁で結成したかとばかり思っていた。


まあしかし芸能人がここ太東にはウジャウジャいる  
ついこの前にはこの部屋でマイク真木さん
不思議なご縁が昨晩もできました 


娘さんのかおるさんとも   現在電通に 

さまざまなアドバイスをいただく  


千葉県をむかしはバカにしていたが

都内からこんなに近く田舎暮らしができる 

 


日本のタンパのようだ  さぁ今年もあと二日 トレーニングとパーティーに全力投球



スクワット
2007.12.29

小学生の時、西部警察を夢中で見ていた  今になっても夢中

今では完全に理解できるが

裕次郎のいる課長室の棚の扉を開けるとブランデーが入っている

 

深刻な渡との相談は決まってバーのカウンター 

コルムの金色に輝く時計を右腕にし

昼からブランデーを飲んでいる刑事がどこにいるのであろう

 

まぁわたしは昼から飲むプロレスラーではある

 

事件が解決してもみんな、かどやにいきたがる

あんな暗いギター弾きしかいないバーのマスターひなさんは

かなり視野も広く安心させてくれる

 

 

昨日はブログの会社の方々との懇談

原宿のシュラスコのお店  ウィーンでも散々通った

ケルトナーストラッセを背にしたら右前方にある  ブレーメンにもある

駅ビルの二階   プロレスが行われる市民ホールのある側

どちらの店にしろ散々通ったのは九十七年   オットーさんの試合に出ていたころ
酒を本格的に覚えたのもあの時から

 

ドイツは九月には初冬のような寒さになる

多分最初で最後のキャンピングカー生活

 

ジャンパーを二枚くらい着ないと寒くて眠れない

ガスのヒーターを付けっ放しでは暑くて眠れない

さすがに女性を呼ぶことはできなかった  私が出向いてでかけた

 

船木さんのキャンピングカーは毎晩揺れていたという伝説の話もある

天山は天山で泥棒に入られ現金百万円を盗まれた

 

トイレに行くには体育館の中にあるトイレまで行かねばならない

10月のオクトーバーフェストの時期なんか移動遊園地がつくられる

たまたま私のキャンピングカーのまうらにスピーカーが設置された

 

毎晩朝帰り   寝るのは五時六時

遊園地は十時にはスタートする  ものすごい大音量  

 

いまだにサンバデジャネイロをはじめとした音楽は耳のなかに焼き付いている

HGの曲もそう  ラマはハッスル軍だから彼とは組むほう

リッキーマーティンのあの曲を耳にするたびにハノーバーの遊園地にタイムスリップ

 

真壁の入場音楽なんかは

ヤンキースタジアムで相手のチームのピッチャーがへばってきて

ピッチングコーチが出てきるあたりに流す曲 

 

一回東京ドームで聞いた時には何とも不思議

東京ドームは重低音がややかける

 

ヤンキースタジアムはマイアミのマリーンズ球場ほどではないが

バックスクリーンの上に縦に二十個置かれたスピーカーからは

やや曇り掛かった音質とボブシェパード氏のまるで入れ歯のじいさんが話すような声が

歴史と伝統のスタジアムに響く

そのスタジアムも来年で最後

 

私は行きまくりたいと思う
行きたい方々がいたら私が案内してもよい

席は大体四十から五十ドル

私はきまってネット裏から  ポサダの後ろ

 

一階はなかなかとれないから二階  最悪はライトの二階席

バックスクリーンがまったく見えない

イチローがいても彼の姿さえ見えない

ポールオニールはいいライトの選手だった

 

私はアメリカにいながらバスケもアイスホッケーもアメフトもまったく興味がない

ヤンキースだけ 

松井さんの動向がきになるところ

タンパのアパートが同じでなんどかお会いさせていただきました

 

松井さん、バーニーウイリアムス、私、蝶野さんみんな同じくらいの身長

松田さんも   松田さんはジャンピングスクワットをものすごいやっていた

 

ダイゴウさんはダンベルスクワット

ゴッチさんはなんにも使わず   毎日スクワット五百腕立て二百五十\n

 

私も毎日二日酔いでも雨の紐風の日もやっている

足を鍛えねばやっていけない

 

 

今日はビーチハウスの方で私の岡山の知人が

全日本プロレスの営業マンになったのを祝すパーティーに

 

昨日も大塚の隠れ家バーで三時まで

それからまた呼び出しをくい六本木  朝六時まで

グラスの中が泡があるのかないのか赤なんだか白なんだかも見えないほど

 

六時だというのにタクシーが捕まらない  交差点には物凄い人
仕事納めだからだろうか

 

グラン浜田式にサウナのなかで腕立てとスクワットをやり今晩のパーティーにそなえます



忙しいライフ
2007.12.28

垂れ幕の青年との公開インタビュー13時半終了。

大急ぎで14時過ぎ発の、のぞみに飛び乗り一路京都へ。

 

京都への目的はふだんなら市立体育館か

府立体育館にしか用事が無いものなのだが

今回は高見社長という呉服屋さんの社長主催の年越しそばパーティー。

 

京都の財界人が大勢。昨日はローランペリエとおそば。

2次会はその社長が所有するK‘sバー。

そこに顔をだし、我々はまたのぞみに飛び乗り

がらがらの8号車で赤ワインをいただく。

 

そのまま大塚に帰るつもりが八重洲口のカラオケ。

いつものレパートリー。

シナトラのNewYork,NewYork.。加山雄三の海その愛。

裕次郎の我が人生にくいなし。ジョンレノンのWar is Over.

 

 

それにしても忙しい。

忙しいライフをすごすと暇なライフをほしくなる。

暇だと忙しいことがしたくなる。

 

タンパに2年間ぶっ続けで住んでいたときは

猛烈に東京やNewYorkライフがあこがれる。

NewYorkに住むとフロリダの海が恋しくなる。

 

新日本をやめて約2年。

このような忙しいライフを待ち焦がれていた。

 

私は分刻み、時には秒刻みぐらいの忙しさが大好き。

ものすごい刺激的。

一分一秒を感じる。生きている実感。

 

酔っ払うと私は電話魔になる。

誰にでも電話をしたくなる。

有名人にも電話。

しかしいつも几帳面に出てくれる。

 

 

今年も数日。猛烈にあえて忙しくすごそう。

 

昨日の日帰り京都ツアーも最高の一日。



これもプロレス
2007.12.27

一月二日の日の重大発表宣言に関する反応がかなりありましたが

二日までのお楽しみに

 

 

今日は垂れ幕を掲げる連中の代表者との公開インタビュー

ご丁寧に先シリーズでは後楽園 千葉 広島 大阪に

たれ幕を持参しご来場

 

試合前試合後マスコミも私を焚き付けるかのようにコメントをとりたがる

貼ったもの 外したもの メンバーの顔写真までみせられ

知っている人物や否かまで聞かれる

 

私はファンの方々の顔の覚えはいいほうだが

特に今まで見たことも話したこともない

いったい何の目的?

何が目当てなのか謎のままだった

 

週プロを通じ私はコメントした

 

私は逃げも隠れもしません

何時間でも説法をしてあげるから私を尋ねてきなさい

 

まさか本当に来るかどうかは見当もつかなかったが

この代表者は本気だった

 

私からの説法を聞きに全日本プロレス事務所まで待ち合わせの時間にやってきた

私が指示したのは 代表者一名に限定 付き添いもなし 下の人間もなし

頭に直接話さないと伝言ゲームになってしまう

 

今まであったことのない三十歳の若者 たった1人で出向いてきた

やったことはどうあれこの行動力と勇気と真剣さは

このブログで散々批判し顔は出さないものとは完全に別格

 

なかなか面と向かって話すのは大変なこと

顔は見えないからものすごい無責任かつ

強気なことを言ってくるのはいくらでもいる

 

その点では彼を評価

話すこと一時間半

お互いに言い分は話した

私もすっきりしたが言い分を伝えすべてを聞いてあげた

 

まさにこれもプロレス

 

決着がつこうがつくまいがリングにあがったことだけでこの男は男だ

しかも全日本プロレスの事務所というおもいっきりawayの状況

 

入り口には武藤さんの等身大のポスター

事務所内に入ったとたん阿部リングアナ

営業から経理部から広報をみると奥には内田取締役が睨んでいる

まるで極道の事務所

 

私の見解 彼の見解 はっきりいってどちらも正論

この先もおもいっきりたれ幕を掲げるがよい

 

自分の主張を世間に知らしめることは大事なことだ

これからも君とは戦おう

 

いいライバルができたことに心から感謝と歓迎の意を表します



真実を知るがよい!
2007.12.26

私は誰が何を言おうがハッピー 

生きれば生きるほど深さにはまっていく 


先日も言ったかもしれないが東急の先代の五島会長の言葉がある  
全財産を投げ打ってでも寝たきりから四十、五十代にもどりたいと


もちろん六十代でも七十代でもわたしのちかくに

ものすごい人生をエンジョイしているものが大勢いる 


ゴッチさんもいつもいっていた  人間には健康ほど有り難いものはないと  

 


今年もあと残りわずか  紆余曲折を感じずにはいられない  
三十六年の内でもこれほどのアップダウンの激しい年もない 


ガンに冒された九十八年はアップはない   ひたすらダウン 
今年はダウンもあり、又アップもある 

ハルシオンをとりダウンしデパスをとりアップしたかのよう  

 

さまざまな批判もいまだにある 

奴らにはわたしの心境はたぶんわかるわけもないし、
そのまえにわかろうともしないであろう  

他人のことをよくも批判してくれてるなと 


まぁ結婚生活だとすれば一方的に話し合いの場ももたず

一方的に家庭を捨て家を出たようなとらえ方をされている  


その状況だけから判断すれば無我ワールド支持派からすれば

百パー理解はできないし、悪としかいいようがない  

 


私はどれだけだれよりも無我を愛し守ってきたことか  
私がいなければ間違いなく無我はなくなっていた 


去年の夏に同士が集まり旗揚げとなったが

私はこの二文字は団体の名前ではなく今までどおり
思想のグループにしておくべきだった  

もう来るところまで来てしまった   話す余地もないほどに 

 

私は別に今回の行動を考えて名前を登録したわけではなく
新日本に押さえられることを回避したいがゆえ新日時代に実行したこと
 


誰が何といおうがこの二文字は私が守ってきたこと 


徹底して最大勢力の九十年代からの長州政権に盾をついてきた 

三島先生の盾の会ぐらいの意識 

  
金閣寺くらいにまで美しい  

時代に媚びることなく一つの道を信じることこそ素晴らしいものはない 

 


この十二年の私の意志と信念をも理解せずに批判を繰り返す輩達よ 
いい加減に何が正義か 何が勇気か 何が愛か 何が慈悲かに気づいたらどうだ  
早かれ遅かれ真実を知るがよい   最後の勝利者はどちらかだ



わが人生に文句なし!
2007.12.25

今日は東京スポーツ大賞授賞式。
赤坂にあるグランドプリンス。


ホテルマニアの私としては旧館のバーを含め
トップオブアカサカなり九十年代に散々通ったところ。
部屋も中々広め。


プールがとなりの大谷にくらべ
リゾート感がありよいのだが形が真ん丸型。
それに沿ってベッドが並ばれるために
全員顔を見渡す感じでやや恥ずかしい。


お忍びで行ったときには都合が悪い。
見られるほうより見るなら抜群!

 

さて、今日の目的は、ゴッチさんの功労賞の代理の受け取り。


本当ならこのような賞を生前に渡してあげたかった。
名前はあえて言いませんが、散々名前を利用され
その時かぎりの付き合いをゴッチさんは一番嫌った。


みんな自分に都合のよいときだけ…。


それは果たして人間同士のお付き合いと言えるだろうか。
天国、すなわち、あの世からはすべてが見えるらしい。
こんなに俺のことを思ってくれていたともわかる。


またその逆もあるから、残念に思うことも多々あるらしい。


東京スポーツ新聞社から、
私が当日代理で受け取ってくれの依頼がありましたが、
最後の六年利害関係なしでお付き合いをさせていただいた点では
素直に納得し受諾。


しかし、だからこそ私以外のものが指名された場合を考えると、
ゴッチさんが許せるものと許せないものはあまりにも明確にわかる。


私はゴッチさんのためにあるプロジェクトがある。


今日のいただいた賞金は全額そのためにとっておくことに決めました。
目先の金しか見ずに付き合おうとしていたものの手に渡らなくて安心。
これで今日も最高の気分でシャンパンにたどり着ける。


わが人生に悔いはなしならぬ『わが人生に文句なし』


メリークリスマス



会社が一番か、自分が一番か!!
2007.12.24

全日本のクリスマスパーティー兼、武藤塾兼、武藤さんの誕生会  
あれだけたくさんの方にお祝いされてさぞかしお幸せな武藤さん
 


年を取るにつれ益々カリスマ性を持つ方 

年を取りまた膝の状態も悪くなるにつれましていく  
人間光さえあればいいわけじゃない 影が逆に魅力につながることもある 


ソヤも昨日が誕生日   仲間ができて本当によかった  
いままではねずみと蜘蛛とゴキブリとスズメと猫   本望ではない、
お寿司屋さんのバイトをやらされ何度田舎に帰ることを考えさせられたことだろうか


私は無我ワールドの先行きに不安を感じたのがゴッチさんの死後直後  
私は最初世界中の団体を駆け巡るフリー選手になろうかと思った


私はフリーだがソヤを全日本にお願いしたく、

まず最初に頼んだ  快く引き受けてくださった  
無我のみんなにももちろん相談したが返答なし 

仲間を無くすのは誰にだってつらいこと  


しかし彼個人の将来をつぶすわけにはいかない 

彼は今憧れの武藤さんの団体でものすごいハッピー 
昨日も実に楽しそうにファンと戯れている笑顔を垣間見れ私も実にハッピー

  
事務所の方も、リングやさんもみんな武藤さんのことが大好き  
こんなにまでまとまっている会社は見たことないくらい  
社長自ら会社を一番に考えている   簡単なようでみんなできない 
会社が一番か、自分が一番か 


仲間がいるから自分が支えられている  又それを影で支える方々  
実にハッピーなパーティーでした  


さあ今日はイブ    シャンパンを浴びるように飲むぞー



一番の出来事
2007.12.23

文京区の護国寺のとなりに皇族のお墓がある。

豊島が丘御陵。もちろんなかには入れない。


子供のころはみんなこの中に勝手に入りものすごい

ジャングルのような深い森を探検するのがこの近所の遊びのひとつ。
さすがにいまはいって捕まったらしゃれにならないので私は入りませんが。

 

これを横目にこの周りが私の運動コース。
ココは小学校へ行くときにも通った通学路でもある。

昔を思い出す。

 

 

新日信者だった私が今では全日本の所属。
何とも考え深い。シャワーをとり、あるパーティー会場に。

 

昨日はおそらく私が今まで経験した中では一番の出来事。

知人と九段下のグランドパレスで待ち合わせ千鳥が渕の超高級マンションへ。


そのビルの最上階。

 

家なんだかホテルなんだかパーティースペースなのかまったく区別がつかない。
トイレが4つもある。広いソファー。床までおしゃれな明かりがつく。
皇居が一望。重低音が響くなかクリスマスソングがかかる。


制服を着て名前の入ったバッジを胸に2名のウエイターさんがサーブをしてくれる。
アイスボックスの中にはヴューヴ・クリコの山。ピカピカに磨かれたシャンパングラス。
バーカウンターにはシガーの湿度を保つボックス。中を見るとすべてキューバ産。
カウンターの奥にはまるでファーストクラスラウンジかと思うほどの

豪華な食材のかずかず。スモークサーモンに生ハムにキャビアの山。

またそこのゲストの豪華な顔ぶれ。

 

全員英語を話す。日本人同士でも英語状態。

 

そのようなセレブのパーティーではまずタバコを吸っている人間はいない。
みんな葉巻。飲み物はまずビールなんて出てこない。シャンパン。もしくはワイン。
葉巻もワインも男ならの見方くらい勉強したほうがいい。

 

一瞬、丸の内の皇居がセントラルパークに見えた。
まるでアッパーイーストか、セントラルパークサウスからの眺め。

頭の中も含め。視覚、聴覚、味覚。
体中の感覚がいったいどこにいるのかわからなくなってきた。

 

いい酒を飲むと驚くほどにその当日、翌日までも体への具合が違う。

手が込んだ製法あるゆえにそれだけの値段がするわけだが、
逆を考えケミカルだらけで手間隙かけずに作られたものは体に言い訳が無い。

 


昨日はまさに脳細胞までもうんと活性化された。

このパーティの主催の人物は、香港人のMrリー。
なんと丸の内フォーシーズンズのオーナー。

 

 

切り盛りしていた彼らはホテルの制服をきたホテルの従業員。
3時近くまでこの超セレブなパーティー。脳が完全に冒されいる。

頭の先から足のつま先まで超セレブ状態。
完全に麻痺している。内臓までもセレブ。

 

 

その状態でそれをおえ九段下のホテルで知人と別れ、
おなかがすいたのでお店を探しているとファミリーレストランしかやっていない。


ファミレスに入ったとたん目の前に紙袋を抱えてねこむ50過ぎの男性。

その瞬間、私のボケ具合が一気に地上に着陸いたしました。

オムライスをいただきお水を飲んでねました。
たぶん水道水なんだろうなあ。

 

夢か現実だったのかわからないくらいな一日でした。



我々はアマチュア選手ではない。
2007.12.22

年の瀬が迫りパーティーや忘年会が本格的。

昨晩は渕さんとは一緒ではなく知人との忘年会というか会議。


一日が過ぎるのがはやい。一日36時間くらいほしい。

できれば体3つ。肝臓も3個くらい。胃も。おまけにあそこまで。
こればかりはご想像にお任せいたします。

もしくわ三澤トレーナーかタイガー服部氏にきいてください。

多分彼らもほしがるものだが。

 

 

さて毎晩のようなパーティーが開催されているのだが、

ただ単に私は酒を飲んでいるのではない。
一日中まるでワインをのみ葉巻をくわえているかのように

受け取られているが実際のところはそうでもない。


このような文章を書き込むと、いい意味も悪い意味にもうけとられてしまう。


ワインを飲みましたと書くとそれ以外は何もしていないかとごとく

何にも頭には情報としては入り込むことは無い。
ワインだけ朝から晩まで飲んでリングに上がるコンディションが作れるのなら、

私もぜひそういう体がほしいものだ。

 

 


日本人のプロの方々に特に多くいるが、私はこれだけやりました

てきなアピールの仕方は 私は幼いころからどうも肌に合わない。

子供のときから周りには必ずいる。


先生に猛アピールしたがり高評価をしてもらうもの。新日時代でもいた。

現場監督のまえでは、一生懸命さをひろうするもの。あえて名前はだしませんが。

小学校のときも中学のときも思い出せば必ずいるのではないかと思う。

私はオフィスワークは未経験だがいるのではないかとおもう。

 

わざと人に見せ付けるかのような練習。私はこれだけやっているという。

日本もそのような人間だらけ。

 

 

 

そんなときに前にも話しただろうが何度でも話させてもらうが、97年のドイツ遠征。

試合前誰一人も練習するものはいない。

映画のようなコメディの発想のようなまるでコント。まったく逆の光景。

 

練習をしないどころかビールを飲んでいる。片手には本を持ち眼鏡をかけている。

せいぜい2試合くらい前にゆっくりゆっくりリングシューズの紐を締め、
一試合前くらいに髪を整え歯を磨いている。
へたすれば自分の音楽が鳴り始めて

洗面所から出てきてガウンを着ているものさえ。それでもってものすごい試合巧者。

 

はっきりいって日本の、
回りにアピールするしかたからすれば180度正反対のコントのようにみえる。

もちろんそうだが、こんな余裕こいてコンディションが悪かったり

試合がしょっぱかったりするのならコントにはならない。


上記のことを実践していたのがトニーセントクレアー、デーブ・フィンレーがそのタイプ。
フランツシューマンも、ロビーブルックサイドも。ようはヨーロッパのトップ連中みんなそう。
それを見てからの私からの蝶野さんの評価は一気に高度30000フィートまで駆け上った。


我々はアマチュア選手ではない。面白くかっこよく品もあり優雅さもあり

独特の世界観を持って生きてみたいものだ。

 

 


渕さんが、段々御酩酊になってくると必ず口癖のように言われる言葉がある。

 

東急グループの五島会長の言葉らしい。
先代の会長さんはなくなられる前、かなり長い間寝たきりになったそうだ。
最後の言葉は全財産なげうってでも私は一文無しになってもいいから

40代か50代に戻りたいといわれたそうだ。


だからな、俺たちは何百億の価値があるんだからな。

それをかみ締め遊ばなきゃいけない。わかるか西村。

以上が渕さんの口癖。

もうすでに11月から何十回聞いたことか。


私もますます元気に男36歳の人生を楽しみます。みなさん有難う。



サイコロジー
2007.12.21

昨日は日中は練習。夜、食事会。非常にシンプル。
食事会は100%ちかいほど企業の方がほとんど。

 

昨日のかたは代々木にあるJR病院の臨床研究の先生。
大のオールドファッションなプロレスのファン。

 

私が追求するオールドファッションとは本来あるべき60年代、70年代をさす。

 

映画も芸能も歌も何もかもものすごい勢いで進化している。
昔はピストル一発で終わった映画のシーンがいまじゃ、何万発も。

 

相手も進化しストーリーもおなかの中が満たされた現代人を満足させるために、
ますます激しくも過激にも残酷にもなっていく。

 

無我の思想は95年からスタートしたわけであるが、
この進化するものに対しもっとシンプルでいいんじゃないのという考え方からはじまる。

 

映画でそれだけSFXを駆使し
アップダウンの激しすぎるジェットコースター級の展開が主流のなか
プロレスもそういったお客の感性にも対応していかなくちゃいけない。

 

確かに激しくも過激にも残酷にもなっていく。

 


シンプルイズベスト

 


複雑になればなるほどわかりにくくもなり、
お客の心に印象付けるのが困難になる。
手数足数で見せ、大技にこだわりたがる傾向のある選手ほど、
サイコロジーの低いものは無い。

 

またその逆ほど難しい高度な力量が要求される。
リングの上と観客席には
見るほうと見せるほう180度の反比例した不思議なミラーがある
という事実の存在を気づき始めたのは、
キャリア10年以上ではじめて。しかもドリー学校に通うようになってから。


野毛道場では確かにコンディションと技術は切磋琢磨され
非常に有効なことの数々を学んできたが、
私のサイコロジーは99,9%は海外で学んだこと。

 

しかも実戦から。
道場の練習でサイコロジーは勉強できない。

 

いまだ何かしら得るものがあって私だけは数多くいるレスラーの中で
海外在住を生活の優先順位としているが、
今まででも本当に多くのことを学んできた。

 

レスラーはまた現役時代は全員がライバル。
だからあまり秘儀を後輩に教えることもしない。
自分で掴み取らねばならない。

 

脚本があるショーじゃないし、実際受身を取るだけでも大変な訓練がいる。
サイコロジーを鍛えるには感性を豊かにしなければならない。

 

道場で毎日猛トレーニングしても
リング上でトリッキーな展開を読めなければ何の意味もない。

 

またその逆もいる。 
どちらがすごいかといえば、リングの上がすべてとなる。

 

試合の上手い多くの先輩方には共通点がある。
人間味があることだ。ユーモアもある。視野が広い。遊び心がある。

 

私は90年に入門しものすごく長い間、
まじめすぎる、気を使いすぎる、と言われてきた。

 

まじめな人間ほどはっきり言ってこの世界では生きていけない。
病気をしてまじめな部分がばかばかしくなって壊れてしまったが。

 


昨晩もまたまた渕さんと。
カーター元アメリカ大統領が行きつけだという
六本木のとあるビルの3階にある焼き鳥屋さん。
カーターさんになったつもりで焼き鳥を食べてまいりました。

 

先日のバツゲームで見事青唐辛子をたくさん食べ
懲り懲りしている話をしている最中に緑色のしし唐が。
辛くはありませんでしたがまた噴出して笑わせてもらいました。

 


征矢のシュウプロの記事を読んであげてください。
真実がわかる。彼にも笑顔が増えた。

 


あさっての23日は武藤さんのバースディパーティーを原宿で行います。
私も参加します。詳細は全日本事務所にて。

 

大掃除と年賀状をそろそろ始めます。



奥深き〜考えるプロレス〜
2007.12.20

タイガー服部氏、ボンバー斉藤の3人で
千葉の大宮というところにある服部さんの妹さんのお墓参りに。

 

彼女は私がガンを患いダウンした98年の12月に
49歳の若さで同じくガンで亡くなった。

 

ボンバー斉藤はすでにニューヨークに住んでいたし、
わたしは95年にフロリダからニューヨークに引越し
それからは我々は彼女もいれて毎晩というほどに酒を飲み交わすいい友となった。

 

ガンに冒されその後も再発。
「抗がん剤をうつなら死んだほうがいい」と、何度も口にしていた。


最後はニューヨークに帰りたいの言葉を残し亡くなった。

 

その兄の服部さんは”ギネスブックに登録してもいいのでは?”
と思うほど、団体間の移籍を繰り返す。
まさに人生風見鶏を表現する方。

 

「Youは、さー」と、「あいつ変わってるんだよなー」 
を1日250回くらい口にする人。

 

私も93年の『ヒロマツダ道場』入門で初渡米してからのよき仲間。
団体がどこにいこうともタンパコネクション、
時にはニューヨークコネクションは変わらない。

 

「人間勢いのある人と付き合ったほうがいい」ということもよく言う口癖。

 

数年前WJに移ったあたりはものすごく嬉しそうだったのが
時間が経つにつれ元気が無くなっていった。

 

完全に勢いをなくした頃に出会ったら、
『おまえ、俺との縁を切ったら物干しさおでぶん殴るからな。』

こういう発言からしてもギネス級の人生がうかがえる。

 

昨日の夕方帰京、
夜は夜で11月に参加させていただいた 流 智美氏の学校の忘年会に参加。
生徒さん約20名。

 

レスラーは今宵も渕さん、高山選手、小林邦明さん、
マイティ井上さん、宮戸さん。
隣のブースでは菊池さん、門馬さん、藤沢さん。

すごいオールドファッションのメンツ。
これにマティ鈴木さんも合流。


流学校のキャラバンなるクラスの求心力にみんなが巻き込まれていく。

この前も同じことを感じたが選手より詳しい。
今までの歴史、事件。

 

昨日の学校の校舎は元ジャパンプロの新倉さんのお店。
居心地もよく若いシェフらの料理が非常に美味。

 

流学校のトークイベントが毎月行われているのだが、
トークイベントの域を完全に脱している。

まさに授業。

 

そこに毎月さまざまなゲストという名の講師が登場し
その人の知識という名のテキストを元に毎回違うテーマの探求を行う。

参加者は全員ノートとペンを持参。

 

昨日も考えさせられたが、
脳で真剣に考えるプロレスこそ、奥の深いものになっていくし、
またプロは人々の目だけではなく、
脳の奥にまでも理屈を訴えかけねばならないスポーツなのだと改めて感動した。

 

プロレスは深い。
探究心があればるほど、重みも深みも感じることのできるスポーツである。

だからこそ経験には敵わない。

 

やるほうも見るほうも素人がいて、玄人が間違いなくいる。

 

その点では昨日の会では校長を始め、
流学校の生徒さん、レスラー、OB全員入れても
私が一番年齢的にもキャリア的にも素人でした。



水戸黄門
2007.12.19

昨日湾岸をニューヨークコネクションの三人で私のリンカーンを走行中、

前を川崎ナンバーのベンツが   運転者はひさびさに永田氏 

服部さんが携帯に電話  成田に治療にいくらしい 

むかしの日産好きでスカイラインを乗り回していた頃ならば

まちがいなくディズニーを右手にレースモードとなっていた  

 

首都高内回りは一番はしりがえがある   カメラもない
オリンピック前まで川であったところの橋の柱にさえあたらなければ

かなり強気で行ったほうがよい  

 

伊豆の135号、136号も好き  

湾岸線は浦安を越えた辺りにカメラがあるがセドリック、クラウンタイプの覆面がたくさん 

今の私は東京空港交通の白とオレンジのバスのようなほどさわやかな走り 

永田との走行は宮野木まで  

 

太東にシュウさんという中国人の方が営む味市場といううまい中華屋さんで昼飯 

夜は魚の店  夜遅くまで永遠ニューヨークの昔話  ワインが何本も空に 

朝起きて私のトレーニングコースを三人で山歩き 

帰りにテッドでお茶を頂き写真撮影  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

服部が水戸黄門様  あとは助けさん格さんのよう



猛烈なスケジュール
2007.12.18

昨日も超多忙。

一昨日の夜中から明け方まで札幌の親友と大塚駅前で会合。

家で仮眠。

昼前に起床。

毎朝の体操後、湯島のYou&Me社に。年賀状プレゼントの一言メッセージを書きに。

15時全日本本社。

内田取締役とヒロマツダさんがむかし加わっていた事に関する質疑応答。

いったん帰宅。

車を置き、丸の内線で赤坂見附。渕さん、大阪の木下氏、三澤トレーナで某すし店。

場所を渕さんの大得意の六本木のクラブに。

なぜか私の席だけ回転寿司かのようなほどの女性の入れ替わり。

 

渕さんはまったく昔からタバコはすわれない。私と三澤氏は葉巻コンビ。

キューバ製とはいわないが私がタンパで購入したものをいただく。

 

 

 

店内はクリスマス気分一色。クリスマスほどムードが出る季節も無い。

 

私はそういえば一年中クリスマスソングを聴いていても飽きないくらいすき。

 

ナットキングコールのクリスマスソング。

ジョンレノンのSoディスイズクリスマス。

ワムのラストクリスマス。マライアキャリーの定番。

中でも一番好きなのはバンドエイドの

Do They  Know It`sa chirstmas time  が大好き。

 

丁度中学生のときごろだった。

Usa For AfricaのWe Are The Worldに対抗しての

イギリスのバンドがバンドエイド。

 

プロレスラーもこのような画期的な歌を作ったらいいと思う。

オットーワンツはその点に関しては長けていた。

団体の垣根をはずし歌をみんなで心をひとつにうたう。

 

 

昨日の晩もまだまだ世界最強タッグ戦。

いったいいつになったら終わった気になるのだろうか。


18時半から飲み始め終了したのは朝の5時。

3時間仮眠し、今からタイガー服部氏とボンバー斉藤と千葉に。

 

ニューヨークコネクションの連中。

これにシン崎人生、ブル中野、永井イサミ、永井いつきさんがはいる。

 

今年はついに私の渡米計画も終了。猛烈なスケジュールで結局いけず。

54歳になろうとしている渕さん。昨日も、ものすごい元気な夜でした。



反省と祈り
2007.12.17

はじめて真田選手とくんだ。懐かしい。昔の私のコスチュームと同じ色。

しかも向こうのコーナーには小島。脳震盪でもおこしたら、

もしかしたらタイムスリップをしてとんでもない旅に出れそうだ。

 

後楽園ホールの試合後、武藤さんら会社首脳陣と

こちらの当ブログの首脳陣らとのミーティングならびにお食事会  

三時に試合が終わり三時半から全日本社近く九段下のホテルにて 

すばらしい夕日を眺めながらハイネケンがさすがにうまい
ハイネケンをこうして飲むにしろさまざまな思いがよぎる 

 

中学生の頃に発売開始されたような気がする 

昔は発泡酒なんかない時代 

 

ニューヨークでのみ、ヤンキースタジアムで、

キーウエストで、オランダのドールマン道場でタイのビピ島で、

モンテゴベイのドクターズケーブビーチの海のなかで、

ヒロマツダさんの家で、タンパの私の家で、イタリアのシチリアに渡る

寝台車のミラノからパレルモの中で、サンシャインの五十九階で、

大塚のバーで、那覇のロワジールのバーで、石廊崎灯台で、

大好きな弓ヶ浜海岸で、サッポロ薄のコロシアムで、

ブレーメンで散々通ったジミーズと言うバーで、クリアウォータービーチで、

マイアミビーチで、デイトナビーチで、ユナイテッドの機内で、コルティナの山の上で、

タージカンジスホテルで、メテオラの山の上で、コルフ島で、オーランドの花水木で。

 

全部とは言わないが同じハイネケンの深緑色のボトルには

さまざまな過去の思い出がつまり、又それらを思い起こさせてくれる。

思い入れを持つのはプロレスの最大の醍醐味  となると経験に勝るものはない 

 

昨日もたくさんのお客さま  ほぼ完売   さまざまな思いがこみあげる  

ゴッチさんの死からタイミング的に激動なほど変わりを遂げた私の二千七年  

それらを噛み締め反省と祈りをあと、のこり二週間いたしたいと思う 

 

 

しかしながらこの一年10ヶ月は長かった 

 

長い長い先の見えないくらいトンネルだった 

 

ある意味ではガンとの戦いとは又別の意味で長く暗いトンネルだった


なんだかようやく灯りがみえた

 

 


トンネル内で感じたこと、学んだこと、出会ったこともすべて無駄ではない  

一生懸命生きれば死ぬことはないこともわかった 酒の量も確かに増えることも会った 

 

全日本にたどりつきもう死んでも悔いはないくらいの安堵感 

なんだかこの一年10ヶ月の疲れがどっとでてきた  

 

 

でも生きていることは素晴らしい   今日も改めてそう感じました



いきててよかった
2007.12.16

今日は今年最後の試合  後楽園ホール  

私は生まれも育ちも文京区   はっきりいってうちから10分圏内 

世田谷、川崎、横浜地区に大多数のレスラーがすむが彼らに比べれば目と鼻の先  

 

全日本は馬場さんの時代から十二時開始が定番 

朝起きるのはつらいことも確かにあるが今後私が今まで以上に

日米間を移動するものにとってこれほど体調的に都合のよいものはない 

 

時差ぼけはきまって極早朝に目を覚ます 

へたすれば朝八時開始くらいがちょうどいいくらい  

 

 

なにわともあれ世界タッグ戦以来宿敵小島と戦いました 

さすが元三冠だけのことはある  戦況を把握し沈着冷静に試合を運んでいく   

やられながらもチャンスを待ち攻撃しながらも相手のミスを待つ まさに帝王学

 

   

一緒にくんだ真田選手 

カラーリングからすると私のむかしデビュー当日と同じカラー 

ドロップキックと押さえ込み技が得意のようだ 

これから何に興味を持ち何を学んでいくかに関心がいくところ。

 

試合は私も完全にはサポートにはなれなかった

 

 

すばらしい新人達が育つこの全日本 

紆余曲折私自らもここにたどり着いた  

本当に幸せだとおもう  

 

 

地球上六十億  日本には一億三千万  プロレス団体は星の数ほど 

流れ流れて私は全日本にたどり着き本当に幸せ 

残り少ないこの一年もこの深い意味合いを

さまざまな忘年会をふくめ噛み締めていきたい  

 

いきててよかった



青唐辛子の一気食い!!
2007.12.15

昨晩は会社にてスポンサーの関連に関する会議 

夜には青山である企業の忘年会に渕さんと荒谷さんと出席

 

そのままそちらの社長と銀座に   師走の金曜の銀座 

三十数年営業をされているクラブ  まるで裕次郎の気分 

 

 

二次会に赤坂の韓国クラブ 

一気のみ大会が始まりウイスキーがどんどん空いていく 

ウイスキーばかりじゃ刺激に欠け青唐辛子の一気ぐい大会 

そこでデンジャラスK氏も到着   いきなり負け  唐辛子一本  

物凄い苦しそう駆け付け三杯はよく聞くが   駆け付け一本  

 

 

ゲームが進み、渕さんが四回連続負け 

私は昨日ほど飲み会で救急車を呼ぼうと思ったことはないほどのダメージ 

あまりの辛さに口から目から額からすごい汗  口を拭いてから目を拭いたら

今度は目を押さえて倒れこんでしまった

 

 

夜も含め、私のなかで世界タッグは終わってない気分だが、

先日の後楽園ではすさまじく佐々木さんと川田さんの

蹴とチョップをもらい悶絶    昨日は唐辛子で悶絶  

 

その光景を真横で拝見 

 

 

 

私も救急車を呼ぼうとしたくらい笑った  

たぶん今年初めてくらい笑った 

ここまで笑えなかった 

 

なんだかとてもよかった気分



プロとして〜 追い求めるもの
2007.12.14

昨晩はACT4という雑誌のパーティーに。

ドレスコードあり。

結婚式以来のブラックタイ。

場所はオークラ。

250名くらいの参加者。

プロレス関係はもちろん私だけ。

 

この世のセレブが集まったようなパーティー。

オペラの音楽会も見事。

繊細さあり激しさあり感動ありの音楽。

 

曲の最後は、高田総統が葉巻片手に出てくるのでは?と、思った音楽。

 

ハッスルからも私はさまざまなことを勉強させていただいた。

オペラを聴きながらさまざまなことが頭を大回転させる。

 

しかも、私は19時現在オペラ音楽とオークラに、後楽園ホールは私のいない無我ワールド。

今年の一年を音楽と幻想で締めくくるかのような素晴らしいパーティー。

 

あるお姉さまをエスコートし、リンカーンで送迎を済ませ

3つ目通りの看板を左は首都高速、右は錦糸町。

 

頭の中は左にカーブが腕がハンドルを右に切ってしまった。

Uターン禁止。

 

私は長い間錦糸町にある『一鮨』というお店のマスターに本当に応援していただいた。

そこに寄り挨拶。

 

そこのお店はファンよりもレスラー、関係者がみんな立ち寄るところ。

行った事が無い者はもぐりといわれるくらい。

 

相撲の力士もたくさん。

朝青龍もまたそのスポンサーも新日本にいたブデちゃんもみんなお気に入り。

飲酒運転がうるさいから東京は大塚、千葉は太東から動かなくなってしまった。

というわけで、ものすごい久しぶりの休肝日となりました。(笑)

 

今日は4時から会社で会議。

その後はまたまた終わらない渕さんとの世界タッグ。

 

この前始めてその話になったのだが渕さんは007の大ファン。

私の周りでココまで詳しかったのはいないくらい。

まさかそれが渕さんだとは〜。

 

私の一番好きな12作目。

『ユアアイズオンリー』

その話になるとフィギュアスケートの選手の話、

屋根の裏のバイオリン引きの名俳優のトポルのはなし。

ATACシステムの話。

私は改めて渕さんを尊敬しました。

 

渕さんのお気に入りは14作。

『美しき獲物たち』

もういいんじゃないかの声が多い中の出演。

そこがまた気に入っているポイントだという。

 

10作目の『私を愛したスパイ』では

本当に馬場さんに猛烈なギャラでオファーがあったのは本当らしい。


渕さんとの戦法で、”007”のストーリーからヒントを得た作戦を今度考えてみたい。

これも阿吽の呼吸になることだろう。

 

形だけのオールドファッションはありえない。

身も心も頭の先から足のつま先まですべてにおいて70年代。

 

プロが流行を追うことほど時代に遅れ、みっともないことも無い。

いかに人と違うかがポイント。

 

日本はとかく平均点社会。

みんなと同じ事をやっていれば居心地がいい。

 

私はそんなポイントはアメリカ社会から。

一般会社員ならそれでもいいのだろうが、私はプロ。

 

これからもいかに人と違うかを追っていきます。



不思議な夢
2007.12.13

私は夢を本当によく見る 。 昨晩は実にすばらしい夢。

空を自由に飛んでいる。 まさに〜フリーバードのように〜

 

 

場所はキーウエスト。 本当に素晴らしい夢。

地上に下りても素敵なバーがある。

 

場面が変わってヤンキースタジアム。 ホヘポサダから電話があり、

今すぐダッグアウトに来て出番があるから待機しろとのこと。

 

勘違いもはなはだしい夢なのだが本当に物凄いリアル!

奥にはジョートーレが座っている。

 

選手同士物凄いライバル心。 足のひっぱりあいのムード満点!

建三がむかしいっていたWWEの控え室のよう。

 

 

みんなお互いはなしもせずひたすら戦況と

ジョートーレの顔をうかがっている。 そんなぴりぴりとしたムードの中、

ユーモアある冗談を話し掛けてきたピッチャーがいた。

 

『背番号75番』  もちろん誰だかわからない 。

背番号だけ起きても記憶がある。 

 

これで終わったのだが  一年に数回は見る、

私がなぜかヤンキースの選手である夢 。

 

 

むかし元旦から七日間毎日同じやはり私が

ヤンキースの選手である夢を、見たこともあった。

そしたらその年にスタインブレナー、バーニー、

松井さんにお会いすることがあった。

 

食物を食べる夢をみたりイルカや犬や白蛇もたまに。

悪い夢はカラスやゴキブリ。

 

 

この前は神様がでてきた 。

『年末には様々な人に会うから忘年会は積極的に参加しなさい。』

とのお告げがあった。

 

 

最近になってから急激に不思議な夢を頻繁に。

私は寝ているときでもEnjoyしている。  嗚呼、幸せなり。



ずっとプロレス!?いつでもプロレス!?
2007.12.12

午前中トレーニング。
午後、司法書士の先生との打ち合わせ。
夕方湯島へパソコンソフト筆グルメのプレゼント商品の直筆サインをしにむかう。

 

途中秋葉原。
長年愛用の富士通のLOOXの調子がいまいちのためにパソコンショップにて見学。

 

山手線、総武線に乗り中野に。
本当に長く東京を知っていてもなかなか総武線沿線は足が向かなかった。

 

昨日は渕さんとそのまたお知り合いのところへの食事会。
リング上でも私生活でも一流のレスラーはずっとプロレス。

 

要するに裸で試合をしていなくとも会話の中で試合をしている。
相手とのやり取り。
受けたり、ときにはかわしたり、攻め込まれたり、大逆転したり。

 

昨日の試合もそういう意味では猛烈オールドファッション。
10分に一回くらいヘッドロックの攻防になる。

 

最初のうちは一時間に6回くらい。

段々酒と共に感覚がスローペースなるが飲んでいるのは
渕さんだけではなく相手方も飲んでいる。

 

ダウンするかしないかのところへすかさずヘッドロック。実に深い。
いまだ世界最強タッグ戦が続いているかのよう。

 

コーナーから一挙手一投足を見守る。
思えばチャップリンも同じ戦法。

 

相手のまた渕さんの親友のかたの受け答えが
時折昭和40年代の駅前シリーズを思わせるノリ。

 

70年代の味わい深い攻防に大感動の食事会でした。
試合地は中野の北口。

 

もしかしますと今日も試合。
もちろん渕さんとのタッグで。渕さんの聖地、六本木になる予感が〜。



男磨き実行中
2007.12.11

約10日ぶりの東京。

今では完全に千葉フリークなわけだが昔は伊豆が大好き。

今でも好きだが都内から通える距離ではないし、

観光地化されすぎているぶん千葉がよい。

 

 

 

幼い頃、鉄道マニアの私には新幹線ほど、夢とロマンを感じるものもなかった。

毎年恒例の家族旅行が伊豆。

 

今では池袋から直行の踊り子があるが、

昔は特急あまぎ号の本数もそれほど多くもなく、わが西村家は新幹線利用。 

未だに三十年前と変わらないたたずまいの熱海駅を、

猛ダッシュでのぞみが通るたびに昔のことを昨日のように思い出す。

 

プロレスを好きになる何年も前に思いがさかのぼる。

まさか自身がレスラーに、しかも馬場派の団体に生きれば生きるほどに

感慨深いアムスを感じさせる

 

 

 

東京駅舎に千葉のお姉様のベンツが横付けされ、

拉致されるかのごとく麻布にむかったのは芸能人御用達のネイルサロン

半信半疑で初体験。

 

しかも足も手も二人がかりで同時に二時間。

物すごいおしゃれ。

おしゃれな腕時計と靴で、服よりも全体が締まるときがあるが、

爪をきれいに整え研くだけで、これほど清潔におしゃれになるとは思わなかった。

女性はもちろん男性諸君にもぜひお薦め。

 

 

毎日一流の三十代になるための男磨きを実行中 。



燃えに燃えます!
2007.12.10

昨日は大阪にて最終戦  打ち上げ  

新日本時代からのお付き合いのある木下氏


福島にある和食のお店   渕さんとソヤも   二次会から荒谷さん合流  

渕さんとのタッグはこころが、私自身楽しめました 

 

是非ともこれを機にタッグ王者をねらいたい 

日本で一番歴史のあるベルト  アジアタッグがメチャクチャほしくなってきた!

  

食事や酒は今までに何度もあるが歌は今日が初  

渕さんは石原裕次郎との縁のある思い出話をしながら、昭和たずねびと  

おとことおとこのつきあいは。とはじまる   渋い 

 

ソヤはとなりでまたまた毎晩のパンツ一丁での裸踊り  

ピンクレディやモーニング娘の曲なら踊りやすそうだが

裕次郎の歌を首を傾げながら裸踊り 

淡屋のりこの別れのブルースまで裸踊り

私はいつものシナトラとナットキングコール 

 

おかげさまで無事にシリーズを終えました   

 

たくさんの批判の嵐のなかスタートしましたが、終わってみれば
私自身この移籍は大正解でした  最高の人生がスタートしました  

今後も事件、ニュース、スキャンダルに燃えに燃えます



慌ただしい最終日
2007.12.09

一昨日、下関   新日本時代からのたまり場の豊前田にある

パイレーツなるスナック 朝五時まで   荒谷さん  茂木トレーナー  ソヤ  

酒とともに歌もフル回転 とくにソヤ   ピンクレディ、モーニング娘、フルコース。 

 

私はいつもの石原、シナトラ   荒谷さんは天才バカボンのブルース  

初めて聞いたがなかなか泣かせる歌 茂木トレーナーは

三澤トレーナーの後輩ということもあり三沢さんと同じ酒、歌、胸毛を再現   

 

大阪に到着後、部屋で練習   6時から郷ひろみさんのイタリアン 

物凄いお洒落な店  その後、ケロクラブのマスターがやっている新しいスナック。

十一時から中邑と合流   三時から三澤トレーナーと田山  五時就寝 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼に起きて会場に  朝飯も昼飯も食べる時間なし   ウォームアップ  

水分だけはしっかり補給   Brotherヤッシー氏と試合

   

最強に慌ただしい最強タッグの最終日でした
写真は元気そうなBrotherシンスケ



レスラーはつとまらない
2007.12.08

巡業では全行程ほぼバス移動  

朝、前の晩の町のホテルを出発 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあだいたいだが三時間くらいが毎日の平均移動距離  十時にでたら一時につく  

一時は部屋の用意が整ったかの微妙な時間   部屋が整わずとも全員到着後、

一斉に食事に出かける   そばや、ラーメン屋さん、中華、洋食

  

たまに昼からゴッチ式グラスワイン  ヒロマツダ式でビール。

もしくわトニーセントクレアー式でビールにシュナップス  

チャボゲレロ式でテキーラ

 

飲みません、食べません、もてませんではレスラーはつとまらない 

 

最後のたとえは格差あるが 日本ではいくら何でも

控え室で飲んでいるのは見たことがない 

 

アメリカはベテラン   ヨーロッパは全員  水やジュースを飲んでいると

逆にバカにされるくらいの雰囲気  あらくれ集団  

私も間違いなく九十七年のヨーロッパ遠征から酒の飲み方がかわった

  

日本では悪友のおかげ   某整骨院経営   最近は不思議な帽子をかぶっている 

歌はローラ   むかし急性アルコール中毒で救急病院に運んだ覚えが 

あの時はパトライトが大活躍   いまじゃ飲む量も底無し

   

あんなにすごい歌声も何百もうたうと誰でもうまくなるもんですな  

いとしのエリーだけはまだまだ健在  いまだ引っ掛かりがある 

 

新日本時代、無我時代はかならず二次会はカラオケ  

全日本にはいってから考えたらカラオケにいってない 

最近ニューヨークニューヨーク歌ってないから体の奥からの力がでていない  

しかし声を出すのは物凄い健康になる  カラオケは体によい 

 

またニューヨークで永井さんと、海その愛を熱唱しなきゃね 

今年は恒例のクリスマスイベントはありません  

そのかわりに23日の武藤さんのイベントに出る予定  

ここでおおいに飲みましょう 

 

下関のスーパーでくじ引きをソヤにやらしたら二等 

商品は十円   江戸時代だと思えば不足なし



奥深き プロレスの世界
2007.12.07

やっと小島にたどりついた。

メジャーな団体に属せば属すほどに、

そこから行動を起こす勇気というのはとてつもない。

 

人間はだれもが安定と保障を望む。

しかしながらプロである以上、どう魅せるかを考えねばならない。

 

自分のためというよりもファンのために生きることになる。

2002年、小島の行動力には驚きとともに敬意を評した。

 

なかなか思っていてもできないものだ。

入団よりも離脱のパワーは比べものにならない。

 

昨日久々に試合。

初っぱなから流血。

入団の手荒い洗礼のよう。

私は受けに受けまくった。

 

彼の言い分を聞きたかった。

 

人生紆余曲折。

プロレスほどすばらしく奥の深いものもない。

 

試合後はアトムにいけなくなってしまった…。

アトムのお母さん、ごめんなさい。

又、必ずすぐ寄ります。

 

武藤さんらと、一昨日とおなじ方々との食事会。

名古屋に大阪に広島に、今日は下関、明日は昼間は広島、夜には大阪。

 

日にちはもちろん、起きた瞬間今どこにいるのかさえ不明になってくる。

 

入団して初のツアー。

試合も残り二試合。

 

体の疲労とともに試合のコンディションは最高潮!

やはりレスラーは試合こなしてナンボだね!? 

 

カバン一つで世界中 旅をしながらさまざまな人と出会い

毎日違うところに寝て、練習して、試合して、食事して。

 

ツアー最終日のワインと葉巻が楽しみ。

忙しいのは大好き。



最後の公式戦
2007.12.06

大阪から広島へ 

 

広島のさまざまな財界のかたがたとの接待 

力がある方ばかり見事に十人  その縁アントニオの側近 

坂口氏  あまりの光景に音楽と照明とがなくともまたまたナチュラルハイ 

 

この光景はまるでスカーフェイスのトニーモンタナがコロンビアでの密談のよう 

 

となると私の頭には自然とジョルジオモロダーの音楽  

ジョルジオモロダー経由でミッドナイトエキスプレスに  

広島がコロンビアに コロンビアからイスタンブールに  

ターキッシュバスに行きたくなってきました

 

今日も私の頭の中は兼高かおるさんなみのパンナム世界一周の旅です 

 

 

今日は世界最強タッグリーグ最後の公式戦   小島チームが敵  

冷静沈着に戦況を分析し、必ずや勝利を手にしたいと思います!

 

 

打ち上げは、急な接待が入らないかぎり、いつものお好み村内、アトムにて



生きるのは素晴らしい!
2007.12.05

昨日は名古屋から大阪に移動   完全オフ  

新日本時代から大阪だとミナミに泊まるのが

おおかったので飲みも飯もミナミ 

 

たいがいは三沢さんと昼間からワインバー
そのまま夜に突入というケースが我々のペース 

名前は伏せますが全日本は北の外れに宿泊 

まったくホテル近辺が無知   まわりはラブホテルばかり 

 

昼飯を食べにソヤを引き連れうろうろ  またラブホテル街を二人でうろうろ 

結局、鉄板焼の店に 部屋で休憩   軽く体操   シャワーをすませ夜の街に 

 

倉敷から来た全日本に営業で入る青年とミナミにある大阪料理の味穂さんへ  

広島のアトムとおなじように最近はまず味穂に  長州力の同級生がオーナー 

スイカをよく畑で盗んだ話に盛り上がる


二次会はイタリアン  一旦ホテルにもどり寝ようと思ったところにJ嬢より電話
早速合流   またまた大好きな店  天六にあるマッシュアップ 

ストリップのお姉様が楽しく飲まれている  そこに合流 

 

シークワーサー酒なる珍しいお酒からスタート  

この店は宇和島出身の芦田君の店  私の父が宇和島出身  

猛烈にうまいジャコ天をつまみに酒が進む

  

頭がトリップしてきたころにヒルトンに引き続きまたまた魂が天竺に 

白ワイン、ジャコ天、宇和島出身の青年、ストリップ嬢、カウンターの店内 

これに音楽が The Jetsの You got it  all 

  

最高にハッピー ナチュラルハイとはこのことだ 

気分がいきつくのは今この一瞬を完全に燃焼できている自分にある

 

今年の夏くらいからたぶん毎晩、ハイになっている   私はドラッグは必要ない  

酒と仲間と音楽があれば、もう何にもいらない  生きるのは素晴らしい



西村学校
2007.12.04

昨晩は名古屋での試合  控え室に待機しているときにデスペラードがみみに  

扉をあけるととなり向こうのイベントホールの楽屋側 

通り掛かりのスタッフらしき人に、これはイーグルス? ときいてしまった  

 

私の試合後にまたうたが聞こえてきた  しばらく耳をすませていた 

松山千春さん  となりでコンサートをやっていた  

忍び込んで見に行こうか とおもったがやめました  

馬場さんとは大の仲良しだったらしいとは、京平さんの話  

 

昨日の宿は名古屋三泊目 四連戦がおわりオフの前の日 

ソヤを誘ったが洗濯するらしい  私一人でさあどこにいくか 

この考えているときが旅の醍醐味 

 

タクシーを乗る瞬間にHの薄明るく輝く文字が視界に  その文字とはH I L T O N   

ホテルフェチの私の心がうずく  即決  二十八階のバー 

 

ついこの前バンコクのヒルトンミレニアムによったのが昨日の事のよう  

バンコクでは猛烈なプレッシャーの中、もくもくと

この移籍後初の試合にむけ士気を高め特訓をした  

そのシリーズも終盤戦  

 

バーはクリスマスフェア 音楽は外人のライブ  すかさず終盤戦シャンパンにした 

自分への褒美と反省と祈り   まさに瞑想と物思いにふける 

 

ボンドが激しい戦いの直後、何もなかったかのようにさっそうとタキシードに

身を包み涼しい顔さえ魅せながらのマティーニ 

あの百八十度くらい逆転してしまうシチュエーションもボンドの醍醐味  

 

私もそういえば数時間前まで殴る蹴るをしてきたばかり  しかし

今この時点ではシャンパンと葉巻を楽しむ私のみ  

 

ゆっくりとした音楽、ムーディーな照明  マナーあるヒルトンの方々のサーブ  

ゴッチさん縁の葉巻  シャンパンはポメリー  素晴らしい空間だ  

そんなときに流れた音楽は  totoのAfrica 

 

二十八階からの名古屋の夜景のはずがカサブランカの夜景に見えてくる 

全身鳥肌  やはり旅は素晴らしい  

 

そんなときにソヤから電話   いまからすぐにこいとよぶ 

だいたい若手や新人は寒さをしのぐジャンパーしか持たないはずが、

ソヤはこぎれいなコーデュロイのジャケットを巡業に持ち歩いている 

 

さっそうとジャケットをはおりバーに合流  居酒屋で説法とはわけがちがう 

やつもシャンパンをいただく  二十二歳ではまたまだわからないだろうが、

早くして経験はしたほうがよい


私流の教育  毎日日々最高   シャンパンはただものではない 

 

昨日の名古屋ヒルトンは、西村学校の校舎でした



夜の試合
2007.12.03

昨晩は久々なにも接待がなく四日市からホテルのある名古屋に戻りリラックス 

四時からの試合だったからやや早めの夜   さぉソヤをつれてどこにいこう

  

味噌煮込みうどんがたべたくなり山本屋本店にいきました  

新日時代からよくかよいつめていた国際ホテル近辺にあるお店 

 

久々にたべたがやはりおいしい  それをいただき葉巻を吸いにワインバーに 

ちょうどカウンター越しに日本対韓国の北京五輪最終予選がやっていた


一本目はチリの白  二本目はボルドーの赤  とくに二本目はかなりよい  

 

ヤンキースタジアムのハイネケンやミラーライトのように一イニングで一本

というようにワインはピッチをあげればよいというわけではない  

 

野球、ワイン、葉巻、説法  星野監督の興奮状態の試合後の

インタビューをみて次の店に 

 

 

ソヤの心を察すれば私にはすべてわかる 

彼がどこに行きたいのか  今日は日曜日だから錦の町もやってない店が多い 

知らない店に入ってぼった繰られたうえにお姉ちゃんたちがバカばかりほど

腹のたつものはない

 

 

隣で必死に欲望を押さえる二十二歳 

 

まあ道は長いといいきかせ夜食の腹ごしらいに台湾料理  

ホテルに帰り大浴場に  片手に缶チュー 

 

 

最近、長野以来ひとに水を掛けるのがマイブーム  

ソヤにも竹村と同じようにかけました  ただ昨日はややドリフ風に  

 

 

会場で京平さんにスキーやるかきかれた 私は唯一選手でボードにこっているもの 

全日本にどうやらスキー同好会があるらしい  京平さんが会長 

メンバーは阿部さんと函館生まれのボンバー斎藤 しかも蔵王にいったらしい 

蔵王は私のマイホームゲレンデ   今シーズンも、つるやホテルにお世話になろう  

 

 

私もすっかりメンバーになりました  京平さんはかなりの腕前らしい  

 

 

夏には九十九里で全日本サーフィン同好会をつくろう  私が会長  

 

 

ボンバー斎藤氏はもともとニューヨークの仲間 

かれももともと服部ファミリー  タイガー服部、ケイジ中山、斎藤淳一。

みんないまだに現役ヒッピー  

 

服部さんなんかギネスに載せたいくらいの会社の移り変り  

ヒッピーレベルであの人の右に出るものはいない 

風見鶏という言葉が似合うのも彼くらい


60を過ぎた今もおもいっきり遊び人 

たしかに遊び心があるからこその魅力はある


服部さんの妹さん、曜子さんに私と斎藤氏はすごくお世話になった 

よく永井さんも一緒に九丁目のしゃぶ辰のとなりに

むかしトミジャズというバーがあってよく行ったのを思い出す  不思議な縁だ  

 

今日は名古屋で試合   明日は移動日  

 

練習に試合に夜の試合にがんばります



人生 初の付き人
2007.12.02

昨晩はわたしはまた川崎の道場発のバスに乗らず新幹線で会場にはいりました 

 

久しぶりのひかり号  すいているグリーン車 

やはり大都市に向かう方々はのぞみをりようする
だからこそひかりはすいているのが魅力  

飛行機もファーストであろうと満席は少々窮屈感がある 

 

試合は何年かぶりの小島がらみ   新日若手時代、

みんなで悪ふざけをしていた頃が昨日のように懐かしい 

今ではお互い付き人をつけている 

 

みなさんにいうのが遅くなりました 

 

私のレスラー生活初の付き人がソヤになりました  

ようはカバン持ち  洗濯、雑用すべて彼がやることになる 先を先を読む 

先輩が何を必要としているかをいわれなくとも気付かねばならない 

 

しかしこの訓練を乗り越えると女性のエスコートには大変役に立つようになる  

ソヤはもともと気のきくタイプなので口うるさくおこらなくてもよいが、

まわりを見ると武藤さんにテツヤ氏。カズ林さんに大場氏。小島に真田氏。

 

佐々木さんには三人もついている  みんな礼儀正しい 

バスの出発一時間もまえにロビーにて待機している 

猛烈な体育会  とくに佐々木さんチーム  まるで軍隊か極道 

 

このような環境にソヤをいれて本当によかった 

いま、たまたまiPodをききながらバスの車中
オールフォーワンのアイ・スウェアー 

さんざんタンパに最初に行った九十三年に聴いた曲

  

あれから十四年   まさに人生紆余曲折

  

生きれば生きるほどに奥が深い



救急車