タイガー服部氏、ボンバー斉藤の3人で
千葉の大宮というところにある服部さんの妹さんのお墓参りに。
彼女は私がガンを患いダウンした98年の12月に
49歳の若さで同じくガンで亡くなった。
ボンバー斉藤はすでにニューヨークに住んでいたし、
わたしは95年にフロリダからニューヨークに引越し
それからは我々は彼女もいれて毎晩というほどに酒を飲み交わすいい友となった。
ガンに冒されその後も再発。
「抗がん剤をうつなら死んだほうがいい」と、何度も口にしていた。
最後はニューヨークに帰りたいの言葉を残し亡くなった。
その兄の服部さんは”ギネスブックに登録してもいいのでは?”
と思うほど、団体間の移籍を繰り返す。
まさに人生風見鶏を表現する方。
「Youは、さー」と、「あいつ変わってるんだよなー」
を1日250回くらい口にする人。
私も93年の『ヒロマツダ道場』入門で初渡米してからのよき仲間。
団体がどこにいこうともタンパコネクション、
時にはニューヨークコネクションは変わらない。
「人間勢いのある人と付き合ったほうがいい」ということもよく言う口癖。
数年前WJに移ったあたりはものすごく嬉しそうだったのが
時間が経つにつれ元気が無くなっていった。
完全に勢いをなくした頃に出会ったら、
『おまえ、俺との縁を切ったら物干しさおでぶん殴るからな。』
こういう発言からしてもギネス級の人生がうかがえる。
昨日の夕方帰京、
夜は夜で11月に参加させていただいた 流 智美氏の学校の忘年会に参加。
生徒さん約20名。
レスラーは今宵も渕さん、高山選手、小林邦明さん、
マイティ井上さん、宮戸さん。
隣のブースでは菊池さん、門馬さん、藤沢さん。
すごいオールドファッションのメンツ。
これにマティ鈴木さんも合流。
流学校のキャラバンなるクラスの求心力にみんなが巻き込まれていく。
この前も同じことを感じたが選手より詳しい。
今までの歴史、事件。
昨日の学校の校舎は元ジャパンプロの新倉さんのお店。
居心地もよく若いシェフらの料理が非常に美味。
流学校のトークイベントが毎月行われているのだが、
トークイベントの域を完全に脱している。
まさに授業。
そこに毎月さまざまなゲストという名の講師が登場し
その人の知識という名のテキストを元に毎回違うテーマの探求を行う。
参加者は全員ノートとペンを持参。
昨日も考えさせられたが、
脳で真剣に考えるプロレスこそ、奥の深いものになっていくし、
またプロは人々の目だけではなく、
脳の奥にまでも理屈を訴えかけねばならないスポーツなのだと改めて感動した。
プロレスは深い。
探究心があればるほど、重みも深みも感じることのできるスポーツである。
だからこそ経験には敵わない。
やるほうも見るほうも素人がいて、玄人が間違いなくいる。
その点では昨日の会では校長を始め、
流学校の生徒さん、レスラー、OB全員入れても
私が一番年齢的にもキャリア的にも素人でした。