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名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
所属:07年10月19日付で、全日本プロレスに正式入団。
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー。
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

全日本プロレスリング所属の正統派プロレスラー。
彼の名言には3ゴング!!
 
 
 
 
 
露天風呂 〜葉巻とシャンパン〜
2008.01.31

一昨日に東京から脱出劇。

私はスティーブマックイーンのファン。

 

本来ならバイクで逃走が正しいのかもしれないが 
私がいたのは実は群馬の伊香保。
初めてこの地にきました。
  
温泉は透明な単純泉には
今まで興味を抱いたことがなかったがここ伊香保は良い。
かなりのゆわたりというか保温性の持続性はすごい!

 

朝起きてはいり朝飯後にもはいり、
またその後の数十分の仮眠で疲れが感ぺきにとれた。

 

露天風呂なので葉巻にシャンパン。
写真のグラスの数がなんとも逆に疑惑を誘う。

だれといたかはご想像まで〜。

 

  


温泉に泊まりおいしい食事をすると日本の良さが改めてわかる。

食事も見事だった。


外資のホテルはよく泊まるが、こうして日本の旅館にとまると落ち着くものだ。

日本が世界に自慢できるものはほかに何があるだろうか。


温泉、旅館、すし、そば、うなぎの蒲焼、てんぷら、しゃぶしゃぶ、
ラーメン、日本製の車、電化製品、風俗、布団、畳、サムライ、忍者、
城、新幹線、満員電車、パチンコ、焼き鳥、日本酒、焼酎、YS-11、
銀座、六本木、赤坂のクラブ、秋葉原の文化、漫画。

 

そうだ大事なものを忘れていた、プロレス!!
野球もそうだ。

 

WBCでわれわれは優勝した。胸を張っていい。
外国に絶対かなわないのは、飛行機もそう、
日航や全日空もよいが世界一はシンガポール航空。

 

ビールはヨーロッパ、ドイツにベルギーにアイルランド。

フランス製の鞄、スイス製の時計、スコットランドのウイスキー、
フランスのシャンパン、キューバの葉巻、ブラジルやコロンビアのコーヒー、
スリランカの紅茶、中国のお茶、台湾の飲茶、香港の夜景、イタリアのファッションセンス、
ヨーロッパ人の平均身長、特にオランダ、ドイツ語圏の混浴文化。

コロンビアの麻薬。バリ製のきのこ。サッカーもバレーボールもバスケも勝てない。

 

ところで、話は戻るが
再来週は京平さん等一行と全日本スキークラブの合宿。

彼らはスキーをレジャーととらえていない  私もそう。


猛烈なバランストレーニングになる。
スクワットでは鍛えられない筋肉の奥が猛烈にパンプする。

 

蔵王の強酸性の湯は体にかなりきついくらいに効く  疲れがどっとでる。

京平さん、阿部さん、ボンバー斎藤  みんな趣味があってすばらしいことだと思う。

 

レスラーは普段から旅に出るから
暇な時間まで旅行に行きたがるものが本当にいない。

 

みんな基本的に出不精  デブ症もいたが〜。

スキーはまずいない。
三澤トレーナーくらい。

 

新日時代、むかしは苗場プリンスで毎年3月終わりに興行があった。
もちろん私は3日くらい前にはいってスキー三昧。


ひどいときは試合の当日の午前中滑っていたこともある。

スキー滑って夜試合。
はっきりいって足がもつれたこともある。 (笑)

 

今となってはいい思い出だが、私にはあんなにすばらしいところまでいって
一日中寝ていることがありえない。

 

たしかに3月の雪質は最悪。日中気温が上がり雪が、べた雪となる。
たまに日中高温、よるに冷え込むとべたついた雪が凍り
翌朝は最悪のアイスバーンとなる。


雨が降った翌日もだめ。
その点ではやはり2月がベスト。

すばらしい蔵王の樹氷の様子をお伝えします。

 

もうあすから2月。

2月の終わりの週からはメジャーリーグもキャンプがスタート。
3月からはオープン戦がスタート。
今年はヤンキースはどうなんだろう。

メジャーに興味がある人は今年こそはヤンキースタジアムに行かねば損をします。

 

 

 

人間に会おう会おうと思ってなくなって、
あのときにあっておけばという話はよくききますが。

ヤンキースタジアムの場合は人間の死と違って今年で終わると宣言してくれている。

 

 

スピーカーがやや重低音でかなり曇りがかった音質に
70いくつかのじいさま鶯嬢が歴史と伝統を感じさせてくれる。

 

後楽園球場を思えば私は甲子園のように改築しながら維持してもらいたいのだが、
わたしがブルームバーグ、スタインブレナーに物申したところでまったく無意味。

 

いちおうは昔風、一番最初のムードが漂うイメージにはしたらしい。
ドームじゃないというのも基本。

 

東京ドームほど味気のないスタジアムはない。
雨なら雨でいいじゃない。

 

中止ならまた来るし中断ならビール飲んで待ってるよといったかんじ。

 

西武球場も余計なふたをしたし、有明コロシアムもそう。
アウトドアスポーツは外でなきゃ。

 

昨日の文章が短い分、今日は言いたいことがふえました。
ではまたお元気で。



隠れ家
2008.01.30

昨日は東京からリンカーンではなくベンツで関越道をかっ飛ばし郊外にドライブ 

 


雪がちらつく  すばらしいの一言 

 


やはり神はいるね 

 


今日は何も蘊蓄はいらない気分   あるホテルに滞在 

 


私にはフロリダがあり太東があり  ときにはニューヨーク、インド、タイ、ウィーン、沖縄、山形蔵王温泉などがある 

 


人間には隠れ家がひつようだね 

 


誰にもあわず誰にも見つからず   ここにあるものはただ己と神のみ

 

   
山の神と対話   小雪と露天風呂とうまい飯とあたたかい布団 

 


あとは何にもいらない  

 


多忙のなかの一時の贅沢を全細胞が感動してくれる 

 


生きているといいことあると思えた瞬間であった



人生の謎解き
2008.01.29

昨日は終日、全日本事務所にてドリー会議。

マッチメイク意外すべての関連事項のアメリカでの会議での報告をしながら

日本サイドの了承を進める。一外国人選手とは違いさまざまな問題も出てくる。

 

馬場さん体制でずっと長い間、習慣になっていたが

武藤社長側では認められるもの認められないもの。

 

私が来日期間中、成田より成田まで全責任者。

数年だけの付き合いならともかく、今までも協力したり時には衝突もしたり

その度になんだかんだで絆は深まった。

 

なかでも、かの有名な奥様も今回一緒に来日の予定。

彼女を完璧にエスコートできればこの地球上に怖いものは存在しない。 

宇宙といっても良い。あの世もこの世もすべてを超越した存在。

 

ちなみにここまで同レベルの男性はというとゴッチ先生だった。

はっきりいってこの二人に共通点が多々ある。自分の意見を絶対に曲げない。

ゴッチさんも究極の方だった。長州力もそれに近い。私も曲げないほう。

 

今に始まったことではない。これは幼い時から。

市立の有名幼稚園を受験した覚えがある。

全く先生の指示に従えず試験に落ちた。このとき若干3歳。

 

後にこのガキは18年後にアメリカに渡るわけだが

今考えるともうこの時点でアメリカ的感性を持っていたということになる。

性格形成は3歳までとよく言うが本当のことだ。

 

うちの犬もゲージ教育をしなかったからわがままでしかたがない。

親父がメインでこの犬を育てるのだが親父と犬の関係を見ると

私の今までの両親の私に与えた教育を感じ何も文句も言えない。

 

だからといって自分の思うように行かないから犬を叱ろうとすると

私が長州力との衝突を感じてならない。

 

思うように行かないからといって怒っている自分が長州力。

自分のペースで動いているのが昔の衝突したころの私という図式になる。

 

ゴッチさんがコーチとして非常に腕があったのはここら辺にある。

その人、その人全て体力も、技能も、考え方も違うと。

その人それぞれ比べてはならないということを常に言ってた。

それを見極め、その人の能力をあげてやるのがコーチの役目。

 

赤ん坊に対して走れないから怒ってはならないと。

まずはハイハイ歩き、ヨチヨチ歩きになる、歩けるようになり、走れるようになる。

 

犬を育てるのも名伯楽であった。

ゴッチさんが言うには、彼らは言葉は理解していないのだと。

声のイントネーションで判断しているという。

 

ただ単に厳しく接するのではなく常にリードしながらコントロールしていく。

一番大事なのは愛であるということも言っていた。

 

先輩が後輩に指示を出すときも様々な人間がいた。

常に尊敬されたく、えばろうとする人間もいたし、手を出す人間もいた。

手を出して相手に常に威圧感を与えたって

その場その場は警戒するかもしれないが、尊敬ではない。

 

小島も、天山もよく小原に殴られていたものだ。

私も猛烈にある二人からやられた。殺意を持つほどやられた。

 

 

話は戻るが、極端な話、あかちゃんに竹刀で殴ろうが歩けないのは歩けない。

力の強いのもいるし、力があっても柔軟性のないものもいるし、本当に千差万別。

自分が受けたり自分が与えてしまったりと人間には様々ななことがあるだろう。

 

ドイツ人と付き合ったときもショックだった。食事が違いすぎる。

我々がおいしいと思っても彼らには感じない。魚を食べる習慣が無い。

一緒にどこかの旅館でアジの生きづくりがでてきた。

魚の肉がそぎ落とされそれを私が生姜醤油でたべているときに

彼女の顔を見たら犯罪者を見るかのように見られたものだ。

 

東京では問題がないのだが、京都には苦労した。温泉も行けなかった。

夕日に沈む駿河湾を見に堂ヶ島かどこかへ連れて行こうかと思ったら、

日本の温泉は熱すぎると怒られた。

確かにバーデンバーデンなどのスパはそこまで高温はない。

 

逆に私が感じたのもある。 

今では国際流儀として出会いと別れのときのハグはなんとも問題ない。

むしろ得意技。周りに大勢いてもまったく問題ない。キスでも人前で平気でできる。

 

私はまだ当時97年で26歳になったばかり。

アメリカ生活はその前に経験しているとはいえ、

自分自身がハグの文化を受け入れたのはドイツ遠征以降となる。

 

大好きな彼女とディスコに毎週行くのが試合以外の唯一の楽しみなのだが、

地元だけあって仲間がいっぱいいる。しかもみんな踊っているし酔っている。

 

友達と会うたびにハグをする。これがたまらなくきつかった。しかもすごい強いハグ。

目の前の私はどうしたらよいのだろうか。やきもちなんてものではない。

他人のキスやハグすら恥ずかしいというのに。

 

もっと恥ずかしかったのはドイツはスパに行くと完全に混浴となる。全員素っ裸。

ロッカーだけ別。ここで自分の彼女が素っ裸になり他人に披露することになる。

 

慣れてきてからの話だが、よく考えると私にもメリットはあるのがわかった。

まあプラマイゼロでいいとするか。

 

その点日本は、完全に別にするからエッチな人が全体に多い。ドイツのほうがもっと自然体。

マッサージに行っても日本ほど極端なところもないのではないかと思う。

思いっきりまじめか、思いっきり風俗か。真ん中がない。

 

人間の性に関しての心理学の話はまた別の機会に。

昨日もこうしてさまざまなことを考え日が西の空へ沈み

また東の空から日が上がって一日が始まる。

 

今日は今日でまた様々なことを考える。

今日はどこで何を考え、謎が生まれ答えがでる。

そのときはわからなくとも

年月が過ぎ当時はまだ答えられなかった謎もわかってくるときもある。

 

石原裕次郎の松竹梅のコマーシャルでお寺の和尚とのやり取りみたいだ。

謎も生まれず、答えも生まれずでは生きている意味がない。

探究心を持って人生の謎解きを一緒にやっていこう。

 

ではさらば。

  

 

 

 

 

写真は昨日の晩、

会議が終わって一件落着して立ち寄った

超お気に入りの焼き鳥バー。

大正時代からやっている渋いバー。

 

あんまり店内をうつすと

場所がばれてしまうので、

これくらいに。

 



新人オーディション
2008.01.28

新幹線で品川。京浜東北で大森。

大森駅前のゴールドジムにて武藤塾。

 

普段、武藤塾とは武藤さん、カズハヤシ氏、プロのインストラクターで活躍する桑原さんが

全国各地のゴールドジムでワンデイセミナーをするという企画。

 

メタボ対策や、腹筋を割る方法や効果あるダイエット方法を

体験談やレスラーらしい変わったやり方やプロの指導による

バラエティーにとんだ術を教えてくれる。

 

昨日はこの武藤塾の番外編として新人のオーディション。28名のテスト生。

 

私が89年の12月に新日本を受けたときは150名のテスト希望者。

書類選考で50名。 

 

テストはスクワット500回。腕立て200回。3分間ブリッジ。

縄跳び、腹筋、背筋、ウエートがベンチプレスとバーベルスクワット。

ダッシュ走、ツナのぼり、受身、スパーリングであった。

 

ゼッケンを全員渡され、私はゼッケン1番。

どの種目をやるにも私が一番。となると一番目立つ。いい番号であった。

 

テストで10名絞られ。後日テレビ朝日の中にあった新日本の本社にて面接。

私の面接官は当時の専務の永里さんと営業本部長の中根さん。

醤油一気飲みが宴会芸。伝説の営業部長。

 

レスラーや無いであんた、営業やったらとも言われたのを覚えている。

受かったのは小原、小原の仲間の星さん、久田、天山、私の5人。

星は入門前直前に辞めてしまい、3月に入門の久田と天山は3日でリタイア。

 

私と小原が4月1日付けで入門の運びとなり、

5月に入って天山がまた帰ってきて6月に金本。

この4人が90年組みとなる。

 

小原はもうすでに大学4年卒業直後、私は高卒。体力が半端なく違う。飯も良く食べた。

国士舘伝統のちゃんこだろうとご飯だろうとおでんだろうと

カレーだろうとなんでもマヨネーズを入れて食べる。藤田もそのタイプ。

 

中西はなぜかチキンラーメンを牛乳でたべていた。

日清の職員にいってやりたいくらい。きもちわるい。

 

コーチは当時ねこさん。昨日の新日本はねこさんのメモリアルだったそうだ。

中西のコメントをみて笑った。

 

ねこさんがメキシコ人だろうが関係ない、

ねこさんから新日魂を受取り今でもそれが残っている。

とのコメント。

 

あまりココで詳細は言えないが、

中西とねこさんのやり取りの最大の事件は絶対に中西も忘れないはずだ。

 

我々の世代としては笑いが今15年近く経ったいまでも

まったく風化していないほどの珍事件。

罰としてスクワット5000回を命じられていた。

 

それ以降、長州力からはあだ名はおばけ。

さんまさんのからくりテレビに出ているキャラクターは正真正銘本物。

 

Anyway、昔の入門希望者からしたらやや小粒でブリッジもできないものが多かった。

私は独自の審査、コンディション、柔軟さ、力強さ、スピード、バランス、

などはもちろんそのほかに、顔、礼儀、元気さ、ギャグセンスもとりこんだ。

 

4人で話し合ったがみんなほぼ同意見。晴れて3人が受かった。

これからが大変。

まあとりあえずおめでとうございました。

この先は生きるも死ぬも自分しだいの厳しい道。

頑張っていただきたいものである。

 

今日は終日会社で会議。


それではまた



好きに生きる
2008.01.27

おかげさまで昨日はバトルロワイヤルいやバトルロイヤルに優勝した

日本では新日時代に一度  私はバトルロイヤルは以外に得意なのである

 

オットーワンツ氏のヨーロッパキャッチトーナメント開催中に

毎週日曜にいやというほど経験したものだ

 

真面目にやればいいというものでもないし

お祭り的な雰囲気のなか技にたよることなく戦況を把握する力が必要となる

助け合いあり裏切りあり  まるで人生だ

  

昨日はホテル阪神裏手にある焼肉屋さんの小鉄

全日本の選手も行きつけのお店  ここの肉がまたうまい

 

基本的に私は薬膳料理を基本にする

昨日は久しぶりにお腹いっぱい焼肉

 

ここの肉はハラミ、ヒレ、たんが見事

そして最後の盛岡冷麺はまちがいなく日本一ではないかと思うほど

 

優勝商品焼肉三十万円分は一人では食べられないので

渕さん、カズハヤシさんを一緒に満喫してまいりました

田崎さんいわく、肉には本来白のほうがあうとの助言を守り白ワインに焼肉

 

しかしながら私未だ日本帰国三日目  おなかが朝飯モード

一番お腹が空くのは朝起きてすぐ  朝起きてすぐならがんがんいけそう

 

内臓からぽかぽかと身体中が暖かくなってくる

二次会も寝て起きて飲んで歌ってまた寝て起きて歌う

たった数分の仮眠が何時間も寝た気分

 

ニューヨークの永井さんの十八番  彼はどこでもねる

ストリップで踊り子二人に囲まれながら寝ていたのもみた

 

一番笑ったのはタンパベイでパラセイリングをしているとき

高度百メートル弱の高さまで釣り上げられそこでも爆睡

この前の高木ブーさんもすさまじかった  ある種の神業的芸だ

 

 

今日はこれから武藤塾

公開入団テストに審査員として

参加してまいります

 

ガラガラのひかり号で帰京中

満員ののぞみより

空いてるひかりが私は好き

 

太平洋便もこれからは

名古屋か関空が定番になりそう

 

 

竹村との抗争はソヤがいい感じで闘士むき出しにからみはじめた

日に日にすばらしい成長ぶり    何度も言うが本当に連れてきてよかった

 

昨日も垂れ幕のガキ共   言っておくが野次と悪口は違う  勘違いするな

誰が一番男の恥かわかっているのなら矛先をかえるはずだがね

 

ドラディション?  ロックアップ?   はてまた新日本?

 

私以上の恥ずかしい人間はもっといると声を大にして言おう

一番恥は自殺未遂した男だと思うがね  まあ好きにしなさい

 

私も好きに生きるから

 

ではまた明日



思議なことが・・・
2008.01.26

いつも大阪での新日時代のホテルは今だから名前をいいますが、

最初は府立体育館の目の前のホテル南海。
その次に梅田の新阪急。その次に心斎橋近辺に変わっていきました。

 


全日本は全日本でその時代によって景気によってさまざまなホテル。
しかし 今現在とまっているのはホテルの居心地としては非常にAランク。

南から遠いのが不便だが。

 


旅に出るときは常に持ち歩いているダイゴウ式プッシュアップブロックで

昨日も午前中はトレーニング。昼に、渕さんとビール。ねぎやきの有名店にて。
午後 時差のため仮眠を取り猛烈に内臓が早朝モードでまたまた連日のように南へ。

 


喜多蔵というたいへんすばらしくおいしい日本食のお店でスタート。
おかみさんがまた良く働くし、気のつかいがすばらしい。

2件目で完全会員制のラウンジ。店内がまるで船の中のよう。

マスターもまるで大阪のヘミングウェイのよう。

 

 


ここで不思議なことが。我々のテーブルについた女性。

生まれを聞くと四国の宇和島。宇和島は私の父の生まれ故郷。

ジャコ天のことでもりあがる。

 


宇和島だというので大阪天六の私の大好きなマッシュアップに電話。

ここのマスターも宇和島。そうすると思いっきり兄弟同士が知り合いでびっくり。


びっくりしながら私の父の宇和島のお米屋さんの場所を説明していると、
なんとそこの息子と同級生であることが判明。さっそく父の実家に電話。

同級生本人は不在。そこのお母さんとお話。本当に世の中狭い。

 


3件目、大阪一、パスタのおいしいところ。
郷ひろみさんの元お店で働いていたかたがワインバーをだし、

そこのパスタは私の中では世界一。
ケロクラブマスターも合流。大阪でのイベントが3月決定。
場所、日時わかり次第お知らせいたします。

 

 


そこでホテルに帰ろうとタクシーに乗ったとたん、渕さんのグループから連絡。
その足で北新地。向かったのはおすし屋。西本。
3時半ホテルに渕さんともどりました。

 


胃袋がようやく日本に帰ってきましたの報告をうけたかのように
朝から一日中おいしい日本食をいただきました。
ねぎやきにキリン一番絞りからはじまって内臓が思いっきり日本モード。
本日の最高の英気を養いました。

 

 


ここで過去の質問にお答えします。


坂井さんは行方不明。たぶんアトランタにいるらしいとのこと。
彼女もタフな人生をおくってますね。

 


英語は93年に最初に渡米したときは私は実は学生ビザを取得し

長期にわたって滞在が可能だったのです。
だからソーシャルセキュリティーナンバーも取得し銀行の口座の開設、

運転免許の取得、アパートを個人名義で借りることもできるようになりました。

 


基本はヒロマツダ道場に。
時間をさいて学校にとブライアンブレアーのゴールドジムで彼と一緒にトレーニング。
週末はたまにマンズビーナス、タンガラウンジに。

この2件は何のお店かはご想像におまかせ。

 


毎晩思いっきり我慢大会のように猛烈な眠気と勝負したかいあり直りがかなり早い。
つらいときは一分に一回くらいのあくび。食事中。箸をおとしたこともあるくらい眠い。

 

 


おとといのサンフランからの機内でいかレスラーの河崎監督の映画、
日本以外全部沈没とヅラ刑事の2本をみましたが
窓の日よけを締め切った真っ暗な機内で一人大笑いしてしまいました。
笑うことは非常に健康にいいのです。

 


よのなかあの暗いな馬鹿ユーモアがあって生きても面白い。
私も昔は、まじめ、きのつかいすぎ、だからふとれないと新人時代よく言われたものだが、
性格というものは変わるものですね。

 


今日は大阪で試合、

明日は大阪から新幹線で帰京しその足で大森駅前のゴールドジムでの武藤塾。
流さんのプロレス検定試験。蝶野さんとの週プロでの対談。

あわただしいスケジュール。
ドリーさんの来日に備えての準備もあります。

 


忙しい毎日。今日も明日も人生フル回転。がんばります。



渕さんとミナミ
2008.01.25

五時に関空着  バスで難波 タクシーでホテル 
荷物を置き速攻、渕さんとミナミへ 

 


中華鍋のお店  七時半スタート ショウコウ酒のロック。十五年ものがかなりうまい。
渕さんとともにぐびぐび。 二件目からクラブ活動  芋焼酎のロック  会話もはずむ 
しかし次第に私の内蔵の温度がぽかぽかと温かくなりはじめる 

 


サンフランシスコから十一時間  食後速攻寝た
ちょうど半ばのアンカレッジ辺りで目が覚めまたシャンパン  
ボーリング海峡あたりからまた睡眠   起きたら茨城沖  私にしては寝たほう  

 


しかし時差とはいくら寝てもダメ  内蔵が時間をきおくしている  
何百回経験しているにもかかわらず決定的な対処法はない 

 


水に入るとか太陽の日を浴びるとか人はいうが、私にはきかない 
私の中学校の時に通っていた英会話スクールの先生はむかしの

天下のパンナムの人 仕事は重要書類を持って会議に参加するのが彼の仕事 

 


毎週東京からニューヨーク   一年に最低五十回  多いときは週二往復 
ファーストクラスとはいえ週二往復は考えられない  

 


私は新日時代一番多くて年間十三往復が最高  
去年はたったの五往復  とうとうプラチナメンバー王座から敗退 
今年は狙います

 

 

ユナイテッド航空は十万マイルのって1kプラチナメンバーになることができる 
東京からタンパに最低七往復しなければならない 
コンコルドとは言わないがもっとはやく行くほう方があればいいのだが 

 

  
というわけでクラブ活動中、寝て起きて飲んで会話して葉巻、
また寝て起きて飲んで会話して葉巻の繰り返し  三件まわり終了 

 


しかし渕さんはタフだ  相変わらずものすごい歩く早さ 
一般人なら走らないと追い付かない  競歩くらいはやい  
皇居一週30分少々で一週まわれるのではないかと思うほど 

 


本日もミナミへ繰り出します



無事に本日帰国いたしました。
2008.01.24

昨日のオーランドの機内で空の儀式をやったまでは良かった。

 


日本列島の南側には常に南西から北東に向かって風のふく

ジェット気流が走っている。このお陰でアメリカに行くときは風に押され早く、

帰りは向かい風になり速度が落ちることによって

行きと帰りの時間の差が生まれるわけである。

 


オーランドからサンフランシスコは普段なら6時間弱。
たまたま今日に限ってユナイテッドサンフランシスコ行きの便を

気流がさえぎり到着が一時間遅れ。大阪行きの便は12時9分発。

わたしはSFO に着いたのは11時51分。

 


ローファーはローファでも昨日購入したばかりのTod`sの

ドライビングシューズタイプ。裏がゴムでいぼいぼになっているタイプ。
真っさらのかかとの高いきっちりしたローファーならSFOの空港内を

走ることなんかまったく無理。何度受身を取らなくてはいけないかになる。

 


全力で走ったのだがゲートに着いたらいまボーディングブリッジを

はずされたばかり。飛行機の中での神。いわゆる機長が離陸に向け指示を出したらもうどんなことがあっても

 


私のような100万マイルプラチナフライヤーがいようが関係ない。
日本行きの便を探すと次の東京便が空席があるとのこと。
しかし大阪まではどちらにせよ乗りついでもいけないとのことで、
私はサンフランの一泊旅行を楽しむことを選択した。

 

 


サンフランは今まで合計して今回が3回目。完全に私は東側サイドの人間。
驚くほどにまず西海岸に行くようもない。
飛行機会社の手配してもらったホテルは空港近くの安いモーテル。レッドルーフイン。
軽く食事を済ませ前の日がほぼ一睡もしていなかったので仮眠。

 


起床後部屋でトレーニング。シャワーをとりタクシーで

ダウンタウンのマーケットストリート。30ドルくらいかとおもったら65ドル。
昔のニューヨークの知人、はるさんとマリオットホテルの最上階の

ビューラウンジ。素晴らしい夜景。おとこ二人でソファーシートでシャンパン。

 


昨日はモエをいただく。こんな素敵なところなのにがらがら。
ニューヨークのレインボールームやコロンバスサークルにある、
マンダリンの眺めの良い展望ラウンジは常に満席。がらがらは一番。

 


東京なんかどこで盗みぎきされているかわからない。
サンフランにきてあれもこれももとめない。
別にフィッシャーマンズワーフもアルカトラズもいらない。
景色のいいバーで一杯のみ、おいしいつまみでも口にできればよい。

 


ジャパンにはもう明日には帰るのであえて日本食はパス。
スティーブマックィーンのファンである私は坂を見ているだけでも満足。
そりゃできれば60年代のマスタングがあれば言うことは無い。
タワーリングインフェルノも007第14作、美しき獲物たちもココサンフラン。

 


そういえば007ファン同士で渕さんと一日一回はボンドの話しをするが
渕さんはこの14作がHis Favorite。私はやはりなんだかんだいっても10作かな。

 


シャンパンの後、実においしい中華のお店に。
食事もすべて旅行保険払い。遅延証明書を提出すれば食事が保障される。

 

 


まえに三澤さんとインドに行ったときに三澤さんは南インドから日本。
私は一足お先にインドからさらにコロンボ・スリランカに向かおうとしたのだが

フライトがキャンセルに。

 


旅行保険はキャンセルが一番金額が出る。
キャンセルを聞いたとたんまた三澤さんのいるホテルへ。
すぐさま彼を呼び出し、その町の一番のスーパーリゾートホテルで

高級ワインに高級カレー。しあわせ。

 

 


もっと幸せがタンパで昔あった。タンパからシカゴ便がキャンセル。
飛行機会社はあくまで宿の手配と夕食15ドル、朝食10ドルくらいの保障しかない。

 


まあとりあえず部屋をもらいそこからまたレンタカーで自分の家に戻る。
クレジットカードの自動付帯の旅行保険が5万まででるとのこと。
タンパの仲間をみんな呼んで約500ドル大パーティーをしようとしたのだが

その日に限ってみんな多忙。

 


タンパの一番高級レストランは家のすぐそばにある

グランドハイアットの最上階のイタリアン・アルマーニ。

 


しかたなく一人で早速そこに。まずはビンテージもののドンペリ。

つまみを少々。生ハム。スモークサーモン。前菜の盛り合わせ、

アンチョビがのったこもりのシーザー。

 


こもりのスパゲティ・アリオ・オリオ・ペパロンチーニ。おなか一杯ではないがメインはあくまでドン。

 


彼に失礼の無いように彼を引き立てるものを少なめに口にし、おおいにエンジョイ。
これだけで450ドル。フライトがキャンセルになったり遅延したっていいこともある。

 


はるさんが行きたくて仕方ない顔をするので久しぶりのストリップショーに。ココもガラガラ。


みんな回りのお客が地元民。私は飛行機に乗る格好でスーツ姿。

着替えはかばんごと空港預かりのまま。
ストリップにスーツで行くともてもてだ。

 


ストリップはタンパに全米を代表するくらいに素晴らしいところがあるので、

私からしたらここは田舎。6時スタートの11時半お開き。

帰りはBARTなるものすごく早い地下鉄にのり空港まで。

 

 


予定どうりに12時発の大阪行きにのり、無事に本日帰国いたしました。
帰国後すぐにまたこれから渕さんとのスポンサー接待。
なんだかまだ11月からの最強タッグが続いているかのよう。



空の儀式
2008.01.23

タンパの家を4時起床。パッキングはもうすでに万全。

 


起床後水分の補給、毎日の日課の体操、そしてシャワー。
4時45分家をダッジ300で出発。

 


昔は家からわずか5分でいけるタンパ空港から

国内線を乗り継ぎ東京線へと乗り継いだものだが、
特に冬場はシカゴが天候が不安定になるので、

あえてシカゴは避けるようにしている。

 


デルタ航空にしてもいまではアトランタ直行便があるから問題ないが
一昔前まではポートランドかロスからしか東京へのフライトが無かった。

 


乗り継ぎ接続、いかなる時間もポートランド便が便利なのだが
冬場はフライトの遅延が日常茶飯事。
だから冬場はロス経由をつかうのだよという教えはマツダさんの教え。

 


東海岸に住む人間にとって西海岸まで出てから国際便を使うというのは
かなり遠回りをしているように感じるものであまり好む人はいない。

 


地球儀を見ればたいしたことは無いのだが、

北西に向かっていかねばならないのになぜ真西にという感覚からである。
私の愛用のユナイテッドは日本からはシアトル、ロス、サンフラン、

シカゴ、ワシントンDCにしかない。

 


日本側のゲートウェイは成田・東京、名古屋、それと関空・大阪である。
天下のパンナムから太平洋路線をユナイテッドが買い取り、

大西洋路線をデルタが買い取った。

 


伝説の成田からJFKニューヨークへの800便は、昨年廃止になった。
今ではニューヨークにさえ直行でいけなくなってしまった。

 


800便を廃止し、新たなルートとして今大活躍しているのが

ワシントンDC線。 もともとのユナイテッドのハブ。


800便にのってJFKについてもそこからどこにも乗り継ぎはできない。
せいぜいそこからのヨーロッパくらい。


しかしヨーロッパに行くのに太平洋を超え、また大西洋を越えていくものは
マイレージオタク以外はいないだろう。

 


成田から新潟をこえウラジオストック、ロシアをこえ11時間でロンドンを

99,9%の人は利用する。ワシントンDCはシカゴ、サンフランに

負けず劣らずの優秀なハブの役割を持つ。

 


国際便を多く利用する人になら私の言い分は非常に良くわかっていただけるであろうが、国際便を長距離のって国内便を短めが鉄則。

 


では私の場合ならゲートウェイがワシントンでそこからの2時間弱のフライトが一番都合よいことになる。

 


しかしこの路線まだまだスタートしたばかり。接続の便利さもあり常に満席。
機材がボーイング777というのもアップグレードする人間には難しい機材。

 

 


Anyway,今回は成田に行っても良いのだが26日の大阪での試合に向け、
そのままアメリカ大陸からKIX大阪に入ることを決めた。

 


30分おくれで出発。私はいつも機内ではI-pod。最高の瞑想空間。
朝便だから私の避けたいチーズこてこてのオムレツがでてくる。

もちろんパス。 白ワインオンリー。

 


高度36000フィートである程度、

私の頭と心が酩酊してくると必ず行うことがある。
もはや儀式といってもいい。

 

 

まずは神様に感謝。親に感謝。先祖に感謝。
そしてお世話になった方々。そこからが面白い。

お世話になってなくなった方に感謝。

 


私のおばあちゃんはもちろんだが、ヒロマツダさん、

服部さんの妹のよこうさん、そしてゴッチさん。
あくまでも自分自身の想像に過ぎないが、私は彼らとの会話を楽しむ。

 


彼らにこれを言ったらどう返してくるかはあくまで想像。
でも地上にいる欲望に満ちた空間よりも空の上のほうが
何が欲しいとか何がやりたいというのを遥かに超え、
生命の不思議さや人間の無力さを宇宙規模で感じる時。

だからこそ空の上でおこなう。

 


今日はゴッチさんはこのように言っていた。


この世での別れの挨拶もなにもできなくてすまないとおもう。
私は今とてもハッピー。最愛の妻ともずっと一緒にいれる、
今まで私が飼っていたピットブルみんなも私を出迎えてくれた。

 


実に毎日が愉快だよ。

お前にも早く来いと言いたい所だが、まだまだ若い。
もっとハードに精一杯働いて、そしてやり残したことが無くなったら

ここでまた会えるのを楽しみにしていると。

 


実際にゴッチさんが常に言いそうな言葉なのだが、

笑顔で入れ歯を時折、直しながらドイツ人の話す英語で

私に話してくれたのは、あくまでも想像だが、
想像が思いっきり先行しこれが聞こえてきた。というか想像できた。

 


私はあの世の人とは交信出来る能力は無い。

私の自分勝手な思い込みでもいい。
とにかく私は笑顔に満ち溢れたいまのゴッチさんがどこかにいるというのは
10000%信じられるし感じることもできる。

 


私はマツダさんにも、ゴッチさんにも、ドリーさんとも思いっきり

特等席で一緒に座っていられる。本当に幸せなレスラーだ。

機内で涙が止まらなくなってしまいました。

 


毎度のことだが本当に飛行機の旅はいろんなことを考えさせてくれる。

 


瞑想の道場をユナイテッドと組んで作りたいくらい。
機内後部にたたみの部屋。食事は心を中庸させる玄米菜食。シャンパンもだします。
シャンパンはお酒の中でも特に脳へ嬉しい信号を送ってくれる

 


私にとって飛行機はただ単に交通機関ではないというのはこういうことができるから。

 


みんな、旅に出よう!!!! 



デカイ 夕日
2008.01.22

11日間の嵐のような忙しさもあっという間。


長い間タンパにすんでいるがビーチに一度も繰り出さなかったのは今回が初めて。
山本にも素晴らしい夕日を見せてあげようとおもったがそんな時間もなかった。
やつは車が無いからどこにもいけない。

 

 

私の場合はラッキーというか93年初日から車があった。
決して大きくは無いがGMのキャバリアー。その次はマスタングのオープン。
ダッジのキャラバン。フォードのウインドスター。

最後はフォードのクラウンビクトリア。

 


バンの居心地を知るともう他の車に乗れないという人も多い。

荷物も詰めるし人数も乗れる。

座席間にもゆとりがありみんなで遠出するにはもってこい。

 

 

しかし私の場合は車にも緊張感を持ってのりたい。
楽ばかりを追求はしない。車が自分自身に与える影響はおおきい。

 


着る服にもこだわり、もちろん運転の技術にも磨きをかけ、

かっこよくいきたいものだ。生活に緊張感を持って生きていたい。

 


楽を考えると朝から晩までジャージ姿が楽なんだろうが、

人間だめになってしまう。車が、時計が、靴が、洋服が、仕事が、友が、

酒が自分を磨かせてくれる最高のアイテム。

 


山本は英語がずいぶん上手くなった。特にリスニング。

2DKの部屋に3人で住んでいる。部屋長はテッド・デビアッシJr。

彼は山本とは違って独身まっしぐら。スーパープレイボーイ。毎晩多忙。

 


山本は毎晩、暇。見かねて何度も食事に連れ出したが、

ここアメリカで車が無いのは致命的だ。

 


4時間走ればマイアミ。8時間走ればキーウエストにつく。
いままで湘南や千葉の海にしか入ったことの無い人間が、光り輝く大西洋の海に入りたいと思わないのが不思議。

 


映画ボディーガードででてくるフォンテーヌブローにおしゃれに泊まりたい。
もしくはアルパチーノの巣カーフェイスの子分が

電気のこぎりで切られるシーンのモーテル。

 


同じモーテルは今では存在しないが周りは今でもすべて一緒。
マイアミでは私のお気に入りはそのフォンテーヌブロー。
少し前まではヒルトングループであったが大規模改築で独自のホテルとなった。

 


小さいブティックホテルを入れたら星の数ほどある。
ずいぶんコリンズ通りを北に登ったシェラトンバルハーバーもご機嫌なホテル。
どこも4月から10月のオフシーズンは150ドルくらいで安いときはある。

 

 


126stを本土のほうにむかいUS1をこえ最初の信号を右にすすむと左手に
マイアミの日本人に人気の奴さんという日本食がある。

 


2001年か2年にたずねてから日本食ならココ。

新庄さん、イチローさんも常連らしい。

 


オーランドにはタンパから1時間少々。70マイル足らず。
今のようなスタンスで行ったり来たりだとそこまで日本食は食べたいとは思わない。
むしろ帰ってからのお楽しみに位にする。

 


よくインターナショナルドライブのらん月にかよったものだ。
日本人留学生が一番ほしいものはやはりすべて食材。私もすべて日本で調達。

 


山本が毎日のようにプロテインとツナの缶詰、たまに卵や鳥を焼いて食べているらしく、おにぎりを作って持っていってあげたら、ルームメイトにとられたそうだ。

 


Anyway,ビザの手配を済ませ、航空券の手配をしにオーランドへ。帰りに久々アウトレットモールに寄った。

 


タンパにいる女の子はアウトレットに興味を示すものはおおいが、私はあまり興味が無かった。

 


アウトレットはいわゆる、在庫処分。ようは売れ残り。売れ残ったものをたたき売りする場所。中には掘り出し物もあるがデザインがいまいち。

 


しかし昨日探していたTod`sのローファーが日本の4分の一くらいの値段で見つかった。履き心地も最高。

 


エナジーというイタリアンのジーンズも日本では3万位するものが2本で150ドル。
帰りにもっとすごいものを見た。

 

 


帰りのI-4ラインで道に下りてくるかと思うほど道に面し、またデカイ夕日。
神様この11日間有難うございました。
トラブルも無く、すべて上手くいったタンパの家への今回の帰宅の旅でした。
今から日本に向けて出発いたします。写真はその夕日。



歴史を探ろう。
2008.01.22

タンパもいよいよ最終日の11日目。


新日本から昨日オーランドにタイガーと中邑がきているが
一日中かれらに振り回される時間は私にも無いのでタンパにステイ。

 

 


昨日のランチまでケイジ中山氏とタイガー服部が一緒。服部節大爆発。
Youはさー。あいつ変わってるんだよなー。まいったよ。
のこの3つの言葉が一日100回は最低でる。

 


ずっと一緒にいると不思議なことに話し方が似てくるもの。
一度福島の飯坂温泉に数日滞在したことがあったが

向こうのまるで伴順三郎さんのようなイントネーションの言葉がうつり、

沖縄は沖縄で語尾がなんとなくやさしい言葉もうつった。

 

 


日本を代表する通訳のケン田島氏と数日一緒にいさせてもらったときに
なんとか言い回しを吸収したくがんばったものだが、
あの人の英語は何ともスマートなダンディな話しっぷりには驚かされた。

 


私はのどを使う仕事ですから、のどを乾かしてはいけないのでとの言葉で
いつもハイネケンを飲んでいた覚えがある。

 


あのように世界を回り、世界中の豪華なVIPのパーティーに

出席したことのある方のいう言葉には手のとどかない位の発想のときもあるし、

回りまわってまた地上に戻ってきたかのようなごく一般的な考えもある。

 


たとえば私はまず最初に質問したのは日本でのお気に入りのバー。


ホテルが大好きといった。ここまではわかる。問題はどこのホテル。
質問したときはまだ六本木ヒルズやミッドタウンはもちろんない。
海外のVIPからの評価を受けるトップクラスといわれていたのは

帝国、オークラ、西洋銀座、パークハイアット。

 


田島氏は赤坂東急のゴンドラという最上階にあるカウンターのバー。
夕暮れにあそこから窓こしに景色を見ながら

ウィスキーを傾けるのが一番好きな時間と場所だとか。

 


次の質問は車。お気に入りの車。ジャガーもロールスものった田島氏。
一番評価が高いのはトヨタのセルシオ。セルシオをみる見方がかわりました。

 

 


田島氏ではなくワインの田崎さんも面白いことをいう。世界で一番好きな町。


あの方もどれだけ今までさまざまな場所で空間で

一般人のとても手の届かない経験をしてきたことだろうか。

 


彼の世界で一番好きな町は、石垣島。

 

 

これを聞いたとたん三澤トレーナーとすぐに向かった。
大のお気に入りといわれる八重山そばのおみせ。

真喜志という名前であったような気がした。

 

 

私はそうきそばはだいすき。奥野山体育館の裏側にある、うるくそばが一番好き。
しかしそことくらべるとかなり物足りないくらいにシンプル。

 

 


の見解がすべて正しいわけではないし、好き好きでいいのだが、
世界を回ってきた男を基準にすれば私のルールが程度が低いといえる。

 

 


パークハイアットやサンシャイン59階のバーといった超高層のバーでは

決して無い赤坂東急のゴンドラ。

 


わたしの言いたいことがわかってくれるだろうか。
本物を極めれば極めるほどいかに高層でもなく、名前でもなく、
もっとシンプルにもっと奥の深いものにいくのであろう。

 


ホテルマニアの36歳の私にはまだまだほどとおい。
60をとっくに超えた紳士の言葉には重みがある。

 


私はまさにこの見解を皆様にもって17日からの全10戦を

実際に見ていただきたいものである。

 


エルボースマッシュ。私はまだ伝授されてから7年くらい。
彼はもう40年くらいになるのだろうか。
40年間、あの太い右腕で何人の胸板から首にかけてを殴ってきたことだろう。

 


何千人の右足をとりスピニングにいったことであろう。
いまさら何がドリーというものは、私からすれば人生が進めば進むほどに

奥の深さがあることに気づいていない。

 


だからこそ人生は生きる意味があるのではないかと思う。
昨日たまたまランチにハイドパークにあるゴッチさんとも何度も通ったイタリアンに。

 

 


そこにいくまでにおおむかし服部さんが一階に住み2階にバンドに狂っていたハルクホーガンがいたアパートをとおりかかった。

 


タイガー服部氏がホーガンに声をかけなかったら今のプロレスラー・ハルクホーガンはない。

 


そんな恐ろしいくらいの伝説のアパートを写真に収めました。
建物が古いから決していいアパートとはいえない。歴史探求のポイントがまたひとつ増えました。

 

 


みんな歴史を探ろう。世界を探ろう。



あるものは己の信念のみ
2008.01.21

昨日もケイジ中山氏の週プロ取材。


その後に服部さんとの3人でシガーストア、フリーマーケット。
ランチは武藤さん、マサ斉藤さんもお気に入りの韓国料理。

午後も終日取材。私の家にて。

 


山本は今日も試合だそうだ。たまに週末は一日2試合している。
中山さんがここ最近のアメリカでの数々の取材の写真を

アルバムにまとめてくれたものを拝見。

 


ゴッチさんと、松井秀樹さんとの、坂口憲二さんと、ジャックブリスコ、
ブルーノサンマルチノ、ジェークロバーツ、もちろんのドリーさんともだが。
昔、NYで警察に路上であることをして捕まり裁判所への出頭命令の
切符を切られた事件の写真を撮ったのもこの中山さんであった。

 


山本の話ではこの事件はやらせではないかとのことであったが

とんでもない事実です。NYの町はマズ公衆便所は見つかならい。

駅のトイレも犯罪防止のために完全にロックされている。

 


14丁目のユニオンスクエアで4番ラインをおりて10丁目に降りてきたところに
韓国のグロッサリーストアがある。山崎いつきさんご夫妻の昔の家の目の前。
そのアパートのガレージに入る入口の裏側が事件場所。

まあ、おとこなら常にある話だ。

 

 


夕方から昨日はストームが来た。雷、強風、大雨。

落ち着いたのを待ち3人でSpanishレストラン。
マツダサンの次女の旦那はイタリア系の移民なのだが彼がすごくグルメ。
いつもいいレストラン情報を教えてもたらっている。
はっきりいって日本以上に日本食がおいしいお店はない。

 


アメリカ人は日本食というと、すし、鉄板焼き、すきやき、てんぷらをおもう。
日本に住むものからするとなぜ鉄板焼きがとおもうが、

これはあくまでアメリカ人の感覚。しかしたしかに鉄板焼き、

とくにロッキー青木氏が創設のベニハナスタイルは

全米どこにでもあるしどこでもはやっている。

 


21のときに来たころはアメリカの数々の寿司の巻物や鉄板焼きにかなりはまったもの。

 


一人でいるときはほぼ自炊。知人が来ると毎回外食。外食だとめったに日本食は行かなくなる。

 


ただゴッチさんの場合は肉よりもサカナが好きだったこともあり

すし屋によくいった。食事が寿司だろうが常に赤ワイン。

 

 

練習中も真夏なんかは赤ワインに水を入れて薄めたものをのむ。
血行が良くなっていいらしい。しかしゴッチさんは良く食べた。
20オンスのTボーンステーキをぺろり、でかいベイクドポテト、大盛りサラダ、
最後はホイップクリーム大盛りに係り4スクープスのった

アイスクリームパフェのようなデザート。

 


残すのが大嫌い。一切れも残さずたべる。ワインはいつも二人で3本。
むかし藤波さんがタンパにいったときに二人で7本あけたらしい。

 


週プロのフミ斉藤氏の毎年恒例のツアーでここ、タンパに皆さんがいらしたときに、
会食をしたがそのときは珍しく日本酒の熱燗。

日本酒を飲んでいるのを見たのは最初で最後。

 


後好きなのはオールドプラムブランデー。ドイツ語でスリボビッツ。
もしくはチュバスキンバッサ。発音が難しい。
さすがドイツ人。ゴッチさんは典型的なドイツ人であった。

 


私も5年、ブレーメンの女性と付き合ったがゴッチさんと共通点が驚くほどあった。


きれい好き、整理整頓が完璧、無駄使いを一切しない、
朝と昼を食事のメインとし夜は基本的には軽め 
動物がすき、歴史を尊重、プライドが高いゆえに猛烈な負けず嫌い。
唯一違うとしたらワイン党かビール党かの違い。

 


木戸さんもまた日本人であるがきわめてゴッチさんの影響でドイツ人化している。
3人でワインを飲みながらゴッチさんをはじめデュークさん、マツダサン、
エディグラハムさん、キラーカーンさん、マササン、ドン・ジャーディンのはなし。
土曜日の夜ということで久々にイーボーシティにでむく。

 

 


ものすごいおしゃれなシガーバーを発見。
キューバ市民が常飲されているというモヒートスをのみながらシガー。
音楽もキューバン。また新しいいい場所を見つけいい気分。

 


11時半終了。帰宅、就寝。

 


毎日超多忙なかこのブログを書き込むにあたり数々の誤字脱字をおこし
読みずらいてんもあるとおもわれますが、どうぞご勘弁くださいませ。

 


時には元気はつらつ、時には試合で腕や指の痛み、

時には二日酔いによりこのようなことに。
しかし私は完璧な人間ではない。人間完璧な人がいたらおもしろくない。
長所があり、短所があり。ときにはその短所が色気となる。

 


卵にしても高たんぱくというものもいれば、

黄身だけの部分を指摘して高コレステロールという。
塩にしてもあれほど人間にとって重要なミネラル摂取という見方もあれば、
やれ高血圧の最大の原因というものもいる。

 


世の中すべて完璧はない。毎日毎日日課のように批判をすれば

肯定もしてくれる方々がいる。本当にありがたいことだ。

わざわざ文句を毎日言うということも並大抵なことではない。
コンピューターの世界。顔が見れないから無責任なことをかく。
人間が作り出したことではあるがいい教育ではない。

 


しかし私は断言するが私は私でしかない。あるものはあるし、無いものは無い。
これからもずっと一緒。ほめられようが文句を言われようが何も私は変わらない。

 


あるものは己の信念のみ。

 

 


私がたとえ卵や塩だとしてもまったく同じ。
高コレステロールといわれたくないから 

白身だけで生まれたいといってもそれは不可能。

 


黄身があるから卵である。

黄身は黄身で黄身があるからすき焼きもおいしくいただけるし、玉子焼きも黄色く美しいのである。

 


タンパに来ると余計に私はストレスが排除でき、

自分で言うのもおかしいがまるでブッタのきぶん。
何があってもストレスが無い。非常に安定。高度3万6000フィート。

 


ちなみにドリーさんが連れてくる新人は

アメリカのネイビーを先日退役したばかりの若者。
今はプロレスラー。その前は戦闘機のパイロット。

 


時速800マイルでるF3の操縦士。B737の操縦は朝飯前。
遊園地のローラーコースターは彼にはまったくの反応すらないらしい。
珍しい経歴を持つ。

 

ドリーさん来日中に面白いプランを全日本が企画しております。

どうぞお楽しみに。

 


では今日も卵と塩の発想でお元気でお過ごしください。



スパーリング
2008.01.20

昨日オカラ5回目。


週間プロレス、ケイジ中山氏がタンパに参りドリーさんの取材のため。

 


来週の月曜日の中邑、タイガーのTNA参戦に備え

タイガー服部氏も一緒にタンパに。

 


この3人にボンバー斉藤、服部さんの妹、山崎いつきさん、

そのだんな様の永井イサミさん、新崎人生、ブル中野。
これらが我々のNYコネクションのメンバー。

 

 


私の家 NYの当日の家は猛烈に狭く汚いので

間違ってもパーティーなどできない。いつも永井さんの家、

人生の家、たまにパークアベニューのブルちゃんのいえ。

 


本当によくパーティーをしたものだ。

そのころはまだまだ葉巻とワインにはたどり着いていない。ビールのみ。
NYの市民が愛するローリングロック。96年まで私はそんな時代。

 


97年にオットーさんのCWAに参戦のときにヨーロッパに行って、
ウィーンにいるミシュランの星つきのお店のシェフと出会い
その人の影響から私のシャンパンライフが始まりました。

 


1997年の7月。年齢は26になる前の25歳。

なかなか良いスタートではなかろうか。25歳でシャンパンにはまるというのは。

 


26になった秋に同じレスラー仲間のデュークダンプスターという選手に
9月23日の誕生日に葉巻をいただいた。今でも忘れないモンテクリストの4番。

 


これを機に葉巻人生がはじまった。

ヨーロッパにいたときにだけタバコも吸っていた。銘柄はNYコネクションの

ブルちゃんの影響でマルボロライトか永井さんの影響でパーラメント。

ようは心のそこからの愛煙家ではないからなんでもいいということ。

そのタバコを吸えば両氏を思い出すということから。

 

 


オカラでドリーさんと軽くスパーリング。ぜんぜんまだまだ現役でできる。
一つ一つの技が涙がでるほど感激。じっくりずっしり。
2月17日からのシリーズが本当に本当に楽しみで仕方が無い。

 


筋肉の張り具合もぜんぜんOK。むしろでかい。
昔はそうとうドリーさんも飲んだらしいが

60を超えてからお酒はやめたそうだ。

 

 


オカラからタンパにもどり山本と合流。

車を持っていないからわざわざ迎えに行かねばならない。
彼の住むアパートはサウスタンパ。WWEがかりているアパートにいる。

というか間借り。TEDデビアシJrの家。

 

 

日本でみんなテッドデビアスと発音するが正式な名前はテッドデビアシがただしい。
デビアッシィというかんじ。非常にナイスガイ。

 

 


ストロベリーミルクシェイク事件の時も彼だけは

冷静に反撃しようとする山本を止めてくれたそうだ。

 


塩の大盛りを女にぶっ掛けられ、その次にミルクシェイク。
そのまた次に外に開いてあった看板でぶったたかれそうになったらしい。

 


しかし笑えるのは頭から塩まみれ、ミルクシェイクまみれになった瞬間に
頼んだ食事のオーダーがきてしまい、仕方なくそのまま食事を続けたそうだ。

山本らしい。

 

 

英語もずいぶん進歩した。

日本人がまったく周りにいないから脳が完全に英語モード。大変素晴らしい。
日本人とつるむよりか英語をおぼえるにはいい。

 


タンパの日本人とつるんでも日本食を食べカラオケ、ボーリングくらい。
服部さんとも話していたがよく車も無く今の生活にたえているなと。
どこに行きたいという欲望がまったく無い。

 

 


私は長州リキと服部さんからフロリダ行きの命令が下ったとたん

本屋でフロリダの観光ガイドをありとあらゆるものを買い占めたものだ。

 


タンパよりも先にオーランド、マイアミ、キーウエストに詳しくなってしまった。
今じゃマイアミだろうがオーランドだろうが一切地図は要らなくなったが

最初の1年は毎日道に迷っていた。

 

 


昨年は人生の道に迷っていたが。

 

 

 

今日は山本、昼と夜2試合試合だそうで。いい勉強をしています。
今日も昨日も小雨の降るタンパです。

 


ドリーさんからいただいたオールド全日本シャツを着て練習後のわたくし。
まるですっかりファンのよう。でもそのとおり。彼のファンです。



交渉成立!!
2008.01.19

昨日も夕方からオカラ・フロリダに4回目の訪問。


5時半スタート。オカラのうんと小さいダウンタウンのコーヒーショップ。
現地時間アメリカ東時間17日18時25分。完全に交渉成立いたしました。

 

 


11日にタンパに戻り12日から早速スタート。
初日に7時間半。次の日に5時間半。なんど喧嘩したことだろうか。
今だからはなせますがいったんは白紙に戻ったときもありました。

 

 

相手との駆け引き。
まさにトランプゲーム。無いカードは無いし、あるカードはある。
でもジョーカーを出すタイミングもある。

 


大富豪ゲームならば一番弱い3を出すタイミング 出さねばならないタイミングもある。
このトランプゲームに負けたら、全責任は私にあるわけです。

進退問題にまで発展するであろう

 


1月2日の日にリング上で皆様に発表をし

もうすでにチケットも発売を開始している状態。
ここでドリーさん来日がキャンセルになったら
はっきりいて全責任をとってそれに変わるスーパースターを
私が自腹でつれてこなければならない。もしくは進退問題まで考えられる。
しかしながら見事に無事おわり。

 


無我ワールドでチャボを呼んだときも大変でしたが、
あらためてマサさん、ヒロマツダさん、服部さんらに敬意を表す気持ち。

 

 


9時半タンパに戻り、新日本山本と。腹も減っているとのことで私の家に。
夜の炭水化物は避けているとのこと。しかし私は炭水化物大信者。男は米だ。

 


一次会、カレーパーティー。2次会パスタパーティー。

3次会ワインパーティー、4次会葉巻パーティー。気づいたら朝の4時半。

久々にいろんな話をした。彼も一生懸命がんばってます。

 


またこれからも私はいろんなトランプをやってみたい。
実際のトランプにも非常に興味が出てきた。誰が考えたかこのゲーム。

 

 


これからも私は試合はもちろん、対女性、対お酒、対葉巻、対結婚? 

ありとあらゆる楽しみたいね



ゴッチさんとの面会
2008.01.18

昨日は終日ジム。

夕方買い物。買い物といってもABCリカーストア。日本の格安な酒屋よりもやすい。
ちなみにモエが29.99.ヴューヴ・クリコ34.99.ドンペリは138ドル。

 


私は葉巻をすうさいにもちろん火を使うわけだが
タバコか葉巻かでムードが変わるのはもちろんだが

火をつける小道具もかなりのキーとなる。
ガスなのかオイルなのかもしくはマッチ。

人によってはチルチルミチルが大のお気に入りの人もいる。

 


私はZipoo派。たいがい売っているのはシルバーのもの。
私も今までシルバーを使っていたのだがここABCストアーに来ると

さまざまなデザインのものや色がある。

 


黒もあるし水色のメタリックもある。ライターは何色がいいのだろうか。
男のダンディズムとして何色のライターを持つことが

かっこいいのだろうかを最近考える。

 


車のジャガーにしてもシルバーかおなじみの深いグリーンだというものにわかれるし、
リンカーンやキャデラックでもゴージャスに黒なのかもしくわ白なのかにわかれる。

 


誰かが使っているからといってそこからヒントを得るケースもあるし、

自分の生理的な好きな色という感覚もある。
日本人特有のみんなと一緒というセンスもある。

 


ファッションにしても流行を追いかけるセンス。

ファッション雑誌からヒントをえるセンス。さまざま。

 


私は意外と飛行機の中や世界の空港やホテルで渋い紳士からヒントを得たり
昔の映画からヒントを得たりNYやタンパの待ち行く人からヒントを得たり、
イタリアでたまたま目にはいった子供たちからヒントを得たりしたときもあった。

 


そこでライター。はっときずいた。

 


第9作。007黄金銃を持つ男。クリストファー・リー扮するスカラマンガ。
彼が持つライターとペンとをくっつけると銃にかわる。
私はスカラマンガ的発想をとることにした。

 

 

持てば持つほど気に入り、やっとお気に入りの色が見つかった。
Zipooのゴールド。なんて素晴らしいだろうか。
このゴールドのライターを持ったとたん今までの黒のものとシルバーのものが
ライターとしてふさわしくない色に見え始める。

 


かっこつけたい人、ダンディズムを追及したい人、
ぜひゴールドの色のライターを持つことを今日を持って強くお勧めします。

 

 


ところで今日のイベントのメイン。ゴッチさんとの面会。

 


昔96年くらいまで住み慣れたゴッチさんの家を98年にかった家族と
今では非常に仲が良くなりタンパに戻ってくるたびに食事に出かけるようになった。

 


本当は今回、猛烈に彼らのコロラドに所有する超高級コンドミニアムに滞在し
スノーボードをする計画があったのだがドリーさんとの契約交渉が最優先。

コロラドは11月から一番遅くて6月の最初の週位まですべれるらしい。

 


海外ではイタリアのコルティナのみ。

あとは硫黄の温泉につかるのがおきにいりの山形蔵王ばかり。
コロラドはいつか必ずいってみたい。

 


夕方5時にオデッサのキーストン湖の彼らの家に。

30分一人でいる時間をいただき、

ゴッチさんお気に入りの葉巻とボジョレーの赤ワインを
祈りと共に湖に注いでまいりました。

 


葉巻をデッキの隅においてお祈りをしていたら

葉巻のあたりだけ風が吹いたような感じがして、
そのとたん葉巻だけ湖にかってにぽとりとおっこってしまった。

 


その瞬間頭をよぎったのが、

「あなたは吸わなくていいからワインを飲みなさい」のゴッチさんの言葉。

 


葉巻は水にかなり長い時間浮かぶことがわかりました。
いつまでもいつまでもゆっくり浮いていました。
祈っている30分まったく沈む気配なし。

 


CASTAWAYの映画にでてくるバレーボールのボールをみているかのよう。
ぷかぷかと居心地よさそうに楽しそうに浮いていました。

 

 

ゴッチさん、やすらかに。

 


たくさんの貴重な時間を有難うございました。

あなたが下さったご恩は一生忘れません。合掌

 

 



ゴッチさんお気に入り
2008.01.17

タンパ6日目 
昨日は初めてのミーティングなし。


ビーチに行ってオイルを頭からどっぷり塗り、オイルまみれになっての

永遠炎天下でのスクワットとヒンズープッシュアップの

私流のトレーニングをしようと思ったがタンパの冬。かなり寒い。


3月から気温と紫外線の強さが急激に強くなる。10月一杯くらいまで。
11月からはかなり涼しくなり1月2月は完全に寒い。
2月の下旬に毎年メジャーリーグのスプリングキャンプが始まる。

そのころから少しづつ暖かくなる。


結局昨日は私の建物の裏にビーチバレーの砂浜のコートがある。
そこで裸足で補強をしながらのダッシュ。砂の上のトレーニングは鍛えられる。


夜、久々にモールに買い物。お気に入りの香水をゲット。
その後シガーストア。

 

 

ゴッチさんお気に入りの葉巻を山というほど買う。


新日本のころからゴッチさんに葉巻を届けていたのだがもう、

その必要はなくなってしまった。


一日一回は必ず思い出すたびに手を合わせるが 

ここタンパに戻ってきてとくにゴッチさんが住んでいた

ヒルズボロという道を通るたびに胸が痛くなる。
うんと遠くにいってしまった。


でも間違いなく大好きな奥さんにもあの世で会えてるし、

今まで飼っていた犬たちにもあっているだろう。

 

 


私は先祖の供養をまめにするほう。

もちろんお墓にすんでいないことはわかっているが、
供養の意味をかね手を合わせ、お墓も常にキレイにするのは当たり前のことだ。

 


さて昨日の晩は自分への供養としていつものバーに。
つい数年前までは日本人留学生の友達がたくさんいてしょっちゅうみんなで
パーティーもしたところだがその仲間もみんな日本に引き上げてしまった。

いまレスラー仲間ばかり。

 


きのうは久しぶりにマツダ道場での練習パートナーであった

ジェフ・ブラッドリーとゆっくり語り合った。


彼はアメリカで医療に関しての保険を持っていない。
日本みたいに国民保険の制度が無いから自分で保険を買わなくてはならない。


持っていないものは100%実費となる。彼は昨年膝と踵の手術を受けた。
アメリカで手術を受ければ手術台だけで400から500万かかったらしい。
それプラス入院費、リハビリにかかる費用、さまざまな薬。


そこでいま結構アメリカ人にはやっているのが第三カ国の最高級の病院で
最高の技術を持つ医師に受け、最高級の病室に泊まり、
リハビリもだが外出もすべて通訳と運転手つき。
往復の飛行機もすべてパックにした治療プランがある。

行き先はインド・ニューデリー。アメリカでの金額の4分の一で完璧に治した。

 


そんな話、昔のマツダ道場での苦しかったおもいで、
今のアメリカマット界、インディ、WWE、70年代と現代の違いをはなし、

気づいたらバーも終り。


Becksも二人でずいぶん飲んだ。Jukeboxにもかなりお金を使った。
ちょっと薄暗いバー、いい音楽、酒、いい仲間。後はもうなんにもいらない。

 


昨日山本から電話がありましたが試合をしてがんばっているようだ。
英語も話せない、車も無いのに良く生きている。今日の晩に会って来ようと思う。
私は最初は彼と同じような環境だったが初日で最大の感動。アメリカにはまりまくり。


たいがいの日本人はやれご飯が食べたい、納豆が食べたい、

ラーメンが食べたいと文句を言うが、
せっかくこっちに来ているのだからこちらのものを食べるべきだと私は思う。


そのてん海外生活が長い人たちは食事がつごうつく。
日本食が何ヶ月も食べれなくともなんともない。私もおなじ。
タンパにはキューバンやスパニッシュのおいしいお店が一杯。

郷に入ったら郷にしたがえだ。


女の子と知り合っていい加減な英語をしゃべって彼女を怒らせて
ストロベリーミルクシェイクを頭からかけられたらしい。

武勇伝を彼も作り始めました。
中西学の右に出るものはいないだろうが。詳しくは永田裕司に聞いてください。

ではまた



映画のロケ地
2008.01.16

タンパ5日目。


昨日もまた日帰りオカラへ。今日もいつものI-75号線。
南はマイアミの北側にあるフォートローダーデール。

北はデトロイトを超えカナダの国境まで。
途中アトランタ、チャタヌガ。何ともロマン。


オカラの町のほぼ中心にあるステートロード

200号線で降りるとドリーさんのいえがわりと近くにある。


チェーン店のオリーブガーデンなるイタリアンのお店で会食スタート。

一杯だけピノグリージオをいただく。


会食後、オカラの町の東側にあるシルバースプリングスという

湧き水でみごとな沼というか池というか湖がある。
周りは見渡す限りのジャングル。

ここは大昔のターザンという映画のロケ地としても有名。


ドリーさんがまだ幼いころお父さんのシニア氏に連れてこられ

ターザンの映画の主役と写真を撮ったそうだ。

 

 


映画のロケ地をおとずれるのは私も好きな映画に関してはかなり出向いた。


一番詳しく調査したのは007の12作。

For Your Eyes Onlyで出てきたギリシャとイタリア。
特にコルフ島にはトレーニングが目的だがしばらく滞在したものだ。


病気の療養中に滞在したワインの農家は、ゴッドファーザーのロケ地。

シチリア島コルレオーネ村。


三澤トレーナーとも私個人でも何度もいっているThe Beachのロケ地、

プーケットの沖合いにあるPhiPhi島。


その地にその映画のサントラでも持っていったら涙が出るほどの鳥肌。
フランクフルトからワシントンに向かうときは日を追いかける形になるからずっと明るい。
ちょうどタイタニックが沈没したあたりを通過する。

カナダのえらく東側。ほぼグリーンランド。


冬の飛行は天気がよければその沈没した氷山が見事に見える。

もちろんこのときもサントラ盤。いまでこそIPODで便利になったが昔はCD。

その目的地にあわせたCDをかばんに詰める。
その前の時代はWalkMan 。なのでカセットテープ。それをやっていたころは95年。


12年でココまで進化した。この先どうなるものやら。

 

 


今日のミーティングはいったん中断。またあさってから再開。
今日と明日は完全なる自由時間。練習と夜はお気に入りのレッドネックバーに。
大体何の飲み物でも3ドル。ヘネシーのロックを飲んでもそのくらい。

夜の4時までオープン。朝はその2時間後の6時から。すばらしい。


今タンパはかなり冷え込んでます。もちろん海に行って日光浴と海水浴は無理。
一日ジムに行くことにします。

 

新日時代にフトリさんからならったテールスープを昨日から煮込み始めました。
そういえば山本は何をしているのだろうか。あってみようかな。

ではまた



人生とは 人間とは
2008.01.15

タンパ4日目。時差もだいぶ取れかけてきた。

昨日もおとといもそして今からもオカラ・フロリダへ日帰りで。
昨日は13時からオカラのヒルトンにて会食。その後、ひたすら3人でドライブ。

 


オカラの町はフロリダ半島でも珍しい地質だそうだ。ほとんどは沼地や砂。

オカラ近辺だけは土らしい。なのでいい草が生えることから馬の育成として

全米を代表するくらいの有名な町。オカラと言えば馬くらいに有名。

 


毎年3月の後半には競走馬の競売がある。日本からもたくさん人が来るそうだ。
民間機がとまっていないチャーターや自家用機しか無い小さな空港を

横切るとその裏に またひときわ目立つゴージャスな牧場がある。

名前はダブルダイアモンドファーム。


あまりのゴージャスさに驚いていると、なんとココは我らがヤンキース、

スタインブレナー氏の所有の牧場だそうだ。

タンパの港に造船工場をもち、馬を育てて売り、野球球団をも持つ。

 


私みたいにせこせこ100マイルも時間をかけて運転してこない。

いつもプライベートジェット。私のプライベートジェットはボーイング747か777.

シャンパンのサービスがある。きちんと目的地まで運んでくれる。

 

時間にもかなり正確。しかし私のほかにも350人くらいい同乗者はいるが、

気分は私のためのプライベートジェットにしておく。


一度だけトニーセントクレアー氏らとウィーンからベルリンに試合に行ったときに
プライベートジェットに乗ったことがある。


雨と風が激しく、機体もかなり小さいから揺れるのかと思いきや、

雲を横切りぐんぐん進んでいく。プロペラ機なら気を失うくらいに揺れていただろうが。

 

 

 

話は戻し、車の中でドリーさんからさまざまな昔話。
おもに馬場さんとの思い出。相当な日本フリーク。
全日本への思い入れは人一倍強いし、

今でも全日本に対し猛烈な敬意と誇りをもっている。


私が全日本の歴史を作ったくらいなまでの想いがある。

 

一歩一歩踏みしめるようなゆっくり落ち着いた歩き。
人の話を絶対に口挟まず、相手が完全に話し終わったら

ゆっくり返答しだす姿はいつ見てもそのまま。


同じ全日本でも渕さんの、つい先日の六本木から西麻布までの

あの歩く早さが両極端すぎる。


テーブルでもお茶を飲みながらでも、

電話をしているときでもいつもゆとりを持ち落ち着き、堂々と。
まるで試合を進めているかのよう。

 


それに比べうわべばかりの現代の流行のプロレスが意味も無く
ラッシュをかけようとしているところに教養の無さと品格の無さをかんじてしまう。


頭からまっさかさまに落とすようなことをしなければ満足しないレスラーも、
またそれに見慣れたファンにも責任はある。

 


ゆっくりと時間が流れていくこのリラックス感。36歳生きているがまだまだ私が子供だ。大人になるのはむづかしい。

 

若ければそれでいいという今の時代はあまりにもテーマが薄い。人生は年輪のごとくいっぽいっぽ深くいきていきたい。

 


それを見ていただきたい。2月17日から3月1日までの10戦。

人生とは人間とはがわかるはずだ。



やはり神はいる。
2008.01.14

タンパ二日目。


初日はオーランドからドライブであったが今日からは、

タンパからオカラへのドライブ。片道90マイル。一時間半。

時差ぼけにしてはやや遅めの起床。
普段ならどんなに遅く寝ても2時半くらいに

いったんは目をさめるものの6時まで熟睡。


松井さんも使用のアパート内のジムで軽めに済ませ、

練習後にその2階にあるオフィスで書類作業。


まあタンパで私はブライアンブレアーの離れの家から始まって
ここにたどりつくまで何箇所に部屋に住んだことだろうか。
最近でも2年に一度引越し。プロレスがあるからこそのタンパであるが。

 

 


もしもプロレス無関係に世界中どこにでも住める仕事の環境ならば 

今ならこう考える。ラム酒と葉巻、サルサ三昧でハバナ・キューバ。

毎日オイルまみれで南インドのトリバンドラム。


あらゆる葉を受け入れカリブの海を眺め現実も幻覚も

世界旅行でオカラベッサ・ジャマイカ。


水曜ロードショーに出てくるようなでっかい夕日をヨットから眺め、
片手にはパパ・ヘミングウェイお気に入り

スラッピージョーのストロベリーダイキリでキーウエスト・フロリダ。


毎日湖でつり三昧でバンフ・カナダ。毎日女の子つり三昧でバンコク・タイランド。
人生を反省しモンクの世界でメテオラの修道院・ギリシャ。

最初の4つはマジでいつかやりたい。

 


93年から日本以外に拠点を置く。
日本から帰らない時期が長ければ長いほど思考回路もそうだし、
内臓レベルまで日に日にドメスティックな体質になっていくのがわかる。


私は思うがずっと日本にいたらこの素晴らしい無我の発想というのは

無くなるのではないかとおもう。 常に国際的な感覚。

要するに気取った部分だけではなく外から見た自分、
外から見た日本、的な感覚を保つことはものすごく重要となる。


1週間でも外に出るとわかるもの。数々の日本人が今まで海外に出ただろうが、

結局みんな日本に帰ってしまう。


どうせ旅に出るならあまり日本人のいないところのほうが

新鮮な空気を吸えるし新しい自分が見える。

 

 


この環境を最初に指示したのは長州リキであるが。
いまはもちろん武藤さん。心から感謝しなければならない。


今までもそうだが特に今回は、はっきりいって武藤さんには命を拾ってもらった。
昨日もI-75をドライブしながらただひたすらまっすぐな道を運転しながら

そんなことを考える。

 

 


今日もまたドリーさんに会うために今からドライブ。


飛行機の機内も特別な心境になれるイイ瞑想空間であるが、
アメリカのどこまでも続く道を音楽を聴きながら

ひたすら物思いにふけるのもまさに瞑想。
反省もあるしいのりもある。


マツダさんの教え、ゴッチさんの教え、ドリーさんの教え。

もちろん藤波さんからの教えもある。
そしていま全日本に所属しているという不思議で偶然なできごと。

やはり神はいる。



隣のお嬢がお目覚め。
2008.01.12

日本の実家を12時に出発。
東京駅が12時53分。名古屋。名鉄でセントレーア空港。
17時発が30分遅れで曇り空の中離陸。ボーイング777。

F,C全席満席。エコノミーもほぼ満席。


20数分でもう関東地方上空。高度36000フィート。

やや強いジェット気流。対地速度1080キロ。
シカゴに行くときはアンカレッジの少し南をとおるが、今日はかなりハワイより。
霧のサンフランにほぼ予定どうり。

 

 

私はかなりの確立で隣に女性が乗ることが少ないのだが昨日は女の子。
シャンパンを一緒にいただこうと試みたが、心地よい揺れとともに

最初のディナーの照り焼きチキンをいただいている最中にはもう爆睡。


離陸前2時間前に起床。今年初の御来光拝見。すばらしい。

神様よ、有難うと一言いのる。
朝食は米系航空会社はこってりチーズのオムレツが定番。

朝からいりませんのですっきりさわやかにビール。


隣のお嬢がお目覚め。説法スタート。

三澤トレーナーとカシンのなまりは日本語の域をこえている。


ボンバー斉藤もすごい。この前の後楽園で留学生の紹介を通訳していたが、
ボンバー斉藤の日本語の通訳のそのまた通訳がいるかのよう。

 

私はまず生まれの町をきくのが癖。これは六本木でも銀座でも。

赤坂だとあまり必要なくなる。プサンやソウルといわれても私がわからない。


サンアントニオだとスティーブマックイーンのゲッタウエイの映画の撮影場所。
アラモのとりで。チャボゲレロの家。20歳にはわかるまでも無い。
共通点を探していると、なんとWWEの船木さんの友人であった。


私ははじめて知ったが船木さんの奥さんはサンアントニオでクレープ屋をいとなみ
地元のメキシカンにもアメリカ人にも大人気。日本人留学生の溜まりばだそうだ。
船木選手はいちど91年組として新日本に入ったが腰を痛め辞めた。
浜口さんのところで鍛えられただけありものすごく礼儀正しい。小原とまるで違う。


入国審査後、国内線ターミナルに移動。レッドカーペットラウンジに。
私は今回アップグレードだが彼女は正規のCクラスの切符をお持ち。

20歳にしてはすごい。


私はフードコートへ移動してんぷらうどん。オーランド行きも30分遅れ。

13時すぎ離陸。さっき日の出を見たかと思えば今度は夕日を拝見。

また神様に一礼。今日の日も有難う。


10時pmオーランド着。レンタカーピックアップ。
わずか11マイルしか乗っていない超新品のクライスラー300。
私のようにいったり来たりするものにととっては車は逆に持たないほうが便利。
毎回バッテリーとうの不具合が出る。

 

健三のばか、いまだに私のアパートに自分の車をおいたまんま。

本当にいい加減な男だ。


10時半空港発。12時タンパのアパート到着。日本時間10時。

ドアToドアだと22時間計算。


前回に引越しをしたばかりなので家の中はいたってキレイ。とりあえず換気。
簡単な掃除をしながらライトビール。小瓶半分もあけずに寝ました。

 


明日はドリーさんに対面。

 

 

夢の中で私のリンカーンが盗まれ、その犯人が大阪の頬が痒い人たち。
大喧嘩になり日本刀で私が切り殺す何とも不思議な夢。

 

起床後夢占いの本。
ころされる夢はだめだがころす夢はいいらしい。

盗む夢はだめだが盗まれるのは良いらしい。


タンパ初日 良いスタートを切りました。



全日本に尽くします
2008.01.11

新しい新型新幹線で名古屋に コンセントがついた新しいシート。
乗り心地としては日本航空のJクラスシートに近い感じ。
一両だけでもいいからさらにすごいゴージャスなシートがあってもいいかも。

新型新幹線では全席禁煙だからワインに葉巻は無理。

 


本当は大阪から飛ぶはずだったのだが大幅な遅延のために

名古屋からのフライトにかえた  いまからサンフランシスコ経由でフロリダです 


フロリダに行くのに西海岸経由というなんともノーメイクセンスとおおもいでしょうが
サンフランシスコからが問題でオーランドまで快適にノンストップ。
しかしそこから一時間半タンパまでドライブしなければならない。


国際線は当たり前だが国内線も広々のんびり行きたい。

 


前回の渡米から約三ヵ月ぶり  前回は10月の無我退団、全日入団の直後 

そういえばあの時も名古屋発のフライトだった 
最近はアメリカ線が猛烈にこみなかなか成田からのフライトがとれない 


今回は自身のトレーニングももちろんだが次期シリーズに関しての雑務 
むかしからマサさん、服部さん、マツダさん、ダイゴウさんの横でみていたのが

いま役に立つときが来た 

 

今だにわからないことはダイゴウさんから教わりながら 
タンパには日本領事館がない  マイアミが一番近い  
ニューヨークとかとちがい意外にすいているし人間らしい

大体あの手の仕事の連中は恐ろしいほどに冷酷な対応 

 


1月1日の初日の出を見逃してしまったので今日は
地上一万ニセンメートルの宇宙に近い所から見てみよう。


だいたいアラスカとカナダの境辺り。離陸後六時間以上。
シャンパンをいただき六時間起きているのもおつなものだ。

 


さあ世界をまたにかけ全日本に尽くします   向こうからのレポートもお楽しみに



両国国技館にきなさい
2008.01.10

昨日は新春シリーズ最終戦  沼津大会
東京から三島まで新幹線   在来線で一駅で沼津   会場は駅前  


駅前というとすぐにフランキー堺  森繁久弥  伴淳三朗の喜劇を思い出す  
個人的には駅前旅館がすき 

 


竹村と移籍後、初めて戦った  ソヤが初の流血試合 しかし貴重な経験 
毎日試合ができることは本当に素晴らしい  


竹村が私に突っ掛かる気持ちもわからなくもない 

彼を置いていったのは私の責任 
行動を起こさなかったのは彼の責任
  

むづかしいところだ   彼はドラディションをやめたのか定かでない  

 


いいニュースも悪いニュースも事件を起こせなくなったらプロの価値はない  
ただ一生懸命に練習に試合にがんばっていればいいわけではない  
芸能人もおなじ   政治家も同じ  レスラーは本当に大変なしごと 

いくつものことを要求される 

 


私はこのブログで練習に関してあまり書くことはなく、
一日中朝から晩までのんでいるかのようにおもえる  
朝から晩まで飲んでリングにあがれるコンディションと技術がえられるなら、
いっそのことそんな体をいただきたいものだ 


ただまれにナチュラルパワーの体質のものがいるのも事実 
練習嫌いだが物凄い体力  怪我もしない 風邪も引かない これは物凄い事。
逆に私はこれだけやっていると誇示する人は、私は感心できない  
プロはいかに人に見せないかが問題  

 


お正月気分を味わうことなく一月も10日がすぎた  ようやくのんびりしたいところだが 
つぎのドリーさん来日にむけさまざまな準備   いまさら何でという人もいる 
むかしからプロレスをみている人にはこの奇跡はわかってもらえると思う 


昔、全日本プロレス中継の実況を担当していた若林さんが後楽園にいらしていた 
彼の実況で最後のドリーをやっていただきたいものです 

 


私が何をいっても批判するものよ  批判してもいいから  両国国技館にきなさい
インドに行った気分にさせてあげる



人間の体力は足だ!
2008.01.09

昨日は渕さんと六本木に 日本酒で日本旅行。  
山形やら秋田やら新潟やら兵庫やら


しかしおそれいる 

時間が経てば経つほどに元気になってくる渕さん 
高校生とのんでいるかのよう 

そのくらい元気!!

  
食べる速さ   飲む速さ  喋る速さ 
それにもまして歩くのがまた速い  背筋もいい

  
六本木から二件目の西麻布に  

西麻布交差点前に坂がある 
坂に入りまた歩く速さが倍増 

冗談ぬきに追い付くのに走りました 

車を持たない主義らしい。

  
いつもスイカをポケットに忍ばせどこにいくのも電車  
ここまでハイパーな五十三歳のかたみたことない。

  
人間の体力は足だ。  

 

とにかく歩きなさいとはルーテーズ氏がそうらしい  
私もエレベータとエスカレーターを使わないようにしよう 


今日はこれから沼津です 

アイドルの新幹線でいってきます。



空想
2008.01.08

公約どおり地下鉄利用  大手町経由  

高校に通学も丸の内線   鉄道のなかでもっとも使い慣れた電車 
丸の内線をここまで使い慣れているのは私か丹波哲郎  

なぜかはボンド四作目をみなさい 

 


私もあのような秘密基地を地下鉄車両に持ちたいものだ  

 


渋滞なし&nbs