≪ 2008年01月 | トップ | 2008年03月≫

名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
所属:07年10月19日付で、全日本プロレスに正式入団。
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー。
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

全日本プロレスリング所属の正統派プロレスラー。
彼の名言には3ゴング!!
 
 
 
 
 
無事に帰京。
2008.02.29

昨日はつくば。

一昨日の夜も水戸でのホテルの近くでのとても素敵な食事会。プロレスバーにて。

 

80年代の全日本の時からのドリーさんの来日には

必ずいつも奥さんのマーテイーさんが同行。

今回ももちろん夫の最後の勇姿を見に。

水戸のお店でお店のはからいでスパークリングワインを用意していただく。

 

 

移動がないので3時ホテルを出発。

私はその前に雪道で汚れた愛車をコイン洗車場で洗車。

 

ホテルを出発し1時間以内でつくばに。引退試合前の最後の試合。

渕さんとの絡みも何年ぶりのからみだろうか。

ものすごく味わい深い攻防にエプロンでため息つきっぱなしの私。

荒谷選手にそうとう熱のこもったスピニング。

 

 

試合後、帰京。

都内のホテルにお送りし昨日の晩は解散。

しかしそれにしても気の抜けない巡業だった。

3月1日明日の試合が終わったら、どれだけ安堵感に浸れることだろうか。

事故もなく、トラブルもなく、何の問題もなく完璧にエスコート。

服部さんやマサさんらの苦労が痛いほどわかりました。

 

 

ホテルにお二人を送り久々の大塚へ。いつものバーで。

男は仕事がうまくいくときほど酒の味がうまく感じることはない。

まだ気を抜くには48時間早いが巡業を無事から帰還できたと思ったら

感極まる酒の味わいだった。

 

 

今晩はサムライテレビ生出演。

その前に、お二人がお気に入りのカツサンドを食べにでかけます。

都内にはもちろん有名なカツサンドのお店がたくさんある。

 

彼らにとって次いつ来るかわからない日本。

相当な回数日本に来日。さまざまな場所に深い思い出がある。

銀座東急も、赤坂キャピタルも。京王プラザも外人レスラーの宿泊先では有名なところ。

 

ここのカツサンドはうまい。

なので今日はここにお連れし軽く明日の作戦会議でもするとしよう。

京王プラザは私にとっても思い出。何十回ここでみんなでミーティングしたことだろうか。

 

 

明日が大事な試合なので今日はテレビ出演後早めに解散の予定。

明日の大一番に向け、後ほど意気込みを聞いてまいります。

 

最後のTシャツ販売も4時からいたします。完売直後に終了となります。

試合後は大広間で引退記念パーティー。パーテイーチケットはもうすでに完売。

最初は翌日に行う予定もあったのだが、結局は大正解。

 

 

明日は私も全エネルギーを出し尽くしてがんばりたいと思います。

明日の試合をお楽しみに。


 

ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長



とうとう残り2試合
2008.02.28

昨日は水戸大会。

朝、まだ雪がかすかに積もる諏訪を10時に出発。双葉サービスエリアにてブランチ。

ドリーさん一行もまだ朝飯前。ということでやや早めに。11時に。

 

ドリーさんは試合前は完全に空腹でないと体調が良くないらしい。

昔鈴木みのるも言っていたのを聞いたことがある。 

逆に長州力、マサ斉藤さんらは試合前や特に練習前は食べてからやるタイプ。

確かに何か食べてからやると筋肉はパンプする。私もどちらかというと食べるほう。

 

 

ヨーロッパキャッチの控え室は全員見事にビール。

試合でへまをしたり時間に遅刻をしたり、忘れ物をしたり、

ボーイズの風紀委員みたいな役割が大御所のトニーセントクレアーとデーブ・フィンレー。

それを帳面に書きとめるのが風紀委員の書記のような存在のロビーブルックサイド。

大体遅刻やへまをしでかすものは半年も一緒に行動すればある程度特定してくる。

 

 

私がいた97年組みでは無我に2度きた、オーストラリアのマーク・ハンターであった。

へまをしでかすと罰として500サイズのビール1ケースを買ってこなければならない。

そして控え室の備え付けのボーイズの冷蔵庫に冷やす。

常時10ケースは積み重なっている。

だから試合前、試合後、みんな何本飲もうが誰からも文句言われない。

 

 

私のレスラー生活経験でも忘れられない思い出となった

ヨーロッパの大きな思い出のひとつ。

私も一度だけへまをした。

私のように正確で丁寧で責任感いっぱいの人間がしでかしたこととは。

キャッチトーナメントがスタートするオーストリア・グラーツの初日の前日一試合だけ、

隣町のウィーンで試合。そこのプラターという遊園地がある。

007リビングデイライツでここが撮影される。

 

 

そこのロッカーに大事な着物を忘れてきた。

カルロフさんがわざわざ次の日に届けてくださった。

ということなので97年の最初にビール購入者となった。

オーストリアはゴールデンファッスルかガッサーという名のビール。

 

 

ウィーンは面白かった。私は今でもヨーロッパの中で最も好きな町。

町が非常に歴史的建造物が多く、そしてキレイで静か。

ボヘミアンチックなカフェがあったり、石畳の道があったり観光用の馬車が走っていたり、

そこにしゃれたレストラン、カジノ、お土産や、日本人におなじみの天満屋レストラン、

名前は忘れたが焼肉屋もあった。

 

 

私が中でも毎晩のように通ったのがカールスプラッツの

ホテルブリストルの裏にあるサンカルロ。

選手は基本的に全試合が終わるまで控え室に待機していなければいけないのだが、

よく抜け出してレストランに走っていってラストオーダーぎりぎりで食べに行ったものだ。

 

 

生ハム、パスタ2品、リゾット、メインディッシュにえび焼きか肉料理、

それにデザートのティラミス。

ワイン1本。炭酸水1本。これで6000円程度だった。

帰りにその横のバーで1杯引っ掛けて

タウブスツメンガッセのヨーロッパ以外の国からきた

レスラーたちが借りている学生寮に帰る。

 

 

リビングではみんなで試合の反省会。そこでまた一杯。

レスラー同士、戦法や戦術の討論をしたってみんな一緒になるのは考えられない。

みんな自分が正しいと思っている。

 

 

そんなとき、いつも同意であったのが無我に呼んだマーク。

この男とはよく飲み、よく語り、泣いたり笑ったり。

もうあれから11年たっても絆は全くかわらない。

東京に来たときも基本的には私の千葉の太東のマンションの

ソファーベットに喜んで寝ていた。

本当に良き仲間がいろんな風にできていった。

 

 

 

さてドリーさん。とうとう残すところあと2試合になってしまった。

今日は、つくばで試合。試合後すぐに帰京。

昨日の毎日新聞の朝刊にドリーさんの記事が連載されました。

昨日は日本テレビ、デトックススポーツの取材。明日はサムライ生出演です。

しかしもう明後日で全てが終わり。

 

 

3月1日、4時開場いたしますが残り少なくなったTシャツ販売し、

購入者のみ直筆サインがはいります。希望者は早めに会場入りしてください。

 

 

ではまた。


 

ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長



師匠と弟子
2008.02.27

一昨日の夜中から長野県諏訪は雪。昨日は移動がない分、かなりゆったり。

試合場には4時半過ぎに到着。お客さんがまあ、雪の中大勢いらしてくれた。

またものすごいのりのいい会場の雰囲気。

ここまで盛り上がったのはもしかしたら新日本の沖縄大会以来くらいかも。

 

プロレスを知らないお客様がたくさん集まると、レスラーも知らないし、

技もルールも知らないから、あっけにとられて黙ってみているのが万国共通。

 

雪で当日のお客の入りが心配されたが蓋を開けたら超満員。

ドリーさんも元気いっぱい。

いったんリングインすると元気と気合がはいりなかなか帰ってこない。

本来なら私のような弟子たちが師匠を守らなくてはいけない立場なのに。

 

 

帰り松本市内は雨。

塩尻から岡谷までチェーン規制。私のリンカーンはチェーンもない。ノーマルタイヤ。

とりあえず高速に向かう。松本インターでは検問ないし。そのまま高速。
塩尻で降りて一般道を通ろうとしたが、そのまま検問らしいものを通過してしまった。

 

なるようにしかならない。これは私の持論。あわてても騒いでもしかたない。

とりあえず進み。そこで考えよう。

 

 

岡谷ジャンクションあたりから激しい雪と積雪。

運転は私、ドリーさんは助士席。マーティーさんは私の真後ろ。

一気にみんなシートベルトを確認しだした。すかさず、Trust Meの一言。

 

このまえ豆まきの時に比べればたいしたことはない。

しかし人を乗せ、しかもドリーさんをのせ事故を起こすわけには絶対にいかない。

なんとか無事に到着。

 

そのままインター近くのステーキハウス。

テキサスブロンコとビーフテキなんてなんだかすごい粋だ。

リンカーンに乗り、大勢のファンに囲まれ試合場を後にし、

高速をおり、町のとあるステーキ屋で腹ごしらえ。

なんだか昔のレスラーみないだ。

 

飲酒運転になるから一切私は飲まないが、これに大ジョッキのビールでもあったら、

おもいっきりアメリカ巡業の旅のよう。

 

 

ドリーさんは普段はまったく赤い肉は口にしない。

砂糖も塩分もうんと控えめ。酒もタバコも。

しかしミスターファンクにはやっぱりステーキが似合う。

カーボーイジャケットを着て食す。

 

旅も後半。すこし風邪気味になりつつあるドリーさんにふんだんにガーリックソースを。

もういよいよラスト3試合。諏訪から水戸までの今日は運転。

今シリーズ中の最長ドライブ。

 

引退記念シャツは買いです。直筆サインがはいります。

 

 

皆さん、雪道の運転は気をつけましょう。

 

 

昨日試合会場で征矢学のお父様と対面。

無我後楽園大会での彼のデビュー戦のとき以来ではなかろうか。

 

長野県下の消防署の現場監督。大変な厳しいお父さんだったそうだ。

征矢の一つ一つの行動を見ているとどれだけ厳しいしつけをされていたかがわかる。

 

千葉の道場のほうにも彼の様子をみに訪れて見えたが

私自身が多忙でご挨拶もできずにいた。

しかしながら昨日は本当に喜んでくださっていた。

 

私が彼を無我から全日本に引っ張ったときも、

というか経緯から言えば私は最初は日本からは当分帰らぬ

世界をプロレスしながらの放浪を考えたのが先なので、

そこに征矢をいくらなんでも連れて行くわけにはいかないので、

全日本に預けようか思ったのが最初。


行動を起こす際に一切、関係者マスコミ、親、友人には内密でわれわれ二人で動いた。

密談した池袋のワインバー、すし屋。いまでも昨日のことのよう。

 

 

結果は昨日の彼のメインでの大活躍ぶりを見れば

ご両親も納得していただけるであろう。

このたった移籍してから4ヶ月で体も見る見るうちに大きくなり、

笑顔もふえ、何よりも道場の切磋琢磨する仲間がいることがよい。

 

 

本当にその際はご心配をおかけしました。

どうぞ暖かくお見守りください。

 

ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長

 



レスラーの服装
2008.02.26

全日本本隊ならびに外人組みは試合をおえるとそのままバスで帰京。

我々ドリーさん一行のみその町に滞在。試合が終わるのが大体9時前後。

シャワーも浴びずに私の車でホテルに直行。

 

時にはホテルに寄る前にレストランで食事してホテル。

もしくはホテルがすぐ近くの時にはホテルに一旦車をパークさせ、

タクシーか徒歩で近くのレストランへ。

 

そうすれば私も飲める。

私が飲めばファンク夫人も飲める。

わたしは基本的にお酒なら何でも合わせられる。

 

 

ここがドイツだとすればシャンパンなんてまず出てこない、ドイツでの基本はビール。

ビールがチェイサーでシュナップスという蒸留酒がメイン。

40数度の胸が焼きつくような酒を何杯も飲む。

レスラー仲間が相手なら意識がなくなるまで。

沖縄の高校生みたい。

 

しかしここで飲めなければ次の控え室での雰囲気が一変してしまう。

この職業に就き、この職業しかない。

わたしがわたしがでは誰も相手にはしてくれない。

絶対に私はできませんという言葉は通じない。

 

それを言った時点でもうギブアップ宣言をしたのと同じ。

嫌ならやめればよい。ただそれだけのこと。

 

 

昨日の昼はすばらしかった。

Eau de pureという日本語でオー・ドゥ・ピュールという高崎市にあるレストランに。

すべて無農薬。

水もオーナ−自ら山にとりに行くというこだわり。

 

シーザーサラダ、にんじんのスープ、アマダイのソテー、

ふかひれとロブスター、しめに坦々麺。

心のそこからドリーさんご夫妻も大喜び。食事に気を使う。

 

何十回も日本に来ていて何十回も超一流の食事に招かれているし

全米では常にファーストクラスライフ。

その方々を食事に招くというのはまさに、国賓レベルの方々との外交のよう。

 

中曽根さんがドナルド・レーガン氏とあそこまで仲良くなれたのが

本当にすばらしく振り返られる。

外交というのは生半可ではできない。

 

まあ、わたしもここまで尊敬の念がなければ

一日中お世話係というのは考えれられないが。

24時間ずっと話を聞いていたいと思える外人だと、

ドリーさんと3代目ボンドのロジャー・ムーアくらい。

 

 

すばらしいランチの後、車は長野県諏訪に。

いったんホテルで休憩。私は軽く運動。

ホテルの大浴場で一風呂浴び、仮眠。ひさしぶりの昼寝。

 

夢に天山がでてきた。

彼は首の調子は大丈夫なのだろうか。

極道の秘密組織に呼ばれわたしは次の食事会のために出発準備するのだが

持っていた大切なライターが見当たらない。

 

一生懸命探していると隣の和室では極道の幹部連中が重要な会議を行っている。

会議が終わったとたん部屋の扉が開きそこからでてきたのが天山。

不思議な夢だ。何を意味するのだろうか。

 

 

夜は諏訪にあるロイヤルホストへ。

もちろんヤンキーはいない。隣のテーブルには地元のおばちゃんたち。

昨日の食事中の会話はレスラーの服装。

 

私自身が90年に入り、その4月からちょうど坂口さんが社長に。

結構な割合で巡業にも帯同されていた。

 

坂口さんは服装は常にスーツ。

身だしなみにもかなりうるさく注意を払う。

坂口さんがあまり巡業に来なくなって現場を仕切るのは長州力。

ここら辺で変わったと思う。

 

だんだん何を着てもよくなってきたような風潮が始まった。

服装は自分自身のセンスの問題でもある。

 

 

去年の6月、ゴッチさんがなくなる一ヶ月前。

私はスティーブ・カーンの誘いでタンパのダウンタウンにある

セントピーターズバーグタイムス・アイスパレスという会場にWWEを見に行った。

 

試合もすばらしいし、バックステージもすごい。

もっと驚いたのがチャンピオンやベテラン勢ならともかく

すべてのボーイズがジャケット着用だったこと。

これは彼らの会社からの正式なルールらしい。

 

95年に新崎人生やブル中野を応援にシラキュース・NYに行ったときはまだ、

チャンピオンのブレッド・ハートくらいしかジャケットまでは会場入りのさいは着ていなかった。

 

野球の選手は駅で見かけるとスーツにヴィトンのバックが一般的。

バスケもメジャーリーグも記者会見は常にスーツ。

 

その点プロレスはだらしない。

92年か93年ころ。

東京スポーツ大賞が銀座東急ホテルで開かれていたころ

新日勢は全員スーツ着用が前日に坂口さんから通達。

いざ、パーティー会場。ここで教育のある団体、ない団体の認識がわかれる。

 

はっきり言おう。

インディの会社はこのようなところで差がつく。

団体名は言わないが、銀座東急のパーテイー会場で

ズバスパンツにTシャツに運動靴の集団がいたくらい。

 

坂口さんが思わず、チェッと舌打ちしていた光景を思い出す。

一般人だろうがレスラーだろうがホテルにズバスパンツは非常識もいいところ。

私はこのころからインディへの批判的な見解を取るようになった。

いい見本もいない。それでは仕方がない。はっきり言って上の責任になってくる。

 

ではNWAの時代はどうだったかを聞いてみた。

70年代。たしかに荒くれ男たち真っ盛り。

だからこそプロレスのステータスをあげようとしたチャンプたちが会場入り、

ファンの前、移動の時は必ずスーツだったそうだ。

大変にいい心構えだとわたしは思う。

 

確かにジャージスタイルはいごこちがいい。

しかしわれわれは夢を売る商売。

ジンキニスキーやドリーさんのお父さんが口すっぱくボーイズに指導していたそうだ。

 

チャンピオンになったら、服装をピシッとし、いいホテルに泊まり、

いい車に乗り、行動と言動に細心の注意を払いなさいと。 

ドリーさんもチャンピオン時代、常にスーツ

日本に来るときも必ずスーツを一着か二着持参。

 

 

そういえば新日本では中西がそう。しかもある日突然。

昨日までいつも同じ靴、同じジャージ、同じ顔。

次の日からスーツ、黒の短靴、インテリめがね、東京弁。おどろいた。

 

永田裕次が3時間笑っていた。

ここまで漫画のようにそのあくる日から変わられても。

どうやら蝶野さんの世間話をそのまま受け入れたらしい。

このまえ広島で見かけたらやっぱりスーツ。

頭の中身もスーツ着用にしていただきたい。

 

じゃあ、何を着ているかはご想像にお任せ。

たぶんすっぽんぽん。

 

極論から極論までお話しました。

どう見られるかを気にするのは重要なことなんです。

 

 

今日もいい帝王学の勉強でした。


 

ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長



伝統と歴史
2008.02.25

前橋で試合のあと毎日新聞の取材。もちろんドリーさんに。
前橋ロイヤルホテル。最上階のフレンチレストラン。

 


ドリーさんは食前、食事中はいつもジンジャーエール。食後はホットチョコレート。
92年にもうすでにお酒はやめている。41年生まれだから51のときに

酒を断ったということになる。渕さんは54歳。

プロレスもクラブ活動もお酒もすべて現役真っ只中。

 


タバコをすわないのはさすがスポーツマン。武藤さんもタバコはきっぱり。

お酒は本当に時々。あれだけ、新日で私が付き人時代飲まれ、吸われていた方が。

考えなれない。

 


昨日の取材中はマーティーさんと私でモエを。
御夫人はシャンパンが大好き。ご機嫌を保つには重要なアイテム。
しかし来日以来、ずっと毎日私がテイクケアーしているのだが、

もちろんすべてうまくいっているわけではない。

 


机でもひっくりかえしたくなることだってある。
しかし私が切れてしまったら、この引退のプロジェクトはすべてなくなってしまう。
仕方ないではすまされない。重要なんてもんではない問題。

 


スケジュール管理、運転、ガイド、レストラン案内、メニュー案内、

Tシャツ販売の際のサポート、写真やサインの規制、忘れ物チェック、

朝ごはんは基本的に別々。

 


朝の出発から始まり試合後の取材や食事会が終わり、ホテルで解散までの間、

すべて付きっ切り。わたしがもしも私でなかったらとおもう。

 


歴史と伝統に心から敬意を表するからこそじっくり一挙手一投足をきいていたい。
ものすごい私にとって多分こんなに2週間NWAチャンプと行動を共にする経験というのは
またとないであろうし間違いなくドリーさんとは最後。

 


せいぜいフロリダで出会っても数日。私は帝王学をすべて勉強する期間だと思っている。
そこまで興味のない人間だったらたぶん、眠いとかだるいとか、
もっと自分の自由時間がほしいとか言うであろう。

 


自分の自由時間は3月1日が終わればいくらでも取れる。
そこまでは自分の時間は要らない。すべてを学びたい。
毎日新聞の取材のときのひとつの質問で、NWAチャンピオンとしての

やるべきことはの質問。非常に興味深い。

 


まず最初にあげるのは一般の人たちに対しての影響ときた、

そのはかには子供に対しての教育と影響。
品格とマナー。リーダシップ。服装。言葉使い。私は鳥肌が立つほど感心。

 


やはりオールドファッションはすばらしい。

それに比べ超現代的なレスラーはどうかとおもう。
そこら辺の学生と変わらぬ行動と言動と服装に品格に人格。

 


馬場さんがキャピタル東急をはじめとしたホテルライフを好む理由や
自分自身がそのような環境におく理由がわかる。

 


4年半NWA世界ヘビーのタイトルを保持。
全米30のNWAメンバーのテリトリーをまわり1週間に多いときは8回試合。
そのうちの半分以上は60分引き分け防衛。

 


レスラーになると60分引き分けの試合を経験したことがあるかないかで
レスラー仲間同士の勲章のような感覚になる。

 


アクシデントや怪我や事件事故。すべてが勲章。どこで試合したかも勲章。
ジャクソンビルで昼間に試合、試合後すぐに飛行機に飛び乗り
2時間半のフライトでノースキャロライナで試合もあったそうだ。
この日は一日2回、60分引き分け。

 


相手も強豪だっただろうからそう簡単にはかてない。
もしくは王座長期防衛のために負けない試合をやったのであろうか。
ジンキニスキーから王座を獲得。ジャックブリスコにまける4年半。

 


チャンピオンという言葉は世の中でも使われるが、まさにこの人にある言葉のようだ。
日に日に奥の深いところにきている。

 


試合はなんと半分がすでに終わりあと4試合。4試合ですべてがおわります。
3月1日用事がある人や最初からペイパービューでみようとしているひと。
いかなる言い訳も今回は通じません。

 


3月1日をみなくてNWAを、オールドファッションを、伝統と歴史を、
古き全日本を、決して語ることはできません。

 


プロレスとはなにかをもう一度だけ、考えていただきたい。

 


それを見つければ人生とは何かまで必ずや理解できるヒントはあるとわたくしはおもう。
今の流行のスタイルしか見たことない人も、ものすごくとてつもなくすばらしい

研究材料から考えていただきたい。


ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長



ゴッチさんの教え、ドリーさんの教え
2008.02.24

昨夜は、いい夜だった   蓮田の体育館 
地方興行として成功だったのではないだろうか
 

 


よく入り、よく盛り上がり   地方独特の雰囲気   後楽園でもなく両国国技館でもなく  
ドリーさんの動きが最高   もうすぐ引退が信じられないくらい  

 


昨晩は久喜にてドリー晩餐会  武藤さん、カズハヤシ氏も一緒に  
埼玉県下のスポンサーパーティー  ワインがすすむ 
一次会、イタリアン  二次会で焼肉屋  なんともレスラーらしい
 

 


まもなく三月に入るが酒を飲まなかったのは一日のみ  
睡眠は満足とれている分、コンディションは逆にいい 
飲まない食べないのときほど体に力の入らないこともない  

 


車の移動中にパットオコーナーの話  
かなりのプロレススタイルの原点となるスタイルを確立している  

かなり興味深い話   クラシックスタイルがあれば現代の超近代的スタイルもある 
すべてプロレス  なにを自分の武器とするか 

 


新日本道場から始まった私のキャリアだが、
私はヒロマツダさんからクラシックスタイルのとりこになりはじめさせられた 

 


ビリーライレージムでのランカシャー   ヨーロッパ、
オットーさんの団体でのユーロピアンキャチスタイル  
ゴッチさんの教え、ドリーさんの教え 

 


私は本当にフロリダにいってよかったし  いい師匠を持った 
そして歴史と伝統を尊重する全日本にはいってよかった


ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長



ハァー???
2008.02.23

昨日は栃木の矢板で試合。
控え室にユセフ・トルコ氏がドリーさんを尋ねてきていた。

 


試合後、今日の試合地に前乗りの形をとり久喜に。驚くほどに周りには何にもない。
ホテルも完全な住宅街の真ん中というまえもっての情報。

 


インターを降りて目に入ったのがBIGBOYというファミリータイプのレストラン。
これしかほかにお連れするところはない。

 


NWA世界ヘビー級の元チャンプをファミリーレストランに連れて行くというのが
たまらなく私にとって恥ずかしい。まさに男の恥。

 


中に埼玉の田舎のヤンキーでもいたらどうしよう。
タバコぷかぷかの不良どもがいたらどうしようと考える。

 


飲酒運転もそうだが、傷害事件もすべてを失うと考えたほうがいい。
ヤンキーのいそうな場所には最初から行かないのが懸命。
しかし昨日の晩はここしかない。

 


変なあやしい軽自動車がとまっている。嫌なよかん。でもしかたがない。
最悪、ドリーさんにエルボースマッシュで倒してもらおう。

 

 


扉を開けるとだれもいない。空気もきれい。店員がチョーギャル。
ドリーさんを長いまつげのしたからにらんでいる。

 


カーボーイジャケットを羽織り、カーボーイハットをかぶる外人は
彼女たちに思いっきり怪しく思ったのだろう。
もちろん彼女たちは彼のことをNWAチャンプとはわかるはずもない。
NWAをノースウエストエアラインとでも解釈はできない。

 


東京にも数回しかいったことないような顔立ち。
あやしい軽自動車はようは彼女たち従業員の車。

 


白ワインをたのみ、奥さんが半分のみ。
残りの半分を私の持ち帰り用として頼んだら、ハァー???の一言。

思いっきり馬鹿にされた。

 


赤ワインまでボトルでもう一本頼んでもって帰ってきた。
部屋でテレビを見ながらワインを頂、昨日は早めに就寝。

 


ヤンキーギャル対ドリーファンクジュニア60分一本勝負の

変わった光景が見られた。
これはこれで面白い間合いだった。これもプロレス!!


ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長



最初で最後の食事
2008.02.22

久々に試合後に特にこれといった食事会はなし 
静岡で試合後、みんなは東京に   我々は静岡どまり  

 


静岡にとまったのは何年ぶりだろうか  
静岡くらいなら東京にもどるし次の試合地がより西なら名古屋か大阪まで移動  
合計で十泊したことはないくらい  

 


前回はいつだったか考えたらnwoの時代  
私はマサさんや服部さんがいた二千年最初の頃はよく外人バスにのっていた 
その日スコットホールはだいぶバスのなかで酩酊   しかもかなりたちの悪い酔い方  
スコットノートンといまにも喧嘩が始まりそう  

 


なんとかその晩にホテルに戻り私自身も食事にいこうとエスカレーターを降りたら
降りたところに長州力が仁王立ち 
私にとって最初で最後のふたりでの食事がこの時に発生した

 


私はひたすらコロナビール  隣の男は芋焼酎のロック 
正確には覚えていないがかるく二十杯は越えていた 
そのあとよくやく海野レフリーが合流
 

 


三人で静岡の町をショットバーをさがしにあるいた  
隣の男はポロシャツに膝までのショートパンツに素足でデッキシューズ  
まだWJ旗揚げまえにもかかわらず車が通ろうがど真ん中をあるいていた 
これがすごいと思うか非常識とおもうか 

 


車で首都高の道の真ん中をとおるのが得意なのは星野さん 

 


話は戻るがそのギグを思い出した  
同じレストランはなかったが同じ場所に様変わりをした洋食やさん  
私はハンバーグステーキ   ドリーさんはポークカツレツ
 

 


昨日が二十二回もの結婚記念日   私からのシャンパンでのお祝い
六、七年前には長州力とのギグ  
まさかその時にドリー夫妻とシャンパンで祝っているとは考えもつかない 

 


裕次郎の歌じゃないが、思い出さがしとは人生の大きな楽しみ  
昨日もいい夜だった

 

 


ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長



帝王学
2008.02.21

ドリーさんの門下生が道場入りしたといこうともあるのと、道場を見たいという希望と、

そしてなにより私自身が全日本の若者たちに

ドリーさんの帝王学に触れさせてあげたかった

というのが目的で横浜の全日本道場へお連れする。

 

 

本当は当初彼らの

練習に対してのアドバイス程度

で道場を訪ねたのだが、

リングに上がるや否や

体がうずいたのだろうか

直接技術指導がはじまった。

 

ボディスラム、

フライングメイヤー、

ロックアップ、ヘッドロック、

アームドラック。

横で見ている私のほうが

感激。

 

 

そして最後に記念というか勉強というか、

全日本の道場生ひとりづつ ロックアップ、ヘッドロックをドリーさんと一対一。

奥さんがたまりかねて30歳若いあなたがなぜやらないのと、不機嫌絶好調。

 

 

 

しかし私の17年のキャリアくらいでは

40年以上の帝王学に足元にも及ばない。

ドリーさんとロックアップができる機会は

まずこれからフロリダに行かない限り

彼らにはない。

 

 

どのくらいのタイミングで、

どのくらいの力のバランスで、

どのくらいの腰の入れよう、

どのくらいの腕、

肩への力のかかり具合かを

直接感じてもらう。

 

 

 

 

全日本に入ったからには歴史と伝統を尊重する気持ちがなくてはならない。

プロレスは何回も繰り返して言うが経験とキャリアのスポーツ。

基本にこだわればこだわるほど奥が深い。

 

 

ドリーさんはヘッドロック

ひとつで試合を進めてしまう。

飛んだりはねたり、

ワンツーキックアウトの応酬、

やたらむやみに頭から落とす

技の連発などまったく

必要ない。

 

本当に凄いことだ。

技を出せば出すほど

軽く感じる。

技がかかるまでの

プロセスが大事。

 

 

私も、みんなも大満足な昨日であった。

夜はホテルの天ぷら屋さんにてパーティー。

本日が22年目の結婚記念日らしいということもあり、

昨晩のディナーを招待していただいたスポンサーから二人にドンペリのプレゼント。

ドリーさんはお酒は飲まないから結局はマーテイー、私と渕さんがいただきました。

ドンペリと天ぷら。 その後は銀座へのクラブ活動。

 

 

一昨日といい昨日といい天国のような2日間。今日から残り8試合。

みなさま本当に本当にお見逃しなく。 

全日本の歴史を動かした人があとわずか8試合で終わるのです。

 

 

3月1日、お待ち申し上げます。


 

ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長



ものすごい貴重な時間
2008.02.20

昨日朝は白河からドライブ  途中に佐野で休憩

ドリーさんはチャーシュー麺  さすがはアメリカ人

ラーメンを食べようが絶対に音を立てない

 

ゴッチさんは大の日本好き   しかしいつも言っていた

日本人の習慣で食事をするときに音を立てるものがいると

ずるずる ちゃぷちゃぷ 犬ぐい

 

 

確かにこの三つは欧米諸国からすれば最低のマナー

蕎麦を食べるときは日本ではむしろ音を立てておいしさを実感する

欧米が基準でなくとも犬ぐいにちゃぷちゃぷぐいはよくない

私のまわりにも何人もいる

 

 

食べ方というのはずばり育ちがでてしまう

一番マナーにうるさい皇族のルールなら規則だらけ

箸の位置 食べる順番 椅子を深く腰掛け背筋を伸ばす

箸でやや遠くにある茶碗を引っかけて手前に移動することや

食べながら口にものを入れたままお喋りにこうじる姿は本当に醜い

 

 

ドリーさんもゴッチさんも箸の持ち方にしろ完璧

昨晩はシャンパンをいただきながらの魚料理

ドリーさんはウナギが嫌い  あとは何でも食べる

 

マーティーさんはティピカル西洋人

赤みやサーモンをこのみイカやタコはダメ

大阪からわざわざいらしていただきましたお客様と豪遊

 

 

ちなみにドリー門下生のライアンは一昨日のしょっぱい試合を反省し道場送り

未だキャリア一年の青年が毎晩パーティーははやい

 

リンカーンで送り迎えに毎晩接待 

これはドリー夫妻に対してのもの

 

楽しかっただけでアメリカに返すだけなら教育によくない

ネイビーあがりの彼は都内の高級ホテルから合宿所の相部屋に

すぐさま駿河選手がお迎えにきた

 

なんだか鑑別所にでも引き取られる気分

道場のパジェロが白に青い線の護送車にみえた 

駿河氏は看守

 

さっそく昨日の晩から特訓開始

みんな礼儀も正しいし いい練習をしている

 

 

魚料理に我々はエンジョイ

そのあと赤坂の交差点にあるエクセル

昔の赤坂東急の裕次郎お気に入りのバーに行ってみた

 

影も形もない  バーゴンドラがない

おしゃれなレストランに聞いたら10年以上前に改装になったらしい 

そういえば私は前回来たのは96年  時が経つのははやい

 

 

昨日の白河からの車中も昔の思い出話

記者を乗せてすべて記録に残したいくらい

 

テッドデビアスの話し  ディックスレーターの話し  マツダさんの話

テリーの話  テリーゴディの話   ものすごい貴重な時間   プロレスはすばらしい

 

 

11時解散   渕さんと私はクラブ活動

昨晩は銀座   昨日ものみ歌い  3時帰宅

 

今日はこれから道場です


 

ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長



なにはともあれ二試合終了
2008.02.19

一昨日後楽園の試合後四時スタートで食事会。

そのあとホテルのバーで飲みなおしエンジンが完全に入ってしまう。

 

ドリー夫妻は七時半ややはやめに部屋に

私はドリーさんの門下生をつれ大塚に

 

まずはカラオケ   飲み放題プラン   赤ワインの嵐

飲めません食べませんならレスラーにはなれない

 

私自身も散々食わされ飲まされた  胃袋は鍛えれば強くなるものだ

ライトビールで満足していた二十代前半がなつかしい

 

ヨーロッパ遠征後はおもいっきりハードリカー派に

みんな試合前からよく飲んだ   飲まないレスラーはその時点でまわりから軽蔑される

飲まない、食べない、金払い悪いは一番きらわれる

 

 

ヨーロッパのレスラー仲間だけの話ではないが

散々飲もうが酔っ払って試合をしようがいい試合ができるのが最低条件

 

トニーセントクレアー、デーブフィンレー、フランツシューマン等と本当によく飲んだ

ライアンをつれ大塚のカラオケ  まずはフランクシナトラ   ニューヨークニューヨーク

 

外人でこれを知らなければ人生やり直したほうがよいくらい有名 

しかしアメリカ人は驚くほどみんな音痴

 

三沢さんの右に出るものはいないが

三沢さんは小学生のときクラスでの歌の発表会で

あまりにもみんなと違う音程しかでない

先生から、あなただけわるいけど口パクでやってちょうだい

と言われその言葉に傷つき歌が嫌いに

 

しかし今じゃ毎晩裸踊り。同じ歌を日本全国毎晩歌えばいくらなんでもうまくなる。

しかしその歌以外はダメ。一番ダメなのはいとしのエリー。

バラード系はよりひとびとを悲しくさせる。

 

 

昨日は一時に都内のホテル発  四人で私の車で移動   白河まで二百キロ弱

羽生のサービスエリアにて昼飯   私はとんかつ  ドリーさんは五目あんかけ焼きそば

 

試合場に四時入り   私はウォームアップ  ドリーさんは東京スポーツ取材

しかしまだまだ全然動ける  コンディションもいい  これが最後とは考えがたいが最後

 

 

試合後、全日本バスは道場に直行   我々だけ白河市滞在

私もいくらなんでもこの町に関して迄は無知

 

ホテルに車を置き歩いて食事するところを探す

怪しいスナックが数件   あとは養老乃瀧しかないので養老乃瀧に

 

ドリーさん夫妻ともどもタバコの煙が一切ダメ

居酒屋で完璧なノンスモーキングルームなど聞いたことがない

アメリカに比べると全然未だ禁煙運動はゆるい

 

ドリーさんの食事は秋刀魚の塩焼き、山芋と納豆の鉄板焼、

もずく、鳥の唐揚げ、焼きそば、餃子、ごはん   納豆が大好きらしい

一切のタバコ、酒、カフェインをとらない

 

タバコはとくに父シニアさんがすごくうるさかったらしい

しかし弟のテリーは小さいころから隠れて吸い出したそうだ

 

私はたばこはほとんど吸わない  葉巻だけ

しかも物思いにふけるときに  道を歩きながら吸うものでもない

  

昨晩は居酒屋さんで解散12時

その後ライアンをつれバーを探すがないのであきらめて我々も解散

 

 

この男、前にも話したが元々アメリカネイビーの戦闘機のパイロット

私に捕まれば一晩飛行機の質問攻め

 

一番おもしろい話だと、世界で一番むづかしい着陸は

一番アトランタ  二番フランクフルト  三番サンディエゴらしい

 

管制塔の指示が猛烈に指図が厳しいらしい

それに今すぐしたがわなければ着陸の順番待ちがうんと後回し

 

アトランタに着陸準備態勢が整ってないうちに着陸許可の指示が

今しないとまた順番が十番目以降に回される  あわてて前の飛行機の後ろにつき着陸

 

前の飛行機はボーイングの旅客機   彼のは戦闘機のF5

あまりの速度のちがいにみるみる距離がちじまりあやうく大惨事になるところだったらしい

 

 

しかしなんでレスラーになったのだろうか  かわった奴だ

二十歳でドリー門下生  これももっとかわってる

なんで二十歳の若者が七十年代の帝王学に興味があるのだろうか

そしてあのレベルの高すぎるほどの技術と戦法。

 

私がドリーさんにたどり着いたのはキャリア十年

一年や二年では逆にレベルが高すぎてわからない 

気合いだ気迫だの世界しかみるチャンスもなかった

 

 

なにわともあれ二試合終了  引退まであと八試合

 

今日と明日はオフ  また食事会のリポートをお楽しみに


ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長

 



あの名曲。
2008.02.18

私個人的には時差ぼけでもないので普通に朝起きるのはややつらい。
しかしながらドリー一行は時差ぼけほど12時からの後楽園が

体調的におうものはないのではなかろうか。

 


東京マラソンもあり水道橋近辺は交通規制がびっしり。

早めにホテルに迎えに行き後楽園ホール到着。

 


今シリーズの引退記念Tシャツが猛烈に売れた。

買っていただいたお客様全員にドリーがサイン。
昔懐かしい全日本カラーのやや薄めの赤がなんともノスタルジック。

 


あの伝説のスピニングトーホールドの曲がながれ入場。
ツアー初日であるが、何百回もあがった後楽園のリングは今日が最後。
かれよりも私のほうが感傷にひたるかのよう。
ほんとうにほんとうにこの全日本のリングで呼べてよかった。

 


全日本のリングで全日本のリングアナで新日本とは逆となる

メインのコーナーに立ち、そしてあの名曲。
リングにあがるだけでもう胸いっぱい。やっぱりプロレスはすばらしい。

 


いままで何千回とこなしてきたエルボードロップ。
何万、何億回とやったエルボースマッシュもまだまだ思いっきり健在。
渕さんと徹底して昨日は黄門さまのために助さん角さんやくにまわった。
ほんとうにいいものをみせてもらった。

 


試合後は全日本のスポンサーパーティー。武藤社長、渕さんも参加。
その後はホテルのバーでドリーさん、マーティー、ライアンの4人で

私の招待でシャンパン。パイパーヘイドシック。ドリーさんはジンジャーエール。

 


プロレスのすばらしさ、今日の試合の反省、

今回呼ぶに当たってのさまざまな紆余曲折、
全日入団までのプロセスをおおいにかたった。

 


まるで昨日のバーが70年代の演説のバー、。インペリアルラウンジと化した。

 


インペルアルラウンジとは私もまだいったことはないのだが、
当時エディグラハムのチャンピオンシップレスリング・フロム・フロリダの

活躍したレスラーたちがタンパのアーモリーで試合をおえファンもレスラーも

ごっちゃになって飲むバー。

 


ヒルズボロAVEとアールメニアのコーナー。

もうわたしがおとずれた93年にはすでになかった。
マツダさんから思い出話は山のようにきいたものだ。

 


そのマツダさんももういない。ゴッチさんももういない。

 


フロリダでの私の先生は3人。あとはもちろんドリーさん。

本当にフロリダに行ってよかった。

 


行けと命令したのは長州リキであるが。会社の命令はマツダ道場への入門。
ドリーさんに弟子入りし、ゴッチさんにも会ったのは自分自身の意向。

 


歴史にこそすべてがかくされているという見解は私は生まれたときからもっている。
新しいものを見つけ出すにはまず歴史を振り返らなければいけない。
温故知新。原点回帰。この言葉にかぎる。
昨日もすばらしい一日でした。

 


ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。

皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。

 

http://doryfunkjr.net/

 

ルパン編集長

 

 



ドリー・ファンク・ジュニア来日
2008.02.17

ドリーさん一行が東京に一昨日来日後

当ブログの編集長、スタッフとともに六本木のハードロックカフェ。

みんなドリーさんと同じものを注文。

 

ドリーさんは基本的に魚や鶏肉を好み、あまり赤い肉は口にしない。 

ずいぶん前に酒とタバコはやめ、かなり節制している。

 

私はつきっきりで運転があるので

本当はビールにバッファローチキンウイングといきたいところだが

飲まない時のお気に入りぺリエとダブルのライム。

 

これもインドスタイル。 

インドではのどが渇くとライムソーダが振舞われる。

もしくはキングフィッシャービール。

 

 

成田に到着したのが17時。

成田で会見を済ませ都内のホテルに20時。

1時間ほどシャワーを取り六本木に繰り出したのも10時。

マーティーさんがお気に入りのハードロックカフェグッズを購入。

1時間半ほど食事。

12時過ぎホテル。

これが15日。 

結局私は一滴も酒を飲まず。たぶん今年初めて。

 

 

昨日は15時全日本事務所にて会見のため14時半にホテルに迎え。

時差のため仮眠が大変不安定。

ロビーに30分遅れ。会見も15分押し。1時間記者会見。

 

奥様がカメラを忘れホテルに立ち寄りそのまま有明コロシアム。

猪木ゲノムに立会人として参加のため。北側の関係者入り口。

 

会場内に入るやいなやすぐに猪木会長のもとへ。私も緊張。

新日本をやめてからまだ一度もお会いしていない。

満面な笑顔ででむかえられました。

 

千葉の太東で真木蔵人さんに出会うときにあの方の顔の小ささに驚くが

昨日はその反対。

いつ見ても顔と肩幅のでかさに驚く。人間じゃない。

 

ドリーさんが入室後、すぐさまスタン・ハンセンが。うれしそうな顔して入ってきた。

試合を拝見。時差のためにあいにく猪木会長の誕生会は欠席に。

 

20時15分。試合終了と同時にリンカーンに飛び乗りホテルに。

がらがらの首都高速をとばし20時40分ホテルにもどる。

昨日の晩はここで解散。

 

私は大塚に。

すぐさま着替え家の近所で軽く運動。

その後、地元の中華料理店にてビールを少々いただき腹ごしらえ。

一軒だけワインバーに。昨日はイタリアの白。葉巻はLa・condessa。コンデッサ。

まるで石原裕次郎さんのヨットの名前。これもいくつかあるゴッチさんおきにいりの葉巻。

 

  

そういえばせっかく猪木会長の誕生日というので

ゴッチさんお気に入りの葉巻をプレゼントするために紙袋に入れて用意していたのだが

ドリーさんのおつきに忙しく、渡すのをすっかり忘れてしまった。

次回はいったいいつになるのだろうか。

 

 

葉巻は生もの。タンパで出来立てを購入すると触り具合が明らかに違う。

特にこの湿度の低い冬の日本では特に。

冷蔵庫の野菜室に入れるなどの保管方法はあるものの。出来立てにはかなわない。

 

葉巻はある意味ゴルフのようなマナーがたくさんある。

あわててパタパタと灰を落とすようなことは絶対にしてはならない。

タバコを吸いなれている人たちは非常によくする。

 

優雅な葉巻をスーツのポケットからとりだしても

ライターが100円ライターではしっくりこない。

ライターにもこってみる。ちょっとだけいいライターを買ってみる。

 

Zippoタイプならオイルを継ぎ足せば

結局は使い捨ての100円ライターよりも割安ということにもなる。

長く使えば使うほどに年季も味わいも増す。

タンパには持っているのだが

日本でも保管するための湿度を管理するボックスを探してみよう。

 

 

こればこるほど奥が深い。

プロレスもこればこるほどに。

 

さていよいよ今日開幕。

 

3月1日までの全日本のマットでのドリーさんの最後の勇姿を

思う存分お楽しみ下さい。

これこそがプロレス。



旅は道連れ、世は情け
2008.02.16

昨日夕方、成田到着

昨日のブログは成田に向かう途中に運転しながら思ったことを即書いたのだが

あまりに書くのに夢中で道に迷い、どんどん成田への着陸する飛行機が遠くなっていった

 

しかし最終的に時間すれすれに到着

成田にはワイエムエンタープライズの廣瀬さんが

猪木ゲノムサイドの選手の出迎えでばったり

 

二千年から毎月日米間を往復しているのだが新日本の専属の成田送迎の会社

桑田投手の専属でもある 

GAPのアメリカの社長もこの会社がお気に入り

 

 

今では私は毎回オレンジ色のリムジンバスに乗るようになったが

昔は行きも帰りもこの黒塗りのダッジバンを利用していた

たまに機内でスッチーと仲良くなりそのままこの車で都内に送ってもらうときなど

とっておきのかっこつけの道具であった

 

 

今はみんなと同じリムジンバス

チャボゲレロの来日の時もリムジンバス

超満員のバスでしかも私とチャボは通路を挟んだうえに前後している

 

来日前に電話で実は大喧嘩してしまった

契約条件のトラブル

私もあの時は言いたいことを言い、彼はそれ以上吐き出した

 

なんだかお互い牽制しながらの成田迎えだった

私は仲直りのつもりでしこたま買ったビールを二人でとことん飲んだ

新宿のホテルについてもまた居酒屋で続きその次の日も次の日も。

 

去年の四月ごろのブログを見るとでてくる

二人で六本木で大酔っ払い

チャボは勢い余ってひっくり返りひっくり返ったままの状態でも歌は続行

 

すっかり意気投合  成田から成田まで飲みっぱなし

最後には最高の友となり成田では涙の別れとなった

 

 

成田空港といえば名物おばさま 川勝さんがいた

ママさんの名で知られた方

 

新日本の航空券、アメリカ大使館、法務省、外務省、航空会社

ホテルについても全てのトラブルは彼女の力だった

新日本を影で三十年支えた方

 

こういう裏方がいて表が成り立つ 

体調をやや崩され非常に心配

 

 

さて今日はドリーさんを有明の猪木ゲノムにおつれする日

時差ボケできついと思う

私も最初の四日は箸を落とすほどきつい

 

旅は道連れ、世は情け

今日も充実の日にします



最後の迎え
2008.02.15

太東で最後の調整をすませ

そして明後日からのツアーで大活躍してもらう私の愛車を自分の手で洗車

 

水が冷たいが彼の体は鉄とはいえもっと冷たい 

わたしはせいぜい手だけ   なので我慢

 

 

いつも走り慣れた九十九里有料道路がなぜかいつもとちがう

太東のアパートから一時間弱で成田に着く

 

ちょうど片貝海岸の北側に位置する蓮沼辺りまで北に進み

そこを西に進路を変え埴輪道を直進すると成田に着く 

 

飛行機は茨城辺りで到着二十分前にさしかかる

高度を下げ蓮沼沖で管制塔からの着陸許可をもらい

我々自動車と同じ国道を進むことになる

 

太平洋を渡りアメリカ線が日本に到着のラッシュが3時、4時あたり

日航機、全日空、ユナイテッド、アメリカンの機体が

すぐそばに見える

 

なんども外人の出迎え、知り合いの出迎えに

成田まで車を出したことはあるのだが今日は胸が痛む

 

なぜならドリーさんを迎えに成田に来るのは

これが間違いなく最後となるから

送りに行く時は全てボロボロとなるのは

覚悟している

 

出会いがあるから別れがあるのはわかっているが

こんなにまで胸が痛む成田出迎えになるとは

 

最後の最後まで見届けたいと思う



成田で最終調整
2008.02.14

新日時代まだ私が千葉に住みかを確保する前

大塚の実家に泊まるよりも都内のホテルにいるほうが長かった

 

よく作家が原稿に集中するのにホテルに缶詰め状態になる

 

部屋もきれい  食事にお酒に  ジムがあればなおいい

 

ただでさえ日本全国巡業にでたらホテルが多くなるのだが

オフの時にもホテルに泊まっていた

リゾートホテル、シティホテル、ウィークリーマンション、国民宿舎、旅館、温泉ホテル

 

いい練習ができて、しっかり飯が食べれて

ほどよく酒を飲み、睡眠がしっかりとれるのがいい

 

作家じゃないが体調を上向きにするのにホテルほど都合のよく集中できるものはない

 

 

本当にいろんなところに泊まった

飯はうまくともジムがたいしたことなかったり、バーがよくなかったり

ベッドがいいとこ悪いとこ   混んでいるとこ空いてるとこ   さまざま

 

ニューヨークならセントラルパークウエストと六十三丁目のYMCAがお気に入り

完璧なジムがある  セントラルパークでジョギングもできる

空車を拾うのに一苦労する五番街とちがってタクシーが本当によく通る

 

コロンバスサークルのすぐ近くなので地下鉄も便利

しかもニューヨークにしてはやすい  140ドル   シャワーとトイレ共同なら60ドル

寝るだけに300も400は使いたくない

 

キーウエストならマロリースクエアに面したヒルトンがいい

最近ウエスティンにかわったが  ブレーメンならヒルトンかマリティム

ウィーンなら少し出してブリストル

マイアミならフォンテーヌブローか少し上にあがってバルハーバーシェラトン

タンパならグランドハイアット

 

 

さて東京ならどこかとなる

私にとっての隠れ家なのでホテル名は言わないが

高い都内をはずし東京から出たとこに静かでいいところがある  しかも安い

 

答えは成田

 

昨日からまた最終調整で成田に  成田山参道にチョーお気に入りのバーがある

てっぱつ屋という店   酒屋さんがやっているバー

ヴューヴクリコ6900円   テタンジェ7000円   クリュッグ22000円

 

パスタもピザも生ハムもサラダもチーズも魚料理も実に美味しい

オーナーの水野さんも素敵な方   日曜定休  5時から11時まで

 

 

成田のホテルで練習と食事にうまい酒   すべて完璧

さあいよいよドリーさん明日来日

 

弟子として師匠より緊張してきた



人生を寝ずに楽しむ
2008.02.13

千葉から100キロの距離をリンカーンが雨の中爽快に走行。

私のリンカーンタウンカーは96年もの。

 

もうすでに12万キロ乗っているのだがものすごい快調。

無理なハンドル操作、急ブレーキ、急発進。

 

それに何よりも心得ている暖気。特に冬場は気を使う。

何歳年をとっても体に負担をかけることなく

少しずつ負荷をかけてあげれば最後には猛ダッシュもできる。

 

10代の元気いっぱいのちびっ子にしたって起きてすぐに猛ダッシュしたら

足をひねったりくじいたり、ひざや足首に猛烈に負担がかかることになる。

 

車もまさにそのとおり。 

そして毎年の定期健診。これも人間の体と一緒。

人間も点検しないとならない。血液検査だけでもいい。

 

なにかあるのではないかと不安でいきたがらないものも大勢いるだろうが

体の不具合をいかに早く発見してこそ意味がある。

 

早く発見できれば重病につながるものも 軽症ですむもの。

 

 

ところで昨日もいい運動をした。なぜなら渕さん。昨日も歩くのが早い。

18時中野からスタート。22時今度は銀座。

歌も思う存分。NewYork NewYorkをなんど歌ったことだろうか。

 

フランクシナトラといえばMywayというだろうが、

ヤンキースファンから言えばこれを歌わないといけない。

 

ヤンキースタジアムでヤンキースが勝つとかかる歌がこれ。

試合をしてないにもかかわらずこの歌を歌うところに意味がある。

 

もう勝ちを想定しての行為。もちろん野球だけではない。

 

私自身。私自身が勝利をつかんだことを勝利する前に勝利を想定して歌うことの意味。

目的が達成される前に達磨に目玉を両方入れてしまうようなもの。

 

 

歌のようにNewYork Never Sleeps 

わたしの人生も寝ずに楽しみます。

 

 

さあ、ドリーさん来日まで待ったなし。

17日からのツアー。思う存分お楽しみあれ。



今宵の時間も財産
2008.02.12

昨日も日中太東に  連休の最後ということもあり道路もやや混雑  

波はかなりたかめ  冬場はスキー  夏場サーフィン

わたしには寒さを我慢してまで海にはいろうとは思わない 

 


去年はじめたばかりの初心者  しかしいまだ思い出に浸れるほど

先日の山形は熱かった もうすでにドリーシフトに完全に切り替わった私だが 

またはやくみんなで行きたいものである  
まじに来年の全日本スキー合宿はおすすめ

 


本日帰京しそのまま事務所   チケットの整理  
3月1日のドリーさん引退記念パーティーがものすごい予約殺到  
近日中に締め切ります  お早めに  

 


さて今宵は渕大先生との夜の街   今日は中野   終わりはいつになるやら 
しかしながら話のなかでドリーさん関連に関する確認全日本の予習、
馬場さんの予習、ドリーさんの予習。

 


渕さんの話から学ぶことは山のようにある  
今宵の時間も財産   毎日味わい深き人生なり



ワールドクラスの品格
2008.02.11

ソヤが久々に太東にやってきた 
二人して同じようなコメントになるだろうが  こればかりは仕方がない 

 


同じ場所に行き同じ人に会い、同じ飲み物を飲み、

同じ食事を口にするのだから   違うのは経験からの感性  

 

 


私が二十三の時はまだまだビールくらい  アメリカに二十二になる少し手前 

二十一にして渡米  最初に出会った酒は、クアーズライト。

その次がミケロブライト。ライトビールで酔えるくらいうぶな青年だった 

いまではライトビールなんて飲みたいとも思わない  

 


ヨーロッパ人がアメリカのビールを徹底的に批判する気持ちもよくわかる 
ヤンキースタジアムでくらいしか飲む機会もない  

 


ニューヨークに九十五年に住み移り、永井さんの影響でローリングロック 
オランダに渡り、ハイネケン  イギリスに渡りバスペールエール  
日本に戻りキリン、サッポロ、エビス、アサヒ   キーウエストにコロナ  
シチリアでなぜかフレンチのクローネンブルグにであい  
ウィーンでガッサとゴールデンファッスル

 

  
そして私が愛したスパイならぬ、私が愛した独嬢  
そのまちブレーメンを代表するベックスにいきつく  
いまだビールはベックスがマイフェイバリット  二番がハイネケン 
しかしこれはあくまでビールだけを飲む話  

 


焼き鳥や焼き肉にベックスやハイネケンはあわない  日本のビールが良い  
しかも瓶   缶は邪道   瓶ビールに小さいグラス  

 


シャンパンにであったのは九十七年 
ヨーロッパ遠征時にであったミシュランの星つきシェフ 

井上靖之  陳県民氏の弟子でもある   ウィーンでの試合がおわるたびに飲みにでた 

それいこう私は大シャンパン信者 

 


私の宗教はシャンパンとボンドと裕次郎 

 


ソヤにも国際的な人間になってもらうには早ければ早いほど教育を開始したほうがよい 
一昨日の晩から昨日の夜までシャンパンまみれ  これもれっきとしたプロレスにつながる

教育  プロレスとシャンパン   四千字詰めで論文を書かせてみたい 

 


体がでかければいい時代は過去の話 
プロレスはアメリカのスポーツ  ルーツはイギリス  ランカシャー地方 
ドメスティックな考えだけでなくワールドクラスの品格をもつように武藤社長以下、
全日本の教育はそこにあります  

 


ドリーさんがはっするワールドクラスの帝王学にもまもなくです



不思議な力
2008.02.10

スキーから帰った東京。大塚の自宅で一泊   
朝起きてブログの会社との今後のプロジェクトについての会議  

 


小雪のふるなか太東に   太東は雨  
道場にきたら野良猫がまた一匹増えた  餌の消費が激しいこと  
完全に私は餌オジサン 

 


しかしわたし個人のプライベート道場があるというのはなんともぜいたくな空間だこと  
二十四時間いつでもオープン  

 

 

練習後、千葉の知人宅に 
たった三十時間前くらいに大森ゲレンデにある林間コースでラストクリスマスを体感  
暖炉に赤ワイン、葉巻に雪を想像していたらそれが昨晩まさか現実のもとなるとは

私もいくらなんでも考えられない 

 


 

人間の力には不思議な力がある 

頭の脳からの信号を体に送るとその通りになる
まるでパイロットの訓練施設のフライトシュミレーター  

脳の信号が操縦している本人  
そこにおこりうるシュミレーションがこの我々がいきる夢の世界の出来事である
  

 

 


だからこそ人は祈り、人は信じなければならない  
信じるものは救われます  神を信じ、無我を信じよ  
写真はその成果のあらわれ

 

 

 

 

 

 



素晴らしき3日間
2008.02.09

昨日深夜都内到着。

実に内容の濃い2泊の旅となった。

 

5日の深夜に京平さんの車で出発。

京平さん、ボンバー、阿部さん、オランジさん、私。

現地で九段会館の者が3名。8人での旅。男7人。女1名。

 

 

毎朝7時から朝食。8時15分からの始発のロープーウェイで山頂へ出発。

ナイター営業に変わる17時ぎりぎりまで滑りきった。

途中休憩は昼飯1回、トイレお茶休憩1回。

 

 

プロレスファンの方であまりスキーを好む人を聞いたことがない。本当に数人くらい。

逆にスキーに夢中ならプロレスを見ないか。

サーフィンに夢中も聞いたことない。

世界旅行はたまに。でもせいぜいハワイくらい。

 

 

80年代に比べると本当に蔵王もすいてきた。昔はリフト待ちだけで一苦労。

昔は上まで上りパラダイスゲレンデの上級コースがお気に入り。

中学生の時からずっとボード一筋。

 

もちろんスキーも多少はできるのだが

007第14作美しき獲物たち

を見てあのKGBの追跡をステンレス製の超初期型のスノーボードで

逃げるシーンにはまってから私も完全なるボード派。

 

ボードはリフトに乗るときに一回一回右足をはずさねばならない。

そしてもっと厄介なのはストックがない分、平らな道がきつい。

またそこで右足のロックをはずすことになる。

 

一番好きなコースはとにかくロング。蔵王はロングがある。

かぐら、みつまたなど雪質も比較的いいのだが、横に広がっているスキー場は苦手。

パイプやジャンプにも興味がないので、ひたすらスピード滑走。

 

今回の一番のお気に入り。

黒姫リフトで一番上からユートピアの横を通り百万人。

そこから樹氷原コースでそのまま横倉方面。途中左折して大森に。

 

テンションがあがっているときはそのまま大森の壁か小壁へ。

これがリフトで言うと1600メートル高速リフト2本分の滑走。

 

足はかなりいい具合に張ってくる。 

海のサーフィンと違って肩や背中の筋肉はまず張ることはない。とにかく足。

私も今まで歩くのは好きなほうであったが、渕さんとであい倍化された。しかも競歩。

西麻布の坂道は競歩のスピードを超える。

 

スキーをただのレジャーだとお思いでしょうがれっきとしたトレーニングです。

疲れ、冷え切った体を温泉で癒し、ご飯をたくさん頂き、

自然と疲れと温泉で眠くなるのでそのまま早めに熟睡。

 

 

千葉の道場や、タンパでの一日中海でのトレーニングにも引けをとらないほどいい環境。

下半身のいい強化トレーニングの3日間でありました。

お酒もほどほど。

 

心配であったボンバー斉藤の雑巾になるくらいの酔っ払いもなくみんな親睦を深め

次期シリーズに向けての充電ができました。

 

来年のファンの方をいれたツアーもここ蔵王でやることが決定。

まだまだ早いがスケジュール発表。

起床6時45分。

朝食7時大広間。

食後準備。

ホテル8時送迎バス出発。

8時15分発のロープーウェイで一気に山頂。

お地蔵様に一礼。

初級者、中級、上級にわかれ滑走。

初級者は基本的に菖蒲沼ゲレンデ。

中級、上級は大森、黒姫。

チャレンジ精神のかたは38度の斜面の横倉の壁に。

12時、昼食。

13時また滑走開始。

17時まで滑走。

ボードのかたは私が教えます。

スキーの方は全日本スキークラブ会長の京平さんのじきじき指導。

 

昨日、スキー人生で初めての人が京平さんの指導でなんとボーゲンを通り越し

板をそろえてすべれるようになりました。

一日ですよ。ものすごいことだ。

 

ホテル寄宿後、温泉。

18時30分(プロレス時間)夕食。

2次会希望の方は温泉街の共同浴場へ。

そのかえりに居酒屋。

蔵王名物、青菜漬けにビール。

おなかがすいたらジンギスカン。 蔵王は北海道にも負けないくらい有名。

酔ったいきおいで3次会参加者全員でヨーロッパ式混浴の会結成。

4次会は部屋飲み。

永遠説法。

しかしスキーほど朝一ですべる快感はないので12時就寝。

  

スケジュールはあくまでも参考。

ようは思い切り食べ、飲み、すべり、風呂につかり、思い切り寝る。

それだけのこと。

 

その添乗員がわれわれスキークラブの面々。

征矢も参加させます。

彼は長野生まれなのでスキーがうまいらしい。

その代わり球技は全てだめ。

 

千葉でよく大原のバッティングセンターに行ったり

いすみ市の市営グランドにTED大川さんと3人で勝手に入り

おもいっきり私が投げたらおもいっきり征矢のけつにデッドボール。

もう一回投げたら見事にまた同じところ。

 

これもプロレスの訓練です。痛みに耐える訓練。

人生はまさに魚を食べるかのよう。

頭の先からすべて丸ごと食べるが基本。

すべて意味がある。

 

 

ところで昨日の大森ゲレンデにあるちょっと薄暗くなる林間コースに差し掛かったところで

ワムのラストクリスマスが私のIPODから流れた。

おもいっきりあの曲のプロモーションビデオと同じ光景。

周りが雪。ロッジでみんなでパーティーのようなビデオだったと思う。

 

私的にこれに付け加えると暖炉に赤ワイン。

演出でどんどん人生が楽しくなる。

 

その点で言うと人生はイベントであるという猪木さんの言葉を思い出す。

人生はイベント。

すごい面白い発想。

 

小道具を用意するだけでまったく華やかにもなる。 

葉巻、ワイン、環境、音楽、服、時計、靴、車。

なんか一工夫。これで全然変わってしまう。

 

それによって人生が楽しく面白く生きれるならそうするに越したことはない。 

黙って何の変化もなく毎日をエンジョイもせずに生きるのなら。

 

なんだかまた人生の素晴らしく生きるヒントを得ることができた3日間の旅でした。



蔵王がコロラドと化した!!
2008.02.08

山形蔵王温泉がなぜわたしにとってのホームゲレンデかというと・・・

 


私がスノーボードをはじめた中学一年の冬 
スノーボードはまったく認知されていない  禁止条令もまだでるまえ  
やりはじめたらすぐにだいたいのスキー場は全面的に禁止に  

 


とくにうるさかったのはプリンスホテルのスキー場   湯沢近辺もうるさかった 
よくてもある一部のみとか   一つのコースしかできないならやる意味がない  
しかしながら蔵王は昔から全面滑走可能   しかもまた温泉がいい 

 

 


昨日は九時半に就寝  

目覚まし時計かけずに寝たら阿部さんからの電話で起きる始末 
東京からロスとほぼ同じ十時間完全熟睡  普段こんなに寝れるのはありえないくらい 

 


温泉も日本全国回ったがわたしには一番あう。昔からの思い出の場所出もあるし。
ボードで全身のバランストレーニング、温泉、早寝早起き。

 


東京で接待の日々で酒まみれとは違い、体調が猛烈に回復  
不眠でお悩みのかたはみんな蔵王に来なさい  
睡眠薬はもってこなくても確実に寝れます

 

  
都内にいると早寝早起きはまずできない 
へたすれば朝早く寝て午後早くおきる別の意味の早寝早起き 

 


私はボードをしながらいつもiPod持参で音楽にあわせて滑走  
これがテンションを非常にあげることになり怪我予防になる 
千葉の道場では常にクラブ並の音量で練習  

 


スキー場はゲレンデによって音楽がかかるところもある 
もっと太東の海でもかけたらよいのにとおもう   サーフと音楽。

スキーに音楽。酒と音楽。

 

 


プロレスに音楽が、ドイツがそう  その雰囲気をそのまま持ってきたのが
私が一昨年プロデュースしたベルファーレ興行  
その時の協力していただいたからまた許可が出たので

企画をたて全日に企画書をもっていこうとおもう

 

 


昨日の音楽はテンプテーションズのディーパーザンラブ。Mr.ミスターのキリエ。
昨日の晩から蔵王は大雪   朝一番で出動 

 

  
私は今まで何度も来たが今までここまで見事なパウダーの深雪 


蔵王がコロラドと化した   感激しまくり    涙があるれる
 

 


雪を降らしたのはまぎれもなく神   昨日はヒストリー   明日はミステリー  
今日はギフトの言葉どうりの今日一日  神からのギフトを吟味していただこう  

 

 


今日の音楽はルイアームストロング

what a wonderful world

 

 

 



温泉で癒されスキーに励む
2008.02.07

意外にも山形は近い

アメリカに比べたらもちろん近いのは言うまでもないが

東池袋インターから途中休憩いれて四時間半

 

うちからいつもだと東京駅迄タクシーで三十分弱

東京から山形まで新幹線で三時間

そこからまたバスで40分  結局車と同じくらい

 

昨日は朝、薄曇り  昼前から快晴   樹氷が美しく青空に映える

京平さん一向全員超スピード走行 一人も遅れを取ることなく何ともスムーズ

 

昼ご飯は、とどまつヒュッテにてカツカレー

ボンバー斎藤は昼からビール   私はホットワイン  なつかしい

ドイツのブレーメンの教会広場でソーセージをつまみながら

あつい赤ワインをいただいたのを思い出す

 

ドイツは秋から一気に冬の気配漂うほどに寒くなり

心も体も寒いときに飲むグルーワインはなんとも私をあたためてくれる

 

毎日夕方起床、起床後にとりあえずジム

ジムの帰りに街にでて食事  会場に7時   試合開始8時

試合終了からだらだらと会場内のバーでファンやレスラー等と飲み会

 

もしくわ、かってに知り合いを連れてお気に入りのバーに直行

ブレーメンのお気に入りのバーは教会広場手前にあるジミーズというバー

 

ちょっとしゃれてマリティムホテル内のバー

かなりしゃれてパークホテル内のバー

ビールがチェイサーでシュナップス   もしくわゼクト

 

結婚するかの勢いで交際したドイツ人女性

何百回イッヒリーベディッヒを行ったことだろうか 

電話代だけで月百五十万かかったことも

あのときの恋のパワーはすごかった

 

病気をして結婚の価値観が大きくずれてしまったのだが

人生を悔いなく楽しむ考えは倍加されたような気がする

 

スキーに来ていても電話とメールはひっきりなし   すべて営業関連

次期シリーズに関すること

レストラン、リフトの上、へたしたら滑走中

 

まあでもこれでいいのだ

愛社精神のもと二十四時間たたかっているのだから

夜は夜で飲み会  夕食後、地元の共同湯、熱くて気持ちが良い

 

そのあと居酒屋で飲みなおし   キリンゴールドに漬物にジンギスカン

十二時就寝でした いいトレーニングしています  みんな筋肉痛

 

温泉に癒されスキーに励みます



スキー in 蔵王
2008.02.06

昨日都内を深夜12時過ぎに京平さん率いる
全日本スキークラブの面々を乗せた車が都内を出発。

 

京平さん、ボンバー斉藤、阿部リングアナ、外人バスの運転するオランジ氏、私。
それとは別の九段会館からの参加メンバーが向こうで合流。女性一人、あと男。
 
どんな会になるのだろうか。
夜は夜でボンバー氏がどんな酔っ払い方をみせるのであろうか。


向かった場所は私が昔からこよなく愛する山形蔵王。
スキーはただレジャーと思う方も多いと思うが、サーフィンも含め大変な運動量。
バランストレーニングには最高。

 

蔵王は特に温泉がまた最高。 
新日時代はここまで共通の趣味がいる人がいなかった。
 
来年はファンの方々もいれて
日中はスキー。夜は酒飲み。温泉。の大パーティー旅行を企画しますので。


いつもは新幹線で蔵王に向かうのだが、
車で向かうのはなんだか中学生時代のスキーバス旅行を思い出す。

 

新宿や後楽園のけやきの広場や、サンシャインからよくスキーバスで向かったものだ。 
そのころから私は蔵王がお気に入り。

 

国際ホテルや樹氷の家やアストリアなどさまざまなところに泊まったが、
山形交通バスターミナル前の、つるやホテルがいちばんいい。

 

食事は部屋食ではないが、朝ごはんもバイキングではないのがいい。
どうもバイキングは昔から苦手。

 

 

千葉に引っ越す前、さんざん暇さえあれば一泊でもよくよったのが南伊豆の弓ヶ浜。
あそこに居心地のよい国民休暇村がある。

 

最初朝飯がバイキングになり、やがてとうとう夕食までバイキング。
それが理由でいかなくなりました。

 

どんなに質素な料理でもいいから各テーブルに持ってきてもらいたいものだ。
まとめてつくり、言葉は悪いがつくり置き感覚なのが私には生理的にあわない。

 

私には田舎がないのだが、毎年昔から家族で旅行が弓ヶ浜のとある温泉であった。
毎年の恒例行事なのでいつのまにか私にとっては弓ヶ浜が第二の故郷。


新日時代も大阪で試合が終わると必ずといっていいほど

帰りに私だけ熱海で途中下車し下田によって

弓ヶ浜をみながら散歩をしてそれから帰京。

私の第二の故郷ともいえる。


第三は間違いなくタンパ。
第四がニューヨークかブレーメンか千葉の太東といったところであろうか。

 


一時期は鴨川にも住んだことがある。
グランドホテルのグランドタワーの目の前にある居酒屋さん
つかさという店がめちゃくちゃきにいったのがアパートを借りた理由。


鴨川に戻ると毎晩そこの居酒屋。塩辛はたぶん世界でいちばんうまい。
きつめの塩加減、こりこりとした歯ざわり。
あげたてのてんぷらをつまみに日本酒がいい。

 

蔵王での定番は、朝ごはんを思いっきりしっかりとり体温をあたため、
昼は菖蒲沼のところにある樹氷の家ホテルでカツカレー。
カレーに関してはここのが一番うまい。

 

 

5時に下山。
早めにホテルの夕食をすませまたさらに外の共同浴場にタオルを引っ掛け入りにいく。
かなりの熱めの風呂。強酸性の硫黄泉だから泡がたたない。
あつーい風呂に入り共同湯近くの炉辺という居酒屋。

 

 

冷えたビールに山形名物青菜漬けにジンギスカン。2回目の夕食。
もう一度ホテルで風呂に入り熟睡。


まるで睡眠薬を取ったかと

思うくらいあそこの湯はきつい。

 

 

疲れがどっとでて完全に熟睡。
朝は猛烈にご機嫌な目覚め。


本当に私にはあそこの湯はあう。

蔵王にも家を持ちたいくらい。


   

  

あくまでも希望だが持ちたい家は地球上で何箇所あるだろう。
東京、太東、タンパの今もっている住処以外なら、
鴨川、弓ヶ浜、山形蔵王、沖縄、バンコク、ニューヨークだろうか。


Anyway 思う存分遊んできます。  



昨日の酒
2008.02.05

昨日は半分営業、半分豪遊的接待  

 


新日時代にお世話になった方を渕さんと尋ねてみた  
大会成功はドリーさんへの恩返し、武藤さんへの恩返し、全日本ファンへの恩返し  

 


昼間はレスラーとしてトレーニング。

夜は営業マンとして夜の街に挨拶まわり   チケットをうりさばき、ワインの味も研究し、

まわりの女性も研究し、歌も研究 

 

 

昨日の酒はローランペリエ    クリュッグのピンクまで登場  
シャンパンの泡が脳に行き渡るとき、人は時を忘れ楽園へと招かれる

昨日も招かれた 

 


帰ってこれないのかと思うほどに    ビールや焼酎とはあきらかにちがう 
スパークリングワインはあくまでもスパークリングワイン  シャンパンはやはり別格 

 

  
クリュッグに出会うとまるで気分はシンガポール航空のファーストクラス  
みなさんも嬉しい楽園モードになりたい方 シャンパンをお試しあれ 

 


写真は夜のヒルズからの東京タワー



ドリーファンクジュニア・ザ・ファイナル。
2008.02.04

本日13時から会議。もちろん今日もドリーさんに関する詳細。
そしていよいよ15時から記者会見。

 


全日本のホームページをごらんいただけたらすぐにわかると思いますが、3月1日のカード発表。

 

私が教授と組み、相手は渕さんと天龍さんにきまった。

 


3人の共通点は教授VS弟子。歴史ある全日本のマットでまたすごいカードになった。

 


ドリーファンクジュニア・ザ・ファイナル。

 

 


あなた方がもしもプロレスファンであると豪語するならば、この試合を見ずして語ることはできない。


全日本の歴史を、日本の歴史を、NWAの歴史を作り上げた張本人が最後のリングにあがります。


2月17日からの全10戦。

私は最後の弟子としてすべての試合を組ませていただきます。

 


選手はもちろん関係者、ファン、昔のファン、今のファンにもNWAの帝王学を見てい