私個人的には時差ぼけでもないので普通に朝起きるのはややつらい。
しかしながらドリー一行は時差ぼけほど12時からの後楽園が
体調的におうものはないのではなかろうか。
東京マラソンもあり水道橋近辺は交通規制がびっしり。
早めにホテルに迎えに行き後楽園ホール到着。
今シリーズの引退記念Tシャツが猛烈に売れた。
買っていただいたお客様全員にドリーがサイン。
昔懐かしい全日本カラーのやや薄めの赤がなんともノスタルジック。
あの伝説のスピニングトーホールドの曲がながれ入場。
ツアー初日であるが、何百回もあがった後楽園のリングは今日が最後。
かれよりも私のほうが感傷にひたるかのよう。
ほんとうにほんとうにこの全日本のリングで呼べてよかった。
全日本のリングで全日本のリングアナで新日本とは逆となる
メインのコーナーに立ち、そしてあの名曲。
リングにあがるだけでもう胸いっぱい。やっぱりプロレスはすばらしい。
いままで何千回とこなしてきたエルボードロップ。
何万、何億回とやったエルボースマッシュもまだまだ思いっきり健在。
渕さんと徹底して昨日は黄門さまのために助さん角さんやくにまわった。
ほんとうにいいものをみせてもらった。
試合後は全日本のスポンサーパーティー。武藤社長、渕さんも参加。
その後はホテルのバーでドリーさん、マーティー、ライアンの4人で
私の招待でシャンパン。パイパーヘイドシック。ドリーさんはジンジャーエール。
プロレスのすばらしさ、今日の試合の反省、
今回呼ぶに当たってのさまざまな紆余曲折、
全日入団までのプロセスをおおいにかたった。
まるで昨日のバーが70年代の演説のバー、。インペリアルラウンジと化した。
インペルアルラウンジとは私もまだいったことはないのだが、
当時エディグラハムのチャンピオンシップレスリング・フロム・フロリダの
活躍したレスラーたちがタンパのアーモリーで試合をおえファンもレスラーも
ごっちゃになって飲むバー。
ヒルズボロAVEとアールメニアのコーナー。
もうわたしがおとずれた93年にはすでになかった。
マツダさんから思い出話は山のようにきいたものだ。
そのマツダさんももういない。ゴッチさんももういない。
フロリダでの私の先生は3人。あとはもちろんドリーさん。
本当にフロリダに行ってよかった。
行けと命令したのは長州リキであるが。会社の命令はマツダ道場への入門。
ドリーさんに弟子入りし、ゴッチさんにも会ったのは自分自身の意向。
歴史にこそすべてがかくされているという見解は私は生まれたときからもっている。
新しいものを見つけ出すにはまず歴史を振り返らなければいけない。
温故知新。原点回帰。この言葉にかぎる。
昨日もすばらしい一日でした。
ドリー・ファンク・ジュニアのブログがスタートしました。
皆さん応援メッセージ宜しくお願いします。
http://doryfunkjr.net/
ルパン編集長