館林まで大塚の実家から車をすっとばし一時間で到着。
しかし館林からボンバー斉藤に電話をしたのが間違いだった。
インター降りてからの彼の指示に従うが、指示された公園もコンビ二もモールもない。
再度電話。私もだんだんどこにいるのかわからなくなってきた。
そしてまた再度電話。向こうもこちらがどこにいるかわからない。
私もどこにいるのかわからない。まよってまた再度電話。
さらにわからない。迷うこと約一時間。
仕方がないので館林担当の営業部員にかわってもらったら
彼の的確な指示で数分でついた。
今回が初めてではない。いつも彼に聞くとこんな感じ。
カーナビを持たない主義の私には、交差点の名前、道の国道の通りの名前、
曲がり角のお店の名前などが指示を受けるにしろ必要になる。
ボンバーは、赤い鉄塔のうらとか、黄色の大きなビルのうしろとか、
青い屋根の家を右とか。動物的感覚。
彼と服部さんの紹介で95年、マンハッタンで出会って13年。
そろそろ縁を切らねばならないね。
道案内よりひどいものがアル。彼の酔っ払った姿。まるで雑巾。ぐちゃぐちゃ。
しゃべれない、歩けない、トイレにいけない。しかも愚痴だらけ。
マンハッタンで彼はハーレムといったらいいのか
サウスブロンクス近辺にすんでいた。1番9番ラインのほぼ終点。
まずそんなところに日本人は住んでいないし、行く用事もない。
アマレスの先輩がいたとかでそこにすんでいるのだが、
何十回も地下鉄スリにあったらしい。
服部さんとたまに3人で昔話をすると、服部さんの口癖、
おまえかわってるなあ、の言葉が何十連発繰り広げられることか。
石沢も変わっていた。光星学院いくとみんなかわってるものになるのだろうか。
二人とも恩師と仰ぐ川原木先生というかたらしい。
帰り道、昨日、蓮田のサービスエリアで暴走族のかたまり。
よっぽどうるさいから110番通報しようとしたがヘルメットの中を見たら
思いっきりのガキ。
ドリーさんがいらしたときに蓮田のファミリーレストランによって空間の違いを感じ、
私がコメントしたら不快感を感じたものが返事をよこしたことがあったが、
暴走族にしろヤンキーにしろ、山手線の内側には間違いなく存在しません。
あの近辺は昭和50年代の日本みたいだ。誰が何を言おうがあそこは田舎。
さて、今日は伊勢崎。愛車でかっ飛ばしいってまいります。