≪ 2008年09月29日 | トップ | 2008年10月01日≫

名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
所属:07年10月19日付で、全日本プロレスに正式入団。
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー。
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

全日本プロレスリング所属の正統派プロレスラー。
彼の名言には3ゴング!!
 
 
 
 
 
一度足りともない。
2008.09.30

9月28日横浜が終わりツアー終了。長いツアーであった。
東京も今月は数日の滞在。山陽、九州。毎日寝ても起きても同じ作業。
日にちと曜日の感覚がなくなってくる。



試合をし、開放感満点で夜の街に出向き、接待。
接待がなければわれわれで行き当たりばったりの食堂やレストランや、
ラーメン屋や居酒屋。 基本的に味気のないチェーン店はなるべく避けるのが
私の昔からのルール。



しかし何お誘いもない若手連中はみんなプロテインにコンビ二弁当。
私は自慢じゃないがコンビ二弁当で夕飯を済ませたことは18年のプロレス生活
たった一度足りともない。



何もなくなってラーメン屋さんにでも入って店のマスターと一言会話をかわす。
このマスターがもしもプロレスに興味を盛っていたり、
これから示してくれる人ならば営業にいってポスターを貼ってもらったり、
このマスターが口コミで宣伝してくれたりと、どこから縁ができるかわからない。
とにかく顔を出し、話をしなければならない。



これがコンビに弁当での部屋への引きこもりでは180度効果が違ってくる。
しかしこれらはわれわれ先輩が行動を示し後輩に指導しなければ
最初から営業力の持った新人などいるはずもない。



あわただしいツアーも終わり、夜の巡業も大満喫して帰京し、
翌29日よりおそらく今年最後となる渡米です。いけるときにタンパに戻る。
新日本のときはまだスケジュールが単調であったので予定が立てやすかった。
3週間のツアー、2週間のオフ。たまに3週間のオフ。



全日本はオフが短かったり、オフの間に1試合単発で入ったりの
スケジュールもあるのだが、今は新日本のときではまったくやらなかった
営業をやっているのでなかなかタンパに戻る時間がないというのが理由。



営業はやればやるほど面白くもあり、会社のためにもなり、
また自分のためにもなる。人との出会いの連続。知り合いが倍増していく。
さまざまなかたがたと酒を飲み交わし、意見を交換する。
先日の六本木の毛玉もそうだ。



ステージに乗ってみんなの前で高級シャンパンの一気飲み。
その後は焼酎のロックの一気を朝まで。会場にいる全員ぐてんぐてん。
みんな抱き合って親友になった。



ヤンキースはかたなくともマイクをつかんだ瞬間上半身裸でNewYork Newyork。
あれを歌うと生きている実感がする。私の葬儀にはお経もいいがあの歌を
かけてもらいたいね。

 

 

 

24時間、練習、試合、食事、お酒、接待、歌、営業。これは私の今。
時間をすべて後回しにしてタンパに飛ぶ。ここでは大真面目に禅の修行。



今回はまたドリー道場訪問もあります。最後の真夏のタンパでの毒素排出、
体質改善、正食法、これにゴッチ式、ダイゴウ式、マツダ式トレーニングを加え、
最高のコンディションを。タンパからの熱いお便りもお楽しみに。



今日の写真はボーイング747ジャンボからの夜明けの景色。アラスカ上空。



成田を出て6時間後。チーズこてこてのサンドイッチは朝からもたれる。



私のマイホームタウンの空港エスカレーター。



≪ 2008年09月29日 | トップ | 2008年10月01日≫
 
 
■配信内容
・西村修からのメッセージ
・スケジュールや試合報告
E-mail:


登録 削除