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名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
所属:07年10月19日付で、全日本プロレスに正式入団。
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー。
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

全日本プロレスリング所属の正統派プロレスラー。
彼の名言には3ゴング!!
 
 
 
 
 
銀座で新日連中と
2008.10.31

昨晩は銀座にて新日本時代からお世話になる社長のお付き合い。

上海ガニをいただきそのあとはクラブ活動。

新日本のスポンサーなので新日本の連中も。

連中といってもよき友でありよきライバル。

大いに飲み、大いに踊り、大いに歌う。

汗だくになるほど騒ぎました。

 

真輔も京平さんのスキー合宿参加決定。

プロレス界をすべて横倉の壁にまきこもう。

写真は真輔とジョージレーゼンビーファンの内田氏。



沖縄三日間
2008.10.30
沖縄三日間半分仕事、半分休暇  天気もよくいい三日間であった  
昨日のゆうぐれ噂のブセナテラスによってみた 



ハワイというかシンガポールラッフルズというかまるで空気が違う   いい生演奏  
沈む夕日  笑顔のカップル  ややさめた温度のプール    冷えたシャンパン 



秋風がただよう名護の海岸   日本もいいね   私は恩納村がお気に入り  
ややふるいが素敵なリゾート   まわりにもかたくるしくはない居酒屋がたくさん 



サイパンでもなくフィリピンでもなくカリブでもない   ここは日本だね 
帰りの機内で瞑想  まったく揺れもなく   今宵はどこで飲むのやら 



沖縄はチョーガソリンが安かった   そばもうまい   またすぐにでも行きたいくらい



浜ちゃんかとおもった???
2008.10.29

今日で沖縄でであった仲間たち 浜ちゃんかとおもった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



沖縄でおもいきり生きています
2008.10.28

またまた先月に引き続き沖縄 

昨晩は松山で大宴会  観光業者のかたがたとのコネクション  沖縄は観光シーズンにいまから入るところ  航空、ホテル、レストラン、おみやげ  内地の人が次から次にやってきてお金を落としていく 

 

 

無我の時代から興行を成功させるためになんどとなく訪れた  デビューしたまちというのもあるしこの島の文化は本当にすき   日本のジャマイカ   この島が日本であってくれたことに心から誇りに思える   

 

 

国際通りにある沖縄プロレスも昨晩視察   デルフィン選手が頑張っていた  水曜以外毎日やっているそうだ  ビルのなかの天井の高いワンフロアにリングを設置してある  失礼ながらオリオンビール片手に観戦    朝まで松山で大爆発  ねしなに大好きなよもぎをたくさんいれたソーキそばをいただき就寝   那覇泊 

 

        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日から恩納村にいどう  秋模様の天気  まだまだ泳ぐにはちょうど良い水温 きれいな海に癒される  しかしそれにしても珍しいツアー  なんだかシリーズオフみたい  でもまだツアー中なんだね 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄でおもいきり生きています



何処に行こうか
2008.10.27

昨日もまたタンパの仲間と一杯。

場所はひさびさ洒落にふけこみ新宿。

パークハイアット五十二階。

夜の見事な夜景。

 

 

私のホテル浴の正しい段取り。

シャンパン、白、赤。

昨日までの体に残る疲労と痛みが少しずつとれていく。

外部からの治療でなく内蔵からの刺激が私の回復に役立つ。

空腹だからこそ余計に五臓六腑にしみわたる。

 

 

ハイアットでの瞑想が終り地上に降り地元の仲間と軽く食事。

早めに就寝。

さて本日は何処にいこうか。

 

 



久々の首都高ドライブ
2008.10.26

新潟からの新幹線車内。

一滴もアルコール飲まず、ガラガラもいいところの車内で熟睡。

 

おきたらちょうど高崎。さてどうするか。東京まであと1時間弱。

このまま真っ直ぐ実家に戻るか。六本木に行くか、新宿に行くか。

錦糸町に行くか、目白によるか、いつもの大塚にしけこむか。

友人に連絡するもすべて多忙中。

 

そんなところに車内販売が。熟睡できたおかげでエンジン全開。

さてどうしよう。缶ビールから始めてしまうか考えた。

とりあえず仲間からの連絡もなし。真っ直ぐ実家に戻ることしにた。

 

黙って風呂にでも入り布団に入るか考える。 

私はこのブログで常々言っているように

人生とは限られた時間の中で生き抜かねばならないと言っている。

このまま今日が終わる。悔いがあるかないかを考えた。

 

とりあえず、キャデのエンジンをかけ軽くドライブ。

葉巻を吸ってクラブ系の音楽をがんがんに池袋。

 

ひとつ最近の物足りなさに気づく。私の運転技術。

18で学校には黙って免許を取り、スカイラインから始まった私のドライブ人生。

R30、230グロリア、ジャパンと乗りつぶし、海外後はめっきりアメ車。

 

最近では千葉に行くときくらいにしか足として使わない。

最初にアメリカから帰ってきてもう12年がたつ。

なんだか運転もおとなしくなったし、ツーリングもいかなくなった。

酒を飲むようになたというのがいちばんの原因。

昔は酒より、女よりも車のほうが好きな時代があった。

 

今日は酒も一滴も飲んでないいいチャンス。そのまま首都高モード。

ボンドならドライビングテクニックだって絶対に必要になってくる。

スティーブマックイーンを信じるならこれはこれでありだと思う。

 

私の車が時にはエスプリに、アストンマーティンに、

トヨタ2000GTに、サンフランでのマスタングに変身。

 

葉巻を灰皿におき、両手を10時10分にあわせる。

首都高環状線内回り。久々の爆走。

男ならアウトからでもさせなければならない。

間違いなくあの重かったリンカーンではできなかった。

キャデは重心が低い分安定感がある。

 

緊張の日本橋カーブに行こうとしたが残念ながら渋滞のため、

新幹線横の道にでてまた5号線を通り安全に帰宅。

 

またこんなことを書くとクレームが出そうだが、

私と京平さんはこれ以上のぎりぎりの猛スピードで蔵王を滑走しています。

京平さんがボードをやらないのが惜しくてたまらない。最高の大滑走ライバル。

 

1月に全日本の多くの面子がそろいそうなツアーを企画しています。

人生物足りない方、刺激が欲しい方、私と京平さんと横倉をすべりませんか?

さて昨晩は久々の休肝日にて就寝いたしました。

今日も多忙の日になりそう。大暴走の予感。



帰京しました。
2008.10.25

盛岡あさ九時半発。新潟県の新発田まで会場直行。

 

昨日も早々と赤ワインに葉巻といきたがったが、

居酒屋さんで男七人華があるどころか男だけで永遠三時間プロレスの話。

しかたがないので昨日は私にとっては大変珍しい永遠にウーロンハイ。

 

ブル中野はよくウーロンハイをうんと濃いめで

大ジョッキでがぶ飲みしていたニューヨーク時代を思い出す。

うわさだとまだフロリダらしいが。

 

昔ある日、交通事故をおこして顔面血だらけになりながらパーティーにきたことがあった。

なんで警察呼ばないのと怒ったら、

だって今日カニパーティーだっていうからどうしてもきたかったんだもん。

さすが女帝。むかしいろんなことがあったが懐かしい。

 

さてウーロンハイ飲みの昨晩だから体が軽い。

会場に入るや、公園にて一人マラソン大会。

走るのは早くはないが好き。以前は皇居をよく走った。

わが母校、錦城学園の名物体育の授業にはよく走る。

 

たまにブードゥーのような生徒のなかの悪党は、

かったるさから地下鉄移動時間を見計らい地上にでる。

悪ガキだが悪は悪でユーモアと勇気がある。

全日本プロレスはだんだん悪チームのほうが増えてきたようなかんじ。

 

さて試合後、ローカル線に乗り新潟。新幹線で帰京。

明日から六日間オフ。

さて何をするか。というかもう決まっています。

毎日のレポートお楽しみに。



弘前2日目
2008.10.24

弘前の夜二日目。

試合後、征矢、真田、はまを連れ食事。食後、昨日に引き続き鍛冶町に。

 

弘前にして銀座かと思えるほどゴージャスなクラブ。

なんと弘前の大ママの誕生日ということもありみんなシャンパン。

こちらのテーブルにまでドンペリを。シャンパンに葉巻。

今宵も気分はトニーモンタナ。

 

この大ママ、相撲界や芸能界ともかずかずのコネをおもちの弘前のドン。

誕生日を盛り上げ我々も必死にホスト役。

ショーンポールにウインクにピンクレディにあわや紀子に和田アキ子。

さんざんボーイズに歌わして私は最後にシナトラ。世の中には順序がありますから。

 

バスで熟睡。あまりに長距離なら鉄道を使おうか迷ったが

なんと弘前から盛岡まで一時間半でバスは到着。

よっぽどのショートカットする道があるらしい。

鉄道は青森、八戸、盛岡になるから。

リタさんごめんなさいね。

 

 

岩手県営体育館は新日本の時は必ず年二回来た。

レストラン、焼き肉、冷麺、クラブ、バー。

三沢さんと作った多くの思い出が昨日のように思い起こす。

練習に試合に夜の付き合いに移動に。休むひまなし。

 

それを何年もひた走ると逆におとなしくなれなくなる。

逆に騒いでいたほうが調子が良い。

 

渕さんがまさにそう。

もしも渕さんが認知症になろうと黙って六本木には行けると思う。

それだけ何十年も体にしみ込んでいる心と脳と体のそこからの記憶。

 

バスで到着するやいなや焼き肉と冷麺を。さすがは本場。

今日の試合もがんばります。



神は見ている
2008.10.23

文京区の実家から青森移動。

新幹線満席でグリーン車とれず新日本の若手時代以来の普通車。

しかし不足はない。

 

飛行機もアメリカ国内線は常にファーストだった。

航空業界も経費削減のため低コスト、高パフォーマンスなサービスに移行している。

サウスウエスト航がいい例。

 

私の愛用のユナイテッド航空もテッドなる小さめの機材によるサービスがある。

タンパからはワシントン、デンバー、シカゴ   ファーストクラスはなし。 
どうしても乗りたければ、オーランドからのサンフランシスコ行きに寝てしまえば

東京青森の四時間もあっという間。

 

 

試合後、シェーン、エルビスを誘い食事。若い慣れていない外人は食事で苦労する。

これは逆に日本人が向こうに行った際にも同じことが言える。

大都市ならまだしも、少し田舎になると日本食はおろかご飯にたどりつけない。

せいぜい中華料理のパサパサなタイ米。

タンパなら九時を過ぎるとそれさえもなくなってしまう。


毎日サンドイッチにハンバーガー。

たいがいの日本人はこれでまいってしまう。 
一週間や二週間くらいならまだしも何ヵ月もの滞在となると死活問題。

 

 

金本なんかただでさえ食事の好き嫌いが激しい。あれだめこれだめ。

メインストリートのデールメーブリーの韓国料理屋の石焼きビビンバを毎日食べていた。

 

マツダさんなんかは完全にアメリカ人。

日本食なんかもう何年も食べていないと口癖のように言っていた。

ある種、この感覚に憧れさえもたされる。

 

 

食事だけならまだしも、文化も、言葉も習慣も違う町で生活するのは容易でない。

しかし視野と世界観がかわります。

自分だけの価値観が正しいのではないという考え方をもてるようになる。

これは大切なこと。

シェーン、エルビスもどんどん苦労すればいいと思う。

 

 

早々二人を帰し征矢と大和を連れ弘前の夜の街に。

しかし神は見ているとマジに思ったことがあった。

 

二人はネオン街にてもう目の色をかえて興奮。

私のように何十回、何百回も行ったことのある人間はいい加減冷静。

店の作り、へたすりゃ店の名前でもう大体は程度が高いか低いかは想像つく。

火星人のような女ばかりの店に行きたいとは誰も思わない。

 

作戦と情報入手とワンクッションおこうとバーに入った。

入るきっかけもまさに私の感がすべて。

最近お気に入りの目白のバーを思い出させる階段を二階に上がり扉を開ける。

名前はマリアッチ。メキシコ帰りの大和が反応。

 

こんな田舎でマリアッチの演奏なんか聞きながら

テキーラも悪くないと思ったが演奏はなし。名前だけ。

 

 

奥のVIPソファールームに入りグラスワインに葉巻を楽しんでいると

お店の方から伝言。

 

向こうの席の方が我々を誘って飲みにお連れしたいとのこと 。

なんとその方は弘前市内で何件も店をお持ちの方。

 

私らが何をしたくてどこに行きたくてを神は全て知りつくしている。

何もアクション起こさずして向こうからチャンスが。

 

しかも知らない街、知らない店、知らない方。

すっかりご馳走になりまたまた大パーティー。

神に先祖に手を合わせねば。



みんなで大爆笑
2008.10.22

昨日はタンパ会を開催

いわゆるタンパからの帰国子女連中のあつまり  

 

 

 

 歴史学から私が説明  なんせ九十三年からいる   タンパのまちで知らないことはない  

そのあと人間学  せまい日本人コミュニティー  男女関係がかぶることがある  

 

みんなで大爆笑  

 

日本に帰国後、仕事もみんなばらばら  名古屋の製薬会社の次期社長、

芸能プロダクションのマネージャー、かずかずの問題を起こし連邦刑務所まで

入った伝説の悪がいまじゃゴールドマンサックスのチョーやり手営業マンまで  

 

大塚のまちがデールメーブリーと化した夜だった

 



人生キープヘッドアップだ。
2008.10.21
当ブログのトップとの打ち合わせで恵比寿Westin。
その後サッポロビールにて超有名某歌手のマネージャーさん関連とのお食事会。



それが終わり次第恵比寿に住むプロゴルファーと食事。
そのご新宿に場所を移し博報堂の部長とのみ会。
とちゅうハワイの仲間やカイも合流。



全日本の中で孤独を愛し、酒と女をあいし、人生を楽しむための独身貴族会という
ものがある。やくして独身会。理事長はもちろん渕さん。副理事で内田取締役。
私は平の理事。そこにカイが加わった。
やつも夜の街を散々エンジョイしているみたいだ。



プロテイン飲んでコンビにで弁当ではなく、24時間寝ないで遊ぶ元気が若者には
必要だ。私が全日本の入門テストの試験官ならかならず一気飲みもいれちゃう。
1リットルくらいはやってもらう。のめません、くえませんはレスラーではない。
むかしでいう、海賊のような荒くれ男がにあう。



しかし最近の若者は本当におとなしくなったものだ。
ぐちゃぐちゃになるまで楽しみきらなければならない。
このいうところの楽しむと、楽しみきるの違いにある。
このたった一字の日本語の違いがとてつもなく大きな意味合いを持つ。



さて今日は午後から営業活動。スーツを着て都内を巡回。
青山のイケイケ不動産社長を訪問。勢いのある人間はオーラが違う。
発する言葉から違う。顔色も行動もなにもかも。



運とかタイミングとかいろいろあるだろうが、一番大切なものは本人の意識。
そのイケイケのオーラによって強い運がまたさらに舞い込んでくる。
下を向いていても始まらない。人生キープヘッドアップだ。上を向いて歩こう。


私のお気に入りの場所
2008.10.20

青梅に当然のごとく関越道で東池袋インターからキャデをすっとばしていった。
帰りは青梅に入ってすぐの二股で左と右を葉巻の火をつけていたら本来なら左だが、右に入ってしまい八王子方面に。まあいいかとおもい、そのまま中央道をとおって帰ってきたのだが、逆にそのほうが早かた。さすが青梅に行くには中央線ということだけある。行きは1時間。帰りは40分でついた。

 

 

実家に車をパークさせ、さて今日はどちらのバーにて瞑想をしようか考える。だまってジッポの石をかえながら歩いているとサンシャインまでついてしまった。サンシャインのなかにもたしかにいい店はある。

 


むかしは散々59階のバーに行ったものだ。女を口説くとき、男と友情を深めるとき、いつも私のお気に入りの場所はあの59階だった。空腹でシャンパン、白、赤。3本飲み干し240メートルから地上におりてきて食事。しかし残念ながらクローズ。

 

 

その次におきにいりはサンシャインアルパのなかにはいっているニューヨークスタイル風なオイスターバー白ワインを飲みながら生牡蠣をいただく店。もちろんマンハッタンのグランドセントラルの駅の地下にあるオイスターバーもいってます。でも気分的にすきなのはキーウエスト。

 


でっかい夕日を見ながらホースラディッシュにいわゆる日本の大根おろしにシュリンプカクテルのソース、それにタバスコを少々強めにかけいただく。これもまた生きてる実感。しかしそのサンシャインのオイスターバーもクローズ。私がきにいるとみんなしまる。

 


なぜなら私はすいている店が大好き。うるさいマナーの悪いガキどもとおなじ空間で食事をするのはいだ。照明がほどよくおちて、音楽が耳に触れないくらいの音量で、そしてすわり心地のいい椅子、相性があうバー越しのマスター。私はこれを探すのが趣味といってもいいくらい。

 


しかしなかなか満点の店にであえない。敷居がひくくてもこまるし、逆に変に鼻が高くてもこまる。空気というか水の流れというか。居心地のいいとこがいい。

 

地元の連れがきて、そいつとタクシーにのり思わずむかったのは人生2度目の高田馬場。むかしハワイアンの、ろみろみのお気に入りの店があったころそこのセラピストに連れられいったくらい。そのみせは、大向選手の弟の店だった。お姉さんににてハンサムだ。その店に行こうとしたら場所を思い出せない。

 


仕方ないので適当に入った。Bar カヴェルナ。昨日はいい発見だった。ここはいい。真っ赤なロールスロイスを髣髴とされるようなすわり心地のソファ。ちょうどいい高さ。ちょうどいい店員との距離と方向。まっすぐ向き合えばいいという問題でもない。ここの店は微妙にあっち向いてほい的方向。右向いてまけちゃったくらいな感覚。でもそれがまたいい。

 


カプリ島の頭をちじめて入った青の洞窟とはいあわないが、洞窟のような壁。モンティゴベイのドクターズケーブビーチ近くのお気に入りのバーで飲んだときを思い起こさせる音楽。つまみはたぶん胃袋系の内臓のトマトソース煮込み。臭みがゼロ。それにワインがまた合う。ポルトガルの白、二本目にフレンチをいただきました。

 


いいバーに出会ったときの喜びはいい女を獲得したくらいにまで相当する価値観。なぜならいいバーとは、安らぎを与えてくれるある意味いいパートナーをいみする。バーのマスターが女だろうが男だろうが、相性がある。女だから絶対にいいとは限らない。

 


まあ西部警察でいうスナック・コーナーラウンジ。通称角や。事件が解決するとみんなそこでいっぱい。
裕次郎なんか昼間からコルムの腕時計をしてオンザロックで飲んでいる。世の中にあんなデカどこにいるんだろう。課長室の家具の扉を開けるとブランデーしかはいっていない。

 


ドデカイ襟のワイシャツを着込み、スリーピーススーツを着こなす。わたしは子供のころ警察の上司はみんなこんな人なんだろうと本気で思っていた。大塚警察署の交通少年団の隊員であったわたしは、ときおりある講義の際に、警察署内をうろうろ見て回ったものだが、そんなひとはいない。ホテルマンとは明らかに違う輝きの7、3に分けた髪型と視力4,8くらいありそうな心の奥底までみれてしまうかのような鋭い目つきの人しかいなかった。以外に残念。まあでもしかたない。われわれの税金で日本の安全を守ってくれている。
警察に任せておこう。メキシコのようにお金で犯罪を見逃してくれるようなことはない。
税金はしっかりおさめよう。さて今日は営業活動と練習と食事。今日はどのような新たな発見があるだろうか。

 

 


また明日のリポートお楽しみに。



私が文部大臣なら
2008.10.19
実家の近くの繁華街となると池袋にあたるのだが、
驚くほどいい店に出くわしたことがない 
しかも客層がうるさいガキばかりとなるから余計に足が遠退く 



ここ最近は目白を開拓   つぎは早稲田、神楽坂、飯田橋とすすんでみるのも良い 
しかしいつでも落ち着くのはホテル  もしくはそこらの公園で地べたビール 



今日は青梅にて昼の試合  また明日、明後日連休  
練習して試合して汗をかき夜はバーめぐり  
私が文部大臣なら大学の教科に入れたいくらい 



イギリスでは女性のエスコートやタキシードの着方、
リムジンののりかたくらいは私立の十代の子供の時に学校で教わるのです 
日本はまだまだ   だから自分で学びなさい   プロースト


さて私自身のこの一年。
2008.10.18
昨日は豊橋で試合。新幹線のひかり号で1時間半。
道場からのバスは7時間かかったらしい。控え室での荒谷さんが眠そう。
聞くと昨日寝つきがわるくて2時間くらいしかねれなかったらしい。2時間は確かにきつい。



渕さんが間髪要れず、おまえどうやってここまできたんだ。

はい、バスです。

バスの中でなにしてたんだ。

はい、寝てました。

バスは計7時。ということは計9時間寝たことになる。全員大爆笑。



試合後、渕さんとまた新幹線で帰京。目的は銀座。夜の帝王と合流。
金曜の夜というものあるのだろうが銀座、超満員。



世の中の不景気がこの街を見ているとうそのよう。
不動産や証券による不景気のイメージばかりがあるが、
持っている人は持っている。昨日は銀座でシャンパン。誕生日をかねた祝い。



しかしよく考えると12時を回った18日。
これはすごい意味のあることに気がついた。



そう。全日本移籍一周年。さまざまな批判をされ、365日の時が過ぎた。
ある数学博士が言う。年をとればとるほどに日にちがたつのが早いと感じられる。



これには理由がある。37歳の人は一年が37分の1。ようするに24時間の時間の
過ぎ方は一緒なのだが、いままでの過去も比べていく理由で分母が
大きくなっていく。それによって分子との比率がかわっていくのである。
これは確かにわかりやすく、そのとおりだとおもう。
100歳の人は100分の一。1
歳の人は1分の一になる。



さて私自身のこの一年。
この理論があてはまろうがあてはまらなかろうが、私は短くは決して感じることは
なかった。そのまえの新日本をやめてからの2年はさらに長く感じた。
何のためにレスラーになったのかまで考えさせられた。
進路の変更さえも考えさせられた。



それを考えると昨日のシャンパンはどれほど意味のあることであろう。
涙のでる味でした。渕さんが歌で祝福してくださった。
みなさまありがとうございました。



コジマ JBL オールスター2008−2009 in 宇都宮 ファン投票

 

PureCityのブロガー 石田剛規君がオールスターにエントリーされています。

 

是非 皆様のご協力をお願いします。

 

http://www.jbl.or.jp/vote/result1.html

 

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East の C/F(ガード・フォワード)

 

石田剛規 トヨタ自動車アルバルク

 

投票は24時間ごとに何度でも投票できます。

 

宜しくお願いします。 ルパン編集長



プチブーム
2008.10.17
最近俺のなかでプチブーム 


後楽園  もちろん後楽園ホールもふくまれるかもだが後楽園遊園地  
散々飲んで遊園地  


なかでも舞姫  
わたしが後楽園スタジアムでキリンビールをうっているころからある



名前もスピードも違うがとにかくあった   いまのはターンもある   
しかも気のせいかもしれないがここ最近またスピードアップしたような気がする



むかしの後楽園遊園地のお化け屋敷のあったかどにいまじやロンドンパブ
そこでワンパイントギネスをすうはいのみ舞姫   おわったらまたパブ  


最近のブーム  この乗り物のごとく人生も


この理論がブームを起こさない限り・・・・・
2008.10.16

千葉にて練習。

 

 

アメリカの秋の訪れのインディアンサマーじゃないが、ぽかぽか陽気。
地元のサーファーも夏のようにみんな健康的に日焼けをしている。

 


いい練習をし思いっきりたっぷり麦茶。人間にとって水分は大事。塩分の取り方も大事。へたすりゃこの二つがうまく調整できれさえすれば病気になることはないのではなかろうか。

 


バナナがはやっているが、バナナはどこの地方でどこの気候でどの季節にできるものなのかはわかっているのだろうか。フィリピンや台湾の気候と日本の温暖湿潤気候の違いをわかっていた上でのダイエットではないきがする。

 


夏ならまだしも温暖な気候で取れたものをこれから寒くなる冬に続行していくことははっきり言ってものすごく危険である。免疫が低くなり風邪を引きやすく、それを長年続けることでさまざまなアレルギーを誘発させる可能性がある。

 


日本の真夏でもバナナやパイナップルがこの地でできないというのはよほど、体を冷やす成分があるということがわかろう。台湾やフィリピンで生活する環境のひとには最も適した食べ物。この季節と気候の関係を少しだけ頭に入れただけで風邪はともかく精神状態にまで安定していくものなのに。

 

 

この理論がブームを起こさない限り永遠に不適当な食事のとり方や、おいしいかまずいかの判断によるとり方が続くことであろう。しかしここでまた不思議なこともあるのも事実。あれこれ調整し早死にする人がいたり、好きなものを好きなだけだべて長生きしている人もいるのも事実。

 


運命論を言ってしまったらそれまでだが。なるようにしかならない。いろんな方法はあってもその個人が納得した方法を実践するのがいちばんいい。支配されたくないから支配したくない。これが私の生き方。

 


長州力は支配されることもないが支配する。これが彼の生き方。
60億人いればいろんな人がいる。60億人長州力というのはありえないし、60億人西村修もありえない。しかし60億人長州力よりも間違いなく平和は間違いない。

 


成田からの海外への出発が猛烈におおくなる。常にホテルのバーが混雑。

何十年たとうがボンド映画が常に大ブーム。
みんな野球はヤンキースだけしかしらない。スキーは蔵王しかいかない。

みんな九十九里と大塚にすむからそこの土地だけ高騰。
スターバックスが麦茶の販売を始める。ファーストフードがなくなり、

おにぎりやがいたるところに。

 


とまらなくなるので今日はこの辺で。



久々の千葉
2008.10.15

昨日は夜の帝王に挨拶に会社にお伺い世の中の景気不景気、

この御方にはいまだ池田首相の時期の高度経済成長期のオーラをもつ。

所得倍増計画を言いそうなくらい。

会社訪問するなり銀座へのお誘いと来ましたが、所用で千葉に。

 

 

九時を過ぎると太東の町はゴースト化。

サーファーは朝が早い。

クロウドさんも七時か八時には寝てしまうらしい。

夜明けとともにみんな海に。

 

 

 

 

 

しかし九月は二回渡米がありまったく千葉のアパートにこれず久々の滞在。

一時間がこんなにも遅く過ぎると感じるところもない。

 

 

運動して食事して休息。

夕方から海の波の音を聞き夕日を見ながら反省会と祈り

いい瞑想の空間。

エナジーがどんどん入り込む。

 

 

今日の日をありがとう。



かっこいい大人
2008.10.14

一昨日は東京から四日市への日帰り。

新幹線で1時間40分。リニアモーターができればわずか30、から40分らしい。

土地の買収がいちばん容易な地下を走り、駅に着くときだけ地上に上がってくるらしい。

もうすでに長野の飯田近辺で頻繁に関係者による体験乗車をやっているらしい。

 

 

飛行機がもう少しはやくならないものだろうか。

コンコルドは数年前まであったが燃費や安全面を考慮したうえで廃止になってしまった。

よくJFK空港で待機している姿を見たがなんとも華奢な印象。

エアバスは380型。2階建てのホテルのような飛行機。

ボーイングも380に対抗するものもいずれできよう。

 

 

しかし武藤さんはすごい。もう日本に敵はいない。

対新日本もそれはそれで面白いのだが、武藤さんにしかできないものがある。

それは対外人。しかも思いっきりのスーパースター。

 

経験をつんだ選手とやるのは間の取り方から奥の深い戦法、戦術を求められる。

特にそれがまた超一流の外国人選手となるとそれはまた難しい。

 

 

いまだ私の中のワーストマッチは95年。

まだまだ私がグリーンな時代のリックフレアー戦。

しかしその悔しい思いが70年代、80年代のアメプロに

思いっきり自分自身の興味をもっていかざろうえない心境にさせてくれた。

いまだドリーさんにこだわりオカラで学ぶところの理由はそこにある。

 

私がブッカーならいまこそ、スティングやかつてWCWで凌ぎを削った

超大物たちとの戦いぶりを見てみたい。

それがいとも無難にこなせるのは日本では武藤さんしかいない。

グレートムタ対リックフレアー。見てみたい。

 

 

さて昨日はオフ。オフの時間を利用し日本橋の三越本店。

地下鉄の駅の乗降客から人種が違うのがわかる。

着物を着たおば様たちがぞろぞろ。

今の若い人たちには日本橋の三越で買い物をすることのステータスなど

まったく無関心なのだろうが、原宿あたりをふらつく

カントリーボーイズ、アンド、ガールズにはわかるまい。

さすがは天下の三越であった。

 

 

デパートをみて久々に感動した。日本の歴史探訪のようなくらい。

おもいっきりかっこいいスーツを久々に新調しに。

というか自分への37の誕生日プレゼント。

 

年とともにそれに相応した道を歩いていこうというのが今回のテーマ。

ぱりっとしたシャツにスーツをピシッときる。男のダンディズム。

ジーンズにTシャツもいいが、ボンドの哲学ではない。

 

年輪を重ねるということは突き進むべきところは重み。

かっこいい年をとりたいというのは、

小学生のときにすでにスティーブマックイーンをみて感じたこと。

いまだその願望。かっこいい大人。

 

 

西部警察をみて小学生の時思った夢が、

早く小暮課長のようにひとりでバーにいきたい。

幼稚園のころから石原裕次郎に興味があった。

 

それは親が熱狂的なファンであったことに感化されているのだが。

なんとも渋い幼稚園生だが。

もうそのころからオールドファッション、オールドスクールにはまる要素は

あったということになる。 

 

人間の道しるべは面白いですね。



町の名前に4の文字。
2008.10.12
地球の深刻な温暖化、ガソリンの高騰、金融業界では株価が大暴落、
不動産はサブプライムの影響でバブル崩壊、三浦容疑者はロスの収容先で自殺するなか
全日本後楽園では平井さんがブードゥー入り。



世界は連鎖反応で事件がおきている。
9,11から数えて昨日はちょうど7年と1ヶ月。ちょうどという言葉はかなり強引だが。



2008,10,11。昔でいう体育の日の次の日。
いまでいう体育の日の二日前。この運命的な出来事が何を意味するものなのだろう。
さて今日は四日市。平井氏の行動に不吉な予感。



町の名前に4の文字。
四日市市民体育館でなく、オーストラリア記念館というところでやることも問題が
ありそう。オーストラリアの記念。カンガルー、コアラ、ブーメラン、オペラハウス、
サイエントロジー、もしくはマークマッカィ。今日はいったい何が????


非常に興味深い
2008.10.11
タンパ家の本棚からひっぱりだしてまた改めてヤンキースから


ドジャースにうつった今この時期に読む 


非常に興味深い   食養論、陰陽論、


以外の本で最近のお気に入り 


さてジョートーレ並みの采配で今日からのツアー


頑張ります 


監督は頭脳と精神、肉体が選手というところ


東京・ジャパンだ!!!
2008.10.11
昨晩は銀座にて上海の超有名な中華料理店の出店記念パーティーがあり、
そこにおよばれがかかり駆け付けた 



渕さんと内田取締役も  おいしい上海蟹をいただく  食後、
六本木にて行きつけのバー。二件目、知人が合流し、ショーパブ店。テンション全開。



そこに  カイが合流   二人でシャンパン飲んで大騒ぎしてきた 
時差とともに時が経つにつれしだいにハイパーになってくる 
そのあとカラオケで散々うたったらすっかりもう朝 



朝飯でトンカツ   胃の中が夕食モード   そのまま東中野、
安藤歯科にて定期検診   歯科治療後、ようやく帰宅 
運動をし、ようやく仮眠    よる九時起床   それからまた行動開始 
絶好調の東京・ジャパンだ


ジャンボ鶴田さんのお墓参りに
2008.10.09

昨晩は大塚。時差と戦いながら軽く焼肉屋。
最近よくやるのが、焼肉屋さんで肉を焼かない。

 


ようはサラダやキムチ系をたっぷりとる。最後は麺類。
なんともこれはこれでヘルシー。

 


時差を早く直す方法として手っ取り早いのは夜、眠気に負けて早く寝ないことがいちばん。家でゆっくりしているとすぐ横になれる体勢になってしまうので、外出することにしている。プールやサウナもいいらしい。

 

熟睡をし、

 

 

今日渕さんと山梨のジャンボ鶴田さんのお墓参りに行ってまいりました。
私は残念ながらジャンボさんとはまったく面識なし。
全日本に入団し、まもなく一年。大先輩への遅ればせながらの挨拶にいってきました。

 


渕さんとジャンボさんのお兄さんの盛り上がる会話をよこに、ものすごくおいしい巨峰をいただいてまいりました。しかし渕さんは朝から晩までハイパー。

 


よくしゃべるし、よく食べるし、よくのむ。もっとすごいのがよく歩くこと。
私の周りで渕さんほど歩く人は見たことない。

 


レスラーでは間違いなくいちばん歩いている。

みんな車だ。渕さんは車は乗らず電車。

六本木から代々木の自宅までもよく歩くらしい。

また歩くのが早い。競歩のよう。

 

 

 

食生活も気を使っている。

野菜が大好きということと昔の映画が大好きということなので、私からのお土産はこれにきまり。

 

 

 

 

先日お亡くなりになった大スターでした 

 

 

 



珍ルート???
2008.10.09
昨日もまた珍しい飛行ルート。



シカゴを出てそのまま真北に進路をとり、北極で左に旋回。


アンカレッジのはるか北をとおり、シベリア、オホーツク海、


千島列島、そしてJapan.



揺れもまったくない、快晴の高度38000フィートの空のたびでした。
写真は機内での飛行案内と、快晴のシベリア


帰国
2008.10.08
ただいま帰国いたしました



もっと自然に、もっとシンプルに。
2008.10.07

昨日、一昨日とタンパからオカラヘのドライブはアントニオ・トーマスともう一人は仲間のトッド。二人ともボストン。もちろんレッドソックス大信者。私の車内のCDはヤンキースタジアムメロディ。まあ笑いながら二人とも聞いていたのだが。 この二人とも出身はキラーコワルスキー道場出身。

 


つい先日82歳でお亡くなりになった。聞くところによると小さいころから完全な菜食主義。奥さんも知り合ってからは菜食。名前からして東ヨーロッパかロシアかきいたら、ポーランドとのこと。酒もタバコも一切口にせず。大量のにんじんジュースをのむらしい。

 


それと気をつけていることは食前と食事中には一切水分を取らないということ。水分は食後。周りや生徒でタバコをすうものや酒を飲むものがいても菜食の強制はまったくしなかったらしい。

 


私も野菜に関しては独自の考え。
これはがんのときに勉強したのだが当たり前のことを当たり前にやっているだけの摂取法。その季節、その土地でできたものを口にする。プロレスの取材であろうと講演であろうと、必ず説法のときに出るのは食事の話。この単純明快な季節と、その土地。わかっているのだろうがなかなかわかってもらえない。というか実践していない。

 


スーパーに行けば一年中同じものが売っているからわからないのもあるだろうが。こればかりは自分で勉強しなければならない。季節の野菜。

 


さてこれから寒い冬になろうとしている。しかしスーパーではトマトもきゅうりもレタスも夏の代表的な野菜を堂々と置いてある。冬に夏野菜を食べるのは本来体にはよくないのです。暖めなければならないのに冷やしてしまう。

 


皆さんが好きな砂糖がそう。砂糖は何?というとサトウキビ。サトウキビはどこの気候のどこの町で取れるかを考えなくてはいけない。季節と気候を無視し、味優先にはしる。これを何年も続けることによってさまざまなアレルギーや病にかかる。温室栽培というのはむりやり暖かい環境を作り季節を無視したもの。もっと自然に、もっとシンプルに。

 


ただコワルスキーさんのように食事に節制しながらもなくなる数週間前に心臓発作をおこしそれから体調が一気に悪化。82歳の幕を閉じた。菜食主義にしたからといって120まで生きれるという保証もない。無理に節制するよりも好きなものを好きなだけ食べ、死んでいくという考えのほうが多いのではないかともおもう。寿命が年々という発想よりも、生きている間いかに健康だったかが問題になる。

 


よく眠れ、よく食べ、よく体を動かし、物忘れもせず、ストレスもなく、最後の最後まで欲望を持つ。これが健康。最近流行の引きこもり、高齢者の認知症は健康とはいえない。

 


長さではなく中身の問題になってくる。食欲、物欲、性欲。
この3代人間の欲望が消え薄れると人間はふけていくらしいですぞ。
エネルギッシュに活動的にいきましょう。



いつも一人です。
2008.10.06

朝、起床後、私の大好きなパスタ。
アリオ・オリオ・ペパロンティーノをおおもりで。
コルレオーネでならった正確なイタリアンの味もグッドだが、
銀座のデスペラードで習った味が最近お気に入り。

ようはにんにくのたっぷりしみこんだ醤油が入るか入らないかのちがい。
麺はディチェコ。デスペラードではさまざまな思い出がつまっている。

 


でもいちばん思い出すのは、私の夜の師匠がうたう、大阪Lover。
大盛りのパスタにたっぷりの麦茶。
食後、アパートのランニングコースでサーキットトレーニング。
シャワーをとり、再度軽く食事。

 


また今日も85マイルをかけオカラに試合をしにいってまいりました。
3対3の試合。
先頭を切って私がドリーさんにいいタイミングでタッチを持っていこうとしたが、
今日はドリーさんが長時間にわたり向こうチームにつかまってしまった。
67歳になろうがまったくや過去の選手という感覚はない。
若手以上にはりきり、誰よりもタッチを求める。さすがNWAチャンプ。
いったんタッチするとなかなか帰ってこない。
お客さんのまえで、リングの上で汗をかく。

 


何時間の反復練習よりも何倍の意味があり何倍も大変な作業こそが実戦である。
実戦にかなうトレーニングはない。帰りの道もさまざまなことを考えさせられた。

 


やはりプロレスはキャリア。この意味は人生とはキャリアであるという同じ意味にあたる。
わかければすべてよしの人生ならば、失敗を繰り返し経験をつんでいくいみがない。

 


プロレスも、恋も、酒も、旅も、なにもかも。
人生はやはりゴールのない終わりなき旅ですね。

 


あさて明日はタンパ7日目の最終日。

快晴の天気になることを祈り今日はバーにも一切寄らず

アパートのキングサイズのベッドに一人でねます。

 


これは今日は一人という意味ではありませんから。
いつも一人です。



タイミングとサイコロジー
2008.10.05
今日はこの前来日のアントニオ・トーマスとその仲間のトッドをつれ
タンパから3人で85マイルノースのオカラヘ。



3月にドリーさんが引退をし、その後正式にオカラのドリーファンク道場が
全日本USA道場となった。



はっきりいって全米のインディで活躍する超優秀なボーイズはそくWWEが
スカウトにかかり、タンパにあるFCWに入れてしまう。新日本の山本がそう。



しかしあくまでここはマイナーリーグ。野球ファンならわかるであろうが、
松井、井川がメジャー契約で調整のためにマイナーに来るのとは違い、
マイナー契約選手がメジャーに上がるほど大変なことはない。



井川さんは残念ながらマイナー契約に落ちてしまったが。
しかしアメリカは広い。次から次へと新しいニューカマーが出てくる。



ここに来る連中は、全日本のファン。グレートムタに憧れ、グレートムタの会社、
全日本に行きたがっている面子。
新日本はそのてんここまで外人留学生の受け入れはない。



ドリーさんがここの道場で稽古をつけ認めたものを全日本に送る。
名前が売れてないからギャランティーは最小限からスタートするのは仕方がないが、
いまだ日本はアメリカのボーイズにとって出世の近道となるよいキャリアをつめる場所。



私はそこのサポート役。今日も何人も将来、全日本にいきたがるボーイを見てきた。
今日はファンを入れての公開練習、明日は試合。



私もまた6人タッグでドリーさんとのコンビ。67歳にしてまだまだ健在。
生徒を指導するために毎日自リングシューズをはきリングにたち直接指導。
こんな偉大な70年代チャンぷに直接指導されるんなんてここの生徒は
なんともうらやましい限り。



日本でもそうだが若手に限ってバタバタ。アクションを起こせばよいとおもっている。



ドリーさんが言う。レスリングのムーブは誰にでもできること。
しかしタイミングとサイコロジーは自分で学ばなければならない。
プロ18年にしていまだわたくし勉強です。



写真は何年か前のNWAチャンプたちとのシーン。
70年代の永遠のライバル、ジャックブリスコ。


今日のジム。
2008.10.04
今日のジム。ここはメンバーシップフィーもない。



服装も規正はない。オープン、クローズの時間も関係ない。


海パン一丁でよい。もっていくものはタオル、オイルのみ。



もちろん冷暖房もない。思う存分いたいだけいてもよい。



自然は人間にとっても必要だ。


すごい車が走っていた??
2008.10.04

今日も朝から快晴。

ビーチへ行く途中。すごい車が走っていた。おんぼろもいいところ。



昔の天山の52年グロリアを思い出す。道ゆくひとに指を指されて笑われていた。


しかしこの車はそれ以上。


でも運転手は金持ちそうなきれいなマダム。逆に乗り心地がいいのだろか



それともみんなよけて走るからこうつごうなのか。アメリカらしい



男は靴と時計に金をかけるべし。
2008.10.03
男は靴と時計に金をかけるべし。
これは私の持論なのだが、この二つのアイテムがしっかりすることで
ほかの適当なアイテムがしまる。



人生二足めのカーボーイブーツ。
タンパのウエスタンショップでトニーラマがセールしていたので即買い。



もうひとつ。男は感性を磨くべし。タンパの家はまだまだDVDがなくVHS式ビデオ。
好きな映画は何百回でもみる。



やはり007が多い。あとはマフィアもの。フロリダでスカーフェイスをみる。
映画のシーンがここフロリダだから、ここで葉巻を吸っただけで気分は
トニー・モンタナ。    映画は確実に心に響く。


最高の気分
2008.10.03

今日も朝から快晴。気温88度。摂氏だと31度くらい。
セントピーターズバーグのさらに南のファートデソトパークが私のいわゆるジム。

 

 

そのビーチの中でもまったく人が通らない秘密のエリアが私の陣地。
人がたくさんいるクリアウォータービーチで運動に励むわけにはいかない。

 

 

食事もまるで精進料理。病気をして欠場の間に世界各地で勉強した食事による

体質改善法。基本はいわゆる粗食だ。化学調味料を使わず、レッドミートも口にせず、
水分も日中はスプリングウォーターで作った麦茶をひたすら。
運動によって大汗をかき、正しい水分、正しい食事を口から入れ、
皮膚からはミネラルの塊のような海水、魂の潤滑とまで考えられる植物性のオイル、
体の機能すべてためることなく流れ出ていく。

 

 

肺からの息、皮膚からの汗、尿と便、そしてもっとも大事なものが心の排出物。
そうストレス。たまると腐るものは世の中にもたくさんある。水もそう、お金もそうだ。
ためればいいというものではない。入ってきた分、流す。これがひとつの重要な健康法。
体内も身の回りもためるのはよくない。きれいに流そう。

 

 

さて今日もいい食事にいい運動をすれば最高の気分。すべてが満たされる想い。
調和の取れたすごくいいリズム。東京ではこうはいかない。
逆にそうだからこそフロリダでの集中キャンプが功を奏す。
今日の夕日も美しかった。
おもわず写真に収めた。

 

 

 

 

浅見さん、いつも熱いお返事ありがとう。
車は右も左も関係ないのです。一応私はアメリカの運転免許は持っていますが。
93年の遠征で長い間日本に帰らなかったときはかなり
右と左の車線感覚を取り戻すのに苦労したが今ではせいぜいたまに。
レンタカーをピックアップし空港内の出口まで
出るまでにはもう感覚を思い起こしている。まったく問題なし。
それよりもむしろハンドルの位置のほうが問題。左ハンドルに慣れていると
右ハンドルに戻すサイの違和感ていったら。

 

 

今日もいい日でした。



インドアロック!!
2008.10.02

今日も私のお気に入りのキューバンレストラン。毎日いってもあきないくらいうまい。
タンパでいちばん好きな店かも。昔はここまで好きではなかった。
日本から来た観光客気分で、アメリカの珍しいロールのすし屋、
紅花スタイルの鉄板焼きのほうがむしろおいしいし、楽しかった。



いい加減21のときとは味覚は変わるね。酒もライトビールを2、3本しかのまなかった。
いまじゃライトビールなんか絶対に口にしない。酔わないからおもしろくない。
味わいもないし。 しかしアメリカ人はライトビールをよくのむね。



間違いなくBud LightかMiller Lightが世界で一番売れているのかと思えるくらい。
私が酒を飲み始めたきっかけは間違いなく97年のヨーロッパ遠征。



ビールももちろん、ハードリカーももちろん、ワインももちろん、
そしてシャンパンももちろんだがそれ以上に、酒を飲み熱く語り合い、
男の友情をさんざんもてたことに酔う楽しみを覚えた。
だから味よりも酔うことに魅力を感じ始めた。



プロのスポーツ選手として恥と思われるコメントかもしれない。
しかし人間の縁、絆、情け、愛、信用、友。これらをさらに深められる人生のレシピ。
最高だよね。生きるのがはっきりいって何倍も楽しくなった しかっこよくもなった。
みんなもぜひまねしてください。



話は変わるが、タンパにWestshoreという道がありここにモールがある。
たまたま日本の友人に頼まれた買い物の用事で立ち寄ったお店で、
店員からあなたはまだレスラーやっているのかと聞かれた。



アメリカで私がレスラーであることを聞かれるのはまずない。
彼は誰か聞いてみると、ぺぺプラドというレスラーの息子。
ぺぺプラドはスティーブ・カーンの道場の練習仲間。



このレスラーの3つしたの妹はなんと、ヤンキースのティノ・マルテイネスの奥さん。
この店員のお父さんの妹がそれ。ティノはタンパ出身。
今何をしているか聞いたら、ヤンキースのオフィスで働いているという。



引退を告げることもなく、そのまま野球界から去っていってしまったので
心配していたが、ほっとした。



ヤンキースはライオンマークの会社と違い、貢献した人には面倒をみている。
ダリル・ストロベリーもそう。さんざん麻薬に手をだそうと、スタインブレナーは
見捨てることはない。



ティノはジーターと仲がよい。ジーターもポサダもタンパに家を持っている。
松井さんはキャンプのときだけ。ジーターがむかしマライア・キャリーと
付き合っているときよく、ティノ夫妻と4人でタンパで食事をしたそうだ。



タンパはプロレスはもちろんヤンキースともきっても切れない町。
特に観光で発展した町ではない。むしろリタイアした人が多いくらいのまち。
マイアミほど治安も悪くない。



キューバの移民やカリブ海からの移住者たちでコミュニティーが形成されている。
西側のロスにもない雰囲気。スタインブレナーのすむ超高級住宅街もあるし、
ジーターやポサダ、 バティスタやジョンシナのすむコンプレックスもある。



ヒロマツダ、カールゴッチ、マレンコ、ジャックブリスコ、スティーブ・カーン、
ハルク・ホーガン、バディ・コート、ブライアン・ブレアー。
一時期は9年間、タイガー服部や私が一時教えを受けたことのある
スーパーデストロイヤーのドンジャーディンもそう。



プロレスの歴史探求にこれほどおくが深い町はない。
私がプロレスの原点回帰論に興味がなければここに住んで勉強する意味はまったく
ない。わざわざ飛行機代を使い、アパートをキープして、
長い飛行時間をかけ時差に耐え、 それでもすむ理由がここにある。



ただの南国のリゾートにすみたいならばハワイでもへたすりゃタイあたりのほうが
近くてよっぽど好都合。



最近、Kaiとバスのなかで隣になりずっと海外の話をする。
やつはメキシコでの経験談と人生観。すばらしい世界観を持っている。
私が影響を及ぼしたわけではないが、彼も私と同じように海外在住を希望するもの。
もっと気楽に全日本の若手は海外にでればいいとおもうし、
せっかく私がいるのだからタンパにきてドリー道場で練習すればいいとおもう。



プロレスを勉強するには海外でなければ勉強できないというのは、昔の古い考えで
はない。 日本で勉強したくてもできないものは今のこの時代でも山ほどある。
武藤社長がいちばんわかっていると思う。
なにせグレート・ムタはメイドインUSAなのであるから。



さまざまな先輩後輩を見てきたが、所詮日本人はみんな日本に帰ってしまう。
カブキさんも、桜田さんも、キラーカーンさんも、マサさんも、田尻さんも、
タカみちのくさんも。



いまだいるのは、ニューヨーク・タイガー服部、メキシコ・浅井さん、メキシコ・
鈴木健三、テキサス・船木さん、なくなったがマツダさん。佐藤昭雄さんも。



女子ではニュージャージ・山崎五紀さん。ロスにも山崎さんとの同期くらいの女子が
いる。忘れてはならない、ブル中野もフロリダ。彼女も昔はニューヨークの飲み仲間。
元気しているのだろうか。この間久々にあったがサブーの奥さん、ミブーさんも元気そう。



記者は脱落の週プロ鶴田氏いがいは、みんな元気。
ボストン・シュン山口、ニューヨーク・ケイジ中山、ダラス・ジミー鈴木、マイアミ・カズ高橋




ところで今日は朝からピーカン。30度を超えるくらい。
日本での食事がうそのようにこちらでは超粗食。朝、おにぎりと味噌汁と漬物。
日中はずっと麦茶。体調維持に欠かせない水分。人間にとって非常に大切なものです。



海に繰り出し炎天下での練習。練習後、セントピーターズバーグのビーチの

ピアによって釣りを楽しむ人を見学。私は魚と鳥に食パンを。

 

のんきにしていたら鍵がない。やってしまった。インドアロック。
携帯も財布もすべて車の中。たまたま通りがかりのおじ様に助けを求めた。
ものすごい親切。バージニアで空軍を27年経験。いまは高校の歴史の先生が
夕方のジョギングのためにとおりかかり、私を助けてくださった。



彼のポルシェで近くのコーヒーショップで待機。上半身裸の私にきれいなシャツを。
そしてコーヒーまでご馳走してくれた。
軍隊退役後は、5機の飛行機を所有し自らカーゴの会社を5年間経営していたそうだ。
なんとロックスミスの出張代まで彼の保険で支払ってくれた。



しかし見ずしらずの人間にここまでしてくださるとは。ものすごくありがたい。
いい勉強になった。やはり人類みな兄弟だ。助け合いの精神。
やはり大切なのは愛である。



写真はセントピーターズバーグビーチと



今回私の借りた、グランマーキー。



その助けてくださったMR Boykinさんとのツーショット。いい日だった。




宇宙戦艦ヤマト。
2008.10.01
全日本の台湾プロモーションのために10名くらいは台湾にいったそうだ。
私はプロモーションには参加しなくてよいとのことだったので急遽タンパもどり。
しかし台風15号の中、さぞ飛行機も揺れたことであろう。



私は無我時代、台湾への市場調査、というよりは台湾プロレスへの技術指導等での
協力を約束をしに行ったことがある。台湾ではプロレスの人気が猛烈に高い。
しかも武藤さんの人気が特に。



全日本に入団したことで無我としての今までの個人的な協力はできないというより
やる必要がなくなった。11月の台湾はどのくらい盛り上がるか今から楽しみなところ。



NKPW、新韓国プロレスの防衛戦が11月の5日に予定されたのだが
これまた延期に。早くしないとベルトだけ何年も使い込んだかのように
錆びてしまいそうだ。



しかし規模は小さいにせよ、昔のNWAベルトそっくり。
ジュニアはAJがそのままアメリカにもって帰ってしまった。
千葉の九十九里のアパートのベランダにおいて塩害でわざとさびさせ、
何十年も伝統あるベルトのようにしてしまうのもいいかも。



Anyway タンパ2日目。
初日の快適なユナイテッドの空のたび。飛行機マニアのおもしろいデータをとった。
参考までに。747のジャンボが成田空港滑走路で完全に止まったままから
離陸するまで、前車輪が58秒。 後ろ車輪1分1秒で機体が中にういた。



もちろんこれは距離によってのガソリンの重さ、風の強さにもよるだろうが。
そのあとに乗った国内線エアバス320は前車輪37秒。後ろが39秒。
さすがに早い。



離陸時にいかなる電子機器の使用は禁じられている。離陸後10分間位してから
使用の許可が下りる。 携帯電話や電波を発信する機器の使用は随時禁止。
ユナイテッドの場合、チャンネル9番で操縦席と管制塔との交信をきくのも
飛行機ファンとしてはたまらない。



ちなみに高度の上げ下げ。すべて一回一回管制塔が許可しないと
パイロットが勝手に進めてはいけないことをしってましたか?
気流の悪いところをとおり揺れても勝手には判断できないのである。
飛行機の離陸時ほど飛行機ファンの興奮を感じることもない。



このときをもしも音楽としては何の曲がもっともにあっているか。私はうんと研究した。
城達也のジェットストリームも、さまざまな航空会社のCMソングもいい。
ナットキングコールのアラウンドザ・ワールドも鳥肌がたつ。



ニューヨーク行きの時は、ビリージョエルの
NewYork State of mind。シナトラのNewYork NewYork。
アーサーズテーマも感動できる。歌詞の一部に
If you go Between moon and newyork city.
I know It is crazy, But true.




なんど800便で聞いたことだろう。しかしシンプルでわかりやすいのが
いちばんいいのがわかった。スーパーマンもばっちり。
スーツを着てシャンパンを飲み007のサントラもいい。



しかしこれにはかなわない曲がある。宇宙戦艦ヤマト。
いきなりの歌詞。さらば地球よ。これで魂がとんでしまう。5
8秒だとどこの歌詞までいくか。これがまたおもしろい。まあ聞いてください。
手を振る人にーーー笑顔でこたーーえー。ここで飛ぶ。



もしかしたら第一ターミナルの屋上の送迎デッキからこの機体に手を振っている人が
いるかもしれない。その万感なるおもいを胸に私は機長とともに地球を離れる
気分なのであります。 まあもちろん宇宙にいくわけではないのだが。



私の周りには鉄道の運転士、バスの運転士、アメリカ大使館VIPの運転士がいるが、
パイロットはいない。話を聞いてみたいものだ。



私はユナイテッド航空のミリオンマイルフライヤー。
100万マイル搭乗者。東京からシカゴまで6200マイル。
となると80回以上往復乗ったことになる。地球で言えばちょうど40周。



新聞記者のジミー鈴木なんか8ミリオンのっている。地球320周。
のればいいというものではないが、確実に価値観、人生観には影響されている。
私はこの先も旅は続く。


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