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名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
所属:07年10月19日付で、全日本プロレスに正式入団。
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー。
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

全日本プロレスリング所属の正統派プロレスラー。
彼の名言には3ゴング!!
 
 
 
 
 
地球最後の日
2009.01.31
今日もタンパはあいにくのアメ。
空軍がしきりにあさってのスーパーボールに備え、大いにありえる
国歌斉唱のあとのサプライズで飛ばす空軍の飛行部隊の訓練を目にする。



さすがのあまり口を開いた。去年ドリーとともに来日した
ライアン・ミッシェルという選手はコジマらの軍団の
F4ではなく戦闘機のF4のパイロット。
すさまじいまでのGがかかる。ジェットコースターの苦手な私には耐え難い。



しかし もしも地球最後の日がくるならば何をしてすごすかといったら


新幹線の運転も、ヤンキースタジアムでの野球でも、
マンハッタンのレインボール−ムでのシャンパンでもなく、
快晴の蔵王の百万人ゲレンデの大滑走でもなく、


ロータスエスプリでの首都高バトルでもなく、銀座の豪遊でもなく、
ニューオータニのトゥールドルジャンでのディナーでもなく、
トリバンドラムのオイルマッサージでもなく、
ドクターズケイブビーチでの海水浴でもなく、今半のすき焼きでもなく、


クフ王の墓の上での瞑想でもなく(これもあり)、
京平さんの銀座のバーでの説法会でもなく(ちかじか私ひらきます)、
渕さんとのクラブめぐりでもなく(これは実際ありえる)、


なにわともあれ間違いなく航空機を操縦して地球を一周して
最後を送りたいというであろう。窮境の夢でもある。
そんなことを考えているうちにやっぱり加山雄三さんの
光進丸ほどはいかなくとも船がほしい。



隅田川沿いに家を持ち、飲酒運転が厳しい都内の喧騒を横目に
東京湾を美女とクルージング。すばらしい。
私は自慢じゃないが免許は持っていないが船の運転は大の得意。
フロリダでは常に加山雄三か、裕次郎か西村修といわれるほど。



船にサンドイッチとワインを持ち込み無人島にいく。
イルカの群れが私にハローと声をかける。私もそれに対して呼応する。
たまにであるがマナティーまで、あのブルドックのような顔を水面に出すときもある。
自然とともに人類は共存している瞬間。



太陽と海と砂浜と、これに美女とシャンパンがあれば何にもいらない。
今日の気分はシャンパンに黒ビールを混ぜたブラックベルベットの気分かな。



007 9作目。黄金銃を持つ男の最初のシークエンス。
クリストファーリーが朝からいただいているシーンがそれ。よこにモードアダムス。
オクトパシーでも出てくるがロジャームーアがべた褒めするのもわからないでもない。



昨日CD屋で新作ボンドのサントラを購入。
全体的な印象で暗い。ぜんぜんムードなバラードがない。
明日から元気に行こうぜ的な心理にさせてくれる曲が一曲すら入っていない。



私の今年のテーマである余裕が曲から感じられない。
余裕を感じさせない男とデートして楽しいとおもいますか? 
全国の美女たち。ここのところ禁酒のボンドより。


いい充電ができています。
2009.01.30

タンパ4日目。今日は昼まえから雨。

アパートのジムにて缶詰。終日練習と食事のみ。

夕方、買い物。生活用品と葉巻ショップ。買い物はこんなもんかな。

 

 

 

スーツもシャツも日本に指定のところがあるし、私は初心者のサーファーだが、

37にしてあまりアメカジには興味はもてない。

ボンドを気取るには基本はスーツだね。

銀座や都内のホテルを徘徊するならなおさらだ。

 

 

 

タンパにいるときはずっと短パンにTシャツにビーチサンダル。夏の格好。

しかしタンパの私の住処は体の疲れがすべて排除できる。

こんなにまで熟睡できる環境も世界中でなかなかない。

 

 

 

日本にいたら24時間体勢で電話とメール。

別にそれがストレスになるわけではないが、誘われれば私は絶対に断れないので、

ついでかけてしまう。それで東京では基本は午前様。

 

 

 

自分のために時間を使うというのもたまには大切だね。いい充電ができています。

夜はタンパでいちばんの歴史の日本食レストランJOTOにてゴッチさんの最後の側近、

テリー氏と食事。残念ながらジョーマレンコは急用でこれず。

 

 

 

驚いたことにこのテリー氏。体育教師ということは知っていたが、

なんとゲーリー・シェフィールドの先生であった。

ゲーリーは小学生のころから才能抜群ではあったが、とにかくきかんぼう。

6年生のときに野球の世界大会に出場が決まってはいたのだが監督と馬が合わず、

12歳にして自ら出場事態するほどだったらしい。

 

 

 

しかしわかるきもする。みんながみんなYESマンほどつまらないものもない。

社会や組織に従うのはもちろん重要だが、自分の意見は述べれる男でなければならないね。みんな奴隷になるためにこの世に生まれてきたわけじゃないのだから。

 

 

 

写真は雨模様の私の未公開のリビングルームより。

 

 



フェイバリットジム
2009.01.29

タンパ3日目。

昨晩も海での練習後、スティーブカーンのWWEマイナー団体FCWのトライアウト視察。

 

 

 

スティーブと再会。スティーブのご婦人テリーさんとも再会。

昔新日本での無我興行時代ブライアンブレアーやボブバックランド、

トニーセントクレアーらと一緒にスティーブをブッキングした。

そのお礼として家に呼ばれ、彼の家族とともにご婦人のおいしいご飯の招待をされたことがあった。昨日の再会はそれ以来。

彼の娘は超エリート。サーカスのショーのトッププロモーター。世界中を駆け巡る。

 

 

 

夜は山本と食事。デールメーブリー沿いのややファンシーなアメリカンスタイルの店。

タンパには申し訳ないが日本食のうまい店がない。

ずっとここに住んでいるなら仕方がないが、日本から来たばかりの私には、

興味をそそられる店はない。

どうしてもというなら大都会に行かねばならない。せめてオーランド。

 

 

 

 

 

 

 

ゴッチさんはしかし日本食に行きたがった。うなぎを大好物としていた。

明日にはゴッチさんの最後の側近らが集まる食事会を私が企画。

マツダさんも、ゴッチさんもいないタンパはいまだ寂しさが残る。

マツダさんがなくなってもう9年と3ヶ月。ゴッチさんがなくなって1年半。

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら今日もひたすらビーチパークにて空気を思い切り吸い込み、

終日器具を使わないゴッチ式トレーニング。

年末年始の体にたまりきった毒素が見る見る排出されていくようだ。

 

 

 

ガソリンもだいぶ安くなった。一時期は一ガロン5ドルまで行くような勢いだったが1、

ドル80くらいにまで落ち着いた。

ようやくまた暮らしやすいアメリカが戻ってきたようだ。

 

 

 

写真は毎度のことながら私のフェイバリットジム。

フォートデソトビーチパーク。

 

 

 



充実のタンパ2日目
2009.01.28

タンパ2日目。

昨日は部屋の換気を済ませ軽く運動後シャワーをとり、

ゆっくりビデオ鑑賞と行こうとしたら元新日本で現在ここタンパでWWEのマイナーであるFCWでメジャー挑戦のために日夜がんばっている山本から連絡。早速久々に会うことに。

 

 

タンパのスタジアム裏にあるキューバン料理店で。私勧めのローストポークを。

その後私の家にて世間話。プロレス、アメリカ、女、酒。夜遅くまでおもいきり熱く語った。

 

 

 

 

 

今日は起床後、快晴だったので早速ビーチパークにて練習。

世界一のジムだとおもう。海パン一チョで大汗かいて。海はまだすごく冷たい。

 

 

 

 

今回借りた車はダッジのマグナム。

 

 

これ以外の車を希望したがこれしかなかった。

最近の復刻版シリーズにしろチャージャーにしろマスタングにしろなんだか、

みんなおなじような感色の乗り心地。

 

 

 

ダッジ300もかなり受けてはいるが、私はリンカーンが好きだ。

あのフルサイズの何かに守られているような乗り心地。まるで大型客船のよう。

 

 

 

車もこればこるほどに薀蓄がおおくなる。

酒もそう。

昨日成田で買ったアル本の記事に面白いことが書いてある。

ボルドーは愚かな事を考えさせ、ブルゴーニュは愚かな事を言わせ、

シャンパンは愚かな事をさせる。

 

 

 

この記事を目にしたとたん機内で一人で大笑いしてしまった。まさにそのとうり。

いや、だからこそ酒も女も車も深い。深いからこそ研究熱心にさせられる。

 

 

 

さて今日も充実のタンパ2日目でした。

 



タンパに無事到着。
2009.01.27

タンパに無事到着。

 

 

 

ワシントンからはエアバス320.

丁度このまえ、マンハッタンの西側のハドソン川に落ちたUSエアーの機材と同じやつ。

少し前なら各航空会社も平気で727や737の古いのをもっていたが320はなかなか。

しかしハドソンに落ちたのは機長の決断。よくやったと思う。

 

 

 

ぺティトがヤンキースと1年契約したし、

ジョートーレがヤンキースに対して厳しいコメントを書いた本が

近日中に発売されるようだ。

 

 

 

部屋に入り3ヶ月ぶりなので思い切り換気。

日本から持ってきた空気清浄機もつかって部屋をきれいに。

 

 

 

時差もあるが今寝てしまうと直りが悪いので今晩は必死に起きています。



あっという間のアメリカ。
2009.01.27

11時間のフライト。とりあえずほぼ定刻どうりワシントンDCに到着。

九十九里沖とアンカレッジあたりで少し揺れたがあとはほぼスムーズ。

アラスカまでは食事して爆睡。

 

 

 

そこからは007私を愛したスパイの持ち込んだDVDをじっくり。

特典映像の天才美術部ピーターラモンのインタビューが面白い。

あっという間のアメリカ。

 

 

 

到着のDCはふだん入国審査上がものすごいこむのだが改装されたおかげか

ずいぶんとスムーズになっていた。

あそこで1時間も待たされるのはちょっと勘弁。

 

 

 

これから2時間待ってタンパ行きの国内線に乗ります。

 

 

 

ではまたね

 



久々の冬のフロリダ
2009.01.26

今日は十月以来の渡米。

十一月はタイと台湾。

十二月は数多くの忘年会を含む行事でなかなか時間がとれず。

 

 

 

一番多かった新日時代は年間十三回渡米していた時期も。

昨年はわずか七回。

タイトルを防衛するための最低ライン。

 

 

 

われわれ世界旅行家は飛行機のメンバーのステータスと

ホテルのメンバーのステータスにとれだけ付加価値をつけねばならないかをしっている。

年間十万マイルとぶのは容易ではない。

もちろん私はユナイテッド航空1Kプラチナミリオンマイルフライヤーメンバー。

 

 

 

さて久々の冬のフロリダにて年末年始のパーティーでたまった毒素を

しっかり排除してまいります。

 

 

 

向こうからの毎日のリポートもどうぞお楽しみに。

 

 

 



将来の夢と希望
2009.01.25

わたしが小学生の時に書いた将来の夢と希望についての作文が

数年前に部屋から出てきた。

それにはプロレスラーになりたいという希望と病気や怪我にも気を付けて

という文章を見たときなんだが胸が熱くなってしまった。

生きていてよかったと改めて感じさせられた。

 

 

 

その手紙を地中に埋めた。

また何年、なん十年後に見たときにどんな気持ちになるのかなと。

そんなエッセイをまたあらためて書いてみたら

それがあるサイトで優秀賞を数年前にとった。

 

 

 

そのサイトをテレ朝のあるスタッフが見つけ番組で取り上げたいとのことで、

昨日自宅にて母と取材に応じた。

放送は来月五日の夜中らしい。

 

 

 

また詳細は申し上げますが、幼い頃から現在に至るまでの写真を

数百点のなかから番組に取り上げられる模様。

楽しみだ。

 

 

 

 

 

昨晩は原宿にて新年会。

クラシックカーレースの大御所、荒木さん。まあ車に関して詳しい。

石原裕次郎のベンツガルウイングは1957年車のライトの改造版であるそうだ。

イタリアでは八十年くらい前から続く名門のレースがある。荒木さんもなんども出場。

日本でもこのレースに出ることほど名誉はないくらいだそうだ。

 

 

 

表参道を出発し四泊五日で東北を通り最後のゴールは横浜の元町。

車が大好きな私もいつの日か出てみたいものだ。

首都高かっとばし、大垂水峠をすっとばしていたころがなんともガキであることか。

大人は余裕を持っていきたいね。

 

 

 

ボンドのなかでロジャームーアが一番好きな理由もそこにある。

コネリーには色気があるがムーアには余裕を感じる。

今年のテーマにしてみるか。余裕。英語でComposure 

なかなか使わない英語である。

 

 

 

焦ってもばたばたしても仕方ない。

ゆっくり葉巻でも吸いながら生きようよ。

 



永田裕司との飲み。
2009.01.24
昨日は終日ロードワーク。基本的に私はジョギングは好きなほう。



高校の体育の授業が皇居一週マラソンが大半。いまでは護国寺近辺をひた走り。
不忍道りのアップヒルが心臓に効く。護国寺の石段ではうさぎ。



シャワーをとりいざ新宿。久々永田裕司との飲み。葉巻を楽しみアメリカ話。
しめにうまい日本そばをいただき帰宅。



今日はテレ朝からの取材。
もちろんワールドプロレスではなくある番組の緊急取材。
詳しい詳細がわかりしだい放送にちじを皆様にお知らせいたします。



夜は原宿にてミーティング。今日も元気にワインがうまい。
ではまたあす神戸にいってまいります


神からのギフト
2009.01.23

東中野にあるお気に入りの歯科からの電話で起床。

受け付けの美女からの電話。

まいりました。すっかりすっぽかしてしまった。

 

 

 

小さいころはよく虫歯ができたものだが、

最近はアルコール消毒のせいか食の変化でまったく虫歯ができない。

そのかわり歯のクリーンアップは毎月。歯石やら汚れやらを毎月掃除している。

まあだから虫歯ができないのかもだが

月一回の歯の掃除はみなさんにもお薦めです。

ずっと自分の歯でご飯は食べたいもの。皆さんはをお大事に。

 

 

 

 

 

しかし昨日も大塚の町にて大はしゃぎ。自分の年齢を忘れるくらい。

はしゃぐことによりさらなる活きるパワーがでる。

これがだまって静かに寝ているようでは人生錆びてしまう。

 

 

 

しかし人生エンジョイしたもの勝というのは本当そうだね。

これもすべてガンとの戦いから教わった人生訓。

昨日ガン克服に関するインタビューをうけながらつくづく考えさせられる。

人生にはリミットがあることを考えさせられるかないかで、その後の充実度がかわる。

 

 

 

一日をおもいきり無駄にせず楽しもうとする。

あしたとか明後日とか来週とかでなく今日をいかに生きるか。

 

 

 

昨日はヒストリー、明日はミステリー、今日はギフト。

神からのギフトをいかに吟味し楽しむかだ。

 

 

 

ではまた



体のオーバーホールを
2009.01.22

千葉でのトレーニングを終え、帰京。

 

 

 

まだまだ冬だ。寒くて仕方がない。

夏は涼しく冬は暖かいとの言葉つきで

千葉の道場を谷津さんから一時期二年ほど借りたのだがとんでもない。

夏は赤道近辺のような国々の猛暑に冬は南極並み。

 

 

 

しかしそれでまた鍛えられる。

あんな塩害で建物ごと錆びたところにソヤはよく住んだものだ。

途中人生までも錆びた状態になりかけたが。

 

 

 

しかし最初にしてあれを経験させれたのは逆に教育としてはいい。

おかずを作るのが面倒だから納豆ご飯ばかりを食べていたらしい。

しかし粗食こそ真の体力がつくれる。

 

 

 

私がいたときは千葉のアパートにつれてとまらせたが、二つ奴には問題がある。

いびきと寝言。

高岩のまるで夜中に煎餅を食べるかと思うくらいな強烈な歯軋りにも昔驚かされたが、

ソヤはさらに。

 

 

 

しかしそれをさらに上回るのが荒谷さんの道路工事並みの騒音をはなついびきと、

爆竹のようなおとと地響きをだす浜のおなら。

この二人の各種目これ人間界を超えてます。全日本の名物。

バンコクでのカイの寝言の叫び声も、何事かとおもった。

まあみんな生きてる証拠だ。

 

 

 

さて日本をはなれ久々のタンパまであと三日。

タンパは常夏ではありません。冬がある。

年末年始遊びすぎた体のオーバーホールをしてこよう。

 

 

 

規則正しい睡眠と食事。

海岸での猛練習。

ドリー道場。

毒素排出法。

 

 

 

飲み仲間もスポンサー関連の方々も女の子も

タンパには誰もいないから逆にいいのかもね。

タンパに渕さんみたいな人がいたら毎晩クラブ活動になる。

 

 

 

ニューヨークには、うさぎ、きら、ビビ、アクアをはじめとした日系のキャバ系が

二十店くらいあるがタンパにはアジア系キャバはない。ストリップ位。

ウエストショアのドールハウスにデールメーブリーのマンズビーナス。

 

 

 

二十代前半の最初の海外修業時代にはよくいったものだ。

あの消化不良気味がまたたまらない。

昨日も仲間同士と都内でシャンパンで体内洗浄。に心に脳に効く。

 

 

 

しかし最近の若者達、ジャンキー多過ぎ。そんなに不安定なんだね。

私は酒は飲むが薬は何にも必要ない。せめて太田胃散とエビオスくらい。

日本もだんだん悪のガキが増えてきたものだ。

ラスベガスのガキどもはみんなクラブで粉系を好み飛んでいるらしい。

私は飛ぶけど飛行機で空を飛ぶくらいでよいね。

 

 

ではまたね



泣いて笑ってまた泣いて
2009.01.21

昨日より九十九里に場所を移しトレーニング。

 

 

 

私から言わせれば別荘というのは近いほうがいいとおもう。

どんなに沖縄がいいと思っても、ワインの田崎さんのように石垣がすきでも、

こんなにまできまぐれにおもいたったらすぐに行こうとはいけない。

 

 

 

そういう点で千葉は正解だった。伊豆でもとおいい。

一時間強のドライブでまったく環境の違う空間がそこにはある。

東京に実家があるからそんな暮らしができるのだが。

 

 

 

昨晩もさまざまな珍道中。

人生泣いて笑ってまた泣いての連続。

いつも笑っていたいけど、どちらかといえば泣くほうが多いかな。

だから笑う喜びにたっせられる。

 

 

 

また今日も新たな物語を作るよ。

 



真冬の山でホットワイン
2009.01.20

昨日は終日会合。

早稲田からスタートし、高田馬場、原宿、大塚、六本木、西麻布と挨拶まわり。

忙しく1日終了。

命あるかぎりわたしは精一杯生きていきたいと思う。

 

 

 

 

六本木のとあるラウンジに入ると加藤氏というかたが社長。

名刺交換すると私の名刺に反応。

なんとかれは八十年代にテレビ朝日ワールドプロレスリングのプロデューサー。

倍賞鉄夫らとの大の麻雀仲間。

世の中世間は狭い。

 

 

 

 

しかしまあ昨日に気付いたことではないが

六本木にはなんであんなに黒人の呼び込みが多いこと。

やつらこそ石原慎太郎さんに排除してもらいたいところ。

やつらをぼこると一気に五十人くらいあつまるらしい。まるでカラス。

 

 

 

 

話はかわるが二月にまた京平会ではスキーツアーの参加を受け付けます。

みんなでまた硫黄臭くなりばか騒ぎしよう。

それか横倉の壁からみんなで真っ逆さまに落ちてみるのもいい。

 

なにがあろうが山頂駅のホットワインが冷えた心を暖めてくれる。

真冬の山でホットワインがまたよくあう。

 

まあそんなのりで。



健康あっての人生だ。
2009.01.19

蔵王に参加してくれた方のなかにツアー中、

インフルエンザにかかってしまったかたがいた。

俺がその子をスノボー教えていたがどうやら具合がいまいち。

そうしたらその晩に一気に四十度

次の日には同室の仲間が一気に四十度

 

 

 

わたしはインフルエンザの予防接種していない。

わざとしていない。自分の免疫力をためすために。

しかし風邪すらわたしはひかない。もうかれこれ六、七年くらい一度たりとも。

 

 

 

ガンの検診も異常なし。

小林邦明さんのように

とってもとっても立ちの悪い悪性腫瘍にてこずらされる場合もある。

健康あっての人生だ。

 

 

 

昨日は大塚にて。人生の反省会。

結婚、恋愛、ビジネス、ライフ。

さまざまなことを考えさせられました。



カリフォルニアコネクションだね
2009.01.18
昨晩は渕さんの誕生日パーティー。朝まで飲みました。


渕さんをおもうと水谷豊をみる。お二方ともにいい歳のとり方している。


今宵も私の気分は北野広大でなくカリフォルニアコネクションだね


蔵王は最高な旅
2009.01.17

昨日朝一からラストまで八時間滑りっぱなし

 

 

 

最後になればなるほどみんなテンション高くなりあと一本。あと一本。

 

 

 

 

いいおとなが最後はみんなでレースしてしまいました。

 

 

 

 

 

蔵王は最高な旅でした。



朝一に限る。
2009.01.16

 

 

 

千葉でのサーフはどちらかというと沈む夕日にむかって乗る夕方の海が好きだが、スキーにかんしていえば絶対的に朝に限る。

 

 

  

今日も京平会スキー部の一行は、

8時すぎの始発のロープウェイで出発。

 

 

 

誰もまだ滑っていない何の跡もない白銀の新雪のゲレンデを滑走することほど感動はない。

 

 

 

どんなにつらくても朝一に限る。

 

 

 

 



神よありがとう
2009.01.15

神よありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 



いい休暇。いいリハビリ。
2009.01.14

規則正しく十二時就寝。

六時半起床。風呂に朝から。

強酸性の硫黄の温泉が疲れた体にずばり。

 

 

 

スキーをするには朝一に限る。

みんながまだ滑っていない積もりたてのパウダーを体感する。

 

 

 

 

朝から夕暮れまで休みなしで思い切り体を動かし三度しっかりめしをくい

温泉の保温で暖まったからだが熟睡させてくれる。

 

 

 

いい休暇。いいリハビリ。

今日は快晴の予感。朝から爆発いたします。



氷点下九度
2009.01.13

昨日試合後、帰京し大慌てで支度をし京平さんのピックアップで都内を十一時発。

佐野まで京平さんの運転。佐野からさきは私が運転。

 

 

 

山形到着三時半。ロビーにてみんなで待機。

6時スーパーアーリーチェックイン。

七時朝飯。

 

 

 

 

八時半からゲレンデ。

結局みんな一睡も昨晩せず朝から元気。

天候はかなり激しいやばいくらいの吹雪。

 

 

 

氷点下九度。寝不足にこの寒さ。

なんだか我慢比べみたい。

 

 

 

 

しかしまあ京平さんの見事なスキーの腕前。お見事です。

全日本の若手もスキーくらいもっとやればよいと思う。

かなりの素晴らしいインナーマッスルのトレーニングとなる  

今晩の宴も萌萌に。

 

 

 

 

 

 

狂った果実ならぬ狂ったボンバー。




タイガー服部氏と。
2009.01.12

昨日はひさびさタンパコネクションであるタイガー服部氏と。

服部さんは七十二年から八十年までタンパに在住。

 

 

 

それ以降はニューヨーク。

リトルイタリー、ブルックリンにすみ今ではマンハッタンのユニオンスクエア近く。

 

 

私が今だタンパとの海外生活をしているわけだが一番最初、

タンパのコネクションを紹介してくださった張本人。

服部さんからヒロマツダさん。

 

 

そして私のホストファミリーであるブライアン・ブレアー。この三人はタンパの恩人。

 

 

 

昨日はエビスのご自宅にボンバー斎藤と。

ボンバー斎藤とも九十四年からのニューヨークでの仲。

 

 

 

積もる話もあり昨晩もワインが進みました。

いまだ東京ニューヨークを毎月往復している服部氏。

朝まで騒ぐパワーもすごいことなのだが、

毎月渡米するパワーもすごいこと。

 

 

 

私もそろそろ渡米かな。



元気一杯の五十五歳
2009.01.11

八王子にて試合。

 

 

車で途中渕さんを迎えに代々木のマンション。

試合後、代々木までお送りするつもりが大塚に拉致。

 

 

私のマイホームグラウンド。茗荷谷の焼肉からスタート。

医科歯科大の外科医の先生も合流。

二次会で大塚北口。

そのバーのママさんが来たる渕さんのお誕生会を開いてくださった。

お店からヴーヴクリコのロゼ。何とも幸せそうに渕さん。

 

 

 

私も最高においしくいただきました。

しかしまあいつものことながら何曲同じ歌を歌ったことか。

ニューヨーク、ニューヨーク。

このペースで行くと年間九百回位歌わねばならない。

 

 

 

渕さんは銀座の帝王の歌を私に歌わせる。

 

大阪ラバーならぬ大塚ラバー。

店が閉店まで散々歌ったらおもしろい写真。

影絵のよう。しかし元気一杯の五十五歳ですこと。



タラソテラピー
2009.01.10

勝浦に昨日は行った目的は、タラソテラピーの本格的な療養施設があるときき行ってまいりました。

 

 

 

私はガンになってからはもちろん東洋医学にはさまざまなことを勉強させられましたが、地球の老廃物である海水の猛烈なほど含まれるミネラルが皮膚はもちろん、免疫を上げ、そして皮膚呼吸により体内にもその成分が入ることによっての体力向上がみられるこの真の意味での海水浴ということには昔から興味があった。

 

 


あまりにも興味がありすぎてわざわざジャマイカのドクターズケーブビーチにまで行ったほどの興味。ずばりよかった。都内の高級スパに行こうとプールの水はごく一般の水。
しかしこのスパで使われるものは勝浦の海から毎日タンクでピストン輸送される超新鮮な太平洋の海水。

 

 


このプール内で運動も、マッサージもそして何より当たったのが無重力状態でのフローティング。もちろん一人ではできないのでインストラクターが付きっきりで私を瞑想状態に。

 

 


あそこまでのストレス完全フリーの状態にまで持っていかれたのは、初めてとでも言える。
インドのアーユルヴェーダのダーラもたしかに近いものがある。
寝ている状態と意識がある状態の丁度境を行ったりきたり。
この状態にインストラクターが誘導してくれる。はまりました。

 

 


宿泊施設もあるし、海が一望できるしゃれたレストランもある。
また勝浦にあるというのがいい。太東の別荘からわずか30分足らず。
いいスポットを見つけました。疲労回復のリハビリには最高の場所でした。
ちなみに名前はテルムマラン。ぜひお勧めです。



今日も幸せだ。
2009.01.09

昨日は去年京都で知り合ったヴォクスレイというゴスペルのグループとの飲み会。

 


大塚南口の私の超行き付け焼きとんのおみせ。
鶏もよいのだが軟骨なんかは鶏より豚のほうがうまい。
焼きとんのあと、カラオケに行って彼らの美声を披露してもらおうとしたが
話が盛り上がりすぎて二次会はワインバーにてシガー教室。

 

 


煙草を吸うならシガーの方がよい。

煙草は紙の燃えた煙を肺に入れる大変に体には害がある。
シガーはゆっくりと流れ去る時とともに時間と空間を優雅に楽しむ。

何にもあわてる必要はない。
ダンディーに品高くゴージャスに吸う自分に酔う。
まだまだ日本ではブーム到来には時間がかかるだろうが、必ずブームは来るね。

 

 


今日は久々、昔すんでいた鴨川。

昔行きつけのラーメン屋さんにいってみた。
相変わらずのおいしいやさしいラーメン。

 


私は今はやりのこてこて背油系よりもきわめて普通のラーメン。
ようは中華そば系がだいすき。このシンプルさがたまらない。
意外とすぐにありつけるのが蕎麦屋さんのラーメン。
今日も幸せだ。

この一杯のラーメン。

 

 

 

 

食後、車は一路勝浦に。
勝浦での何をしに行ったかは明日報告。

ものすごくすばらしいポイントを見つけた。

 

 


日本にこんなところがあったのかと思うほど。

どうぞ明日のレポートをお楽しみに。



正月というのは
2009.01.08

新年あけてもうすでに一週間。

私は常々おもうが年を明けるとあの年末の興奮が一気に冷めてしまうのはなぜとおもう。

 

 

 

正月というのは日本人にとっての最大のイベント。初詣、年賀状、お年玉、家族や親戚との挨拶。とにかくおめでたい。子供の頃から正月というのは誕生日以上に特別なイベントだった。あんなに特別なわりにはすぎてしまうと、シラーッと一週間がすぎ、もう八日の今日では正月気分の人間さえいない。

 

 

 

それにくらべ12月に入ってからのあの1日ずつ迫っていくあのわくわくする緊張感。最大のイベントの一週間前にはクリスマスというなんともまたロマンチックな西洋のイベントがある。クリスマスを終えると最後の年迫るたまらない緊張感。

 

 

 

そして年明け。年明けしたとたん急激に緊張感がなくなる。私は大晦日、新木場のアゲハにておよそ二、三千のガキとともにカウントダウンパーティーにいたがまさに12月のあの緊張感と似ているとおもった。

 

 

時計が十一時をさし、今年あと一時間というサインがどでかい電光掲示板に映し出してからの客のボルテージは一気に猛烈にあがる。

 

 

残り30分でさらにあがり、

残り10分でさらにさらに上がり、

五分からは会話ができないくらいにまで。

 

 

そして三分からはもうここは地球上なのか宇宙なのかもわからなくなり、

 

ラスト一分には生きているか死んでいるかもわからないほど脳がテンションたかすぎで麻痺するほどになり、ハッピーニューイヤーとなる。

 

 

としがあけ三分しないうちにもうだれも電光掲示板に注目しなくなり30分も立てばさっきの興奮はどこへ状態。なんだか新年を迎える前とあとの興奮と緊張感に似ている。

 

 

あぁまたあの緊張感を味わいためにもう今から十一ヶ月待たねばならない。まあそんなことを感じた今日この頃でした。ちなみに私は新年だろうがなつだろうが年末だろうが、大好物はお雑煮。

 

 

関東は鳥でだしをとり醤油で味付け。これに餅とカマボコと大盛りの三ッ葉をいれる。これが比内鶏を使用し餅でなくきりたんぽならば、秋田名物きりたんぽなべとなる。三沢トレーナーのお母さんの作るきりたんぽは、絶品。三ッ葉ではなく芹が入る。

 

 

これを真似し我が家でもお雑煮に芹を入れてもこれはこれでよくあう。食事もうまいものがたくさん並ぶし、酒は昼間から振る舞われるし、ガキのころはお年玉がもらえたし、やっぱ正月はいつになってもおめでたく嬉しい一時だ。

 

 

今日はヴォクスレイというゴスペルの歌手等との新年会を大塚にて。いかレスラーをハモリで歌ってもらおうか。いかレスラーゴスペル風。変わった新年会になる予感だ。皆様も変化をつけさまざまな楽しい新年会をどうぞお楽しみあれ。



給油はお早めにね。
2009.01.07

昨日は六人タッグ。武藤さんと林さん。

すっきりがっちりバチーッと勝利し、

気分高揚のままキャデラックを都内に向け走る。

 

 

 

 

一件落着というか事件解決後の西部警察のドラマのよう。

石原軍団が横一線にあるきタバコでも吸い、

警察署ないの課長室では石原裕次郎扮する木暮課長と係長が

棚から出したブランデーを一杯やっているあのシーンにちょうど似ている。

 

 

 

 

ボンド映画ならボンドガールとのラブシーン。

エムからの労いの一報にもボンド流にすかしラブシーンに夢中。

音楽は私的にはカーリーサイモンのノーバディダズイットベターが

なんともムード満点でよい。

 

 

 

 

昨日はリビングデイライツのイフデアイズアマンをききながらさっそうと常磐自動車道。

そこまでは最高だった。

 

 

 

 

首都高にはいりガソリンレベル低下のランプ点灯。

私の経験ではランプ点灯してからかなり行ける計算。

余裕かましてサントラを聞き入っていると

なんとサンシャイン東池袋出口手前七百メートル地点でガス欠。

完全停止。

 

 

 

 

大型トラックが猛烈にスピードを出して次々に突っ込んでくる。

大型になるとなかなか止まれない。

なんとか大事故を防ぐため猛烈に左による。

 

 

 

 

 

運良く私の二台後ろに首都高パトロールカーが走っていたので助かった。

すぐに彼らは発煙筒とパイロンをだし

事故回避処置。

JAFも20分少々で到着。

 

 

 

 

 

一昨年辺りに起こした首都高五号線での

タンクローリーの大事故を起こしかねないところでした。

 

 

 

 

みなさん給油はお早めにね。

 

 

 



今日も全力でいきています。
2009.01.06

千葉から都内に戻り運動して仲間と食事。

池袋探索。大昔はかなり西口は荒れていたらしい。

いまは洒落たバーやレストランがたくさん。

 

 

 

昨日の発見はスパニッシュのターパスのかなり充実した店と、

池袋ではナンバーワンのバー。

ここのバーテンに私が葉巻を吸っているところに、すっと味噌が出てきた。

味噌と葉巻があうことを知らされました。

 

 

 

飲み物は、ハードに行くならジンロック。ややソフトならジンソニック。

かなりソフトでジントニック。最近お気に入りジンリッキー。これはジンにソーダとライム。

 

 

 

酒飲みならお分りいただけることであろう。

トニックが強いとジンの味をトニックが殺してしまうがジンリッキーならその心配はない。

中間で半分トニックと半分ソーダのソニックがよい。

私にとってカクテルは甘口は避けたい。

 

 

 

今日は実家で朝から大好物のお雑煮をいただき

ドライブして茨城県ひたちなか市にて試合。

今日も全力でいきています。



千葉にて大爆発
2009.01.05

昨日は終日千葉。

アパートの一階には素敵な女子のいるカフェがある。

もちろんそこはアパートの住人しか入れないのだが、なかなかいい。

 

 

 

わたしのキープボトルもちゃんと置いてある。

私以外みんな焼酎なのだが私だけジン。

夏の猛暑にきりりとひえたジンほどうまいものはない。

 

 

 

そのこのM嬢をからかい一杯。

夜はこの町のボス田中邸にて新年会。

真田も巻き込み。征矢は焼酎が苦手だが、真田は焼酎が好きな感じ。

 

 

 

夕方真田は帰京。

私は都内から来た知人とベランダパーティー。

アパートのベランダがクラブ状態。

 

 

 

この前のアゲハを再現。BBQコンロで炭火をたき、ちょっとした焚き火状態。

音楽は重低音でがんがんに。

 

 

 

このアパートはみんな別荘として使っているから9割はいつも不在。

またそれがいい。

だから騒ごうと誰からも文句が出ない。

千葉にて大爆発の私でございました。



新年のお祝いのみ。
2009.01.04

昨日試合後、渕さんと京平さんと真田とブログのお世話になる
ピュアシティさんスタッフとお食事会。ドーム内にある叙々苑。



本来ならアジアタッグの祝勝会の予定だが残念ながら祝い事は新年のお祝いのみ。
おいしく楽しくいただきました。



食後、真田をつれ知人にわたしのキャデラックを運転させ、九十九里のアパート。
到着後、上の階の電通本部長のお姉様宅にて新年会。



シャンパンとおせちをこれでもかというほどにたくさんいただきました。
みんなで雑魚寝。



もしもアジアタッグをとっていたならどんだけのパーティーをしていたかとおもうと
逆におそろしいくらい 銀座も六本木もまだ休業中なのにいったい渕さんと
どこでどうやって宴会するのだろうか。



まあ今年の目標というか毎日の目標というか
毎日を健康に怪我もなく
その日を食べる心配もないだけでどれだけ
幸せかを思うだけで
お祝いをしなければならないね。



しかしまあ あいかわらず小島にしろ
鈴木実にしろ論外にしろカイにしろ
みんなすごいやつらだ。


 

 

私はこの強者があつまる全日本で毎日
試合できるとはなんという幸せなことか。
今日は朝からジン様に御礼を申し上げます。




精進いたします
2009.01.03
アジアタッグ残念ながら取れず。


ご期待くださいましたファンの方々、申し訳ございませんでした。


しかしこれにめげずとれるまで何度でも挑戦したいとおもう。


渕さんに逆に申し訳ありませんでした。今後とも改めて精進いたします


緊張の面持ちで・・・
2009.01.02
新年あけまして二日目。
今日は渕さんがやってくれた。見事正田をスモールパッケージでフォール。
温かい後楽園の全日信者の大喝采をあびていた。



渕さんがカバーしスリーカウントはいった瞬間、だれよりも
うれしそうにしていたのはこの日レフェリーを裁いた
同じ古くからの全日本メンバーである京平さんのようにかんじた。



やはり歴史と伝統は私のようなまだまだ全日本一年生には語ることはできないと
思った。 あす準決勝があるがアジアタッグはかなり深い。



私なんか以上に京平さん、渕さんの思い入れは何千倍にも深い。
緊張の面持ちで明日を迎えます。


アゲハデビュー。
2009.01.01
明けましておめでとうございます
さて昨晩のカウントダウン、九十九里で新年を迎えるか否か考えたが、
やはり家だとテンションが低くなる。



なにせいつでも寝れるという緊張感の低さに原因がある。
さてそうしたら一番テンションあげられる方法を考えた。
そうだクラブしかない。どこのクラブにいこうか。



都内のクラブはすべてカウントダウンパーティー。
池袋、六本木、西麻布、麻布十番を考えた。
ヒルズのマドラウンジも考えた。クロスも702もエーライフも考えた。
最終的に選んだのは、昨日わたくしアゲハデビュー。



ものすごいひと。入るのに一時間弱さむいなか並びました。
消防法に引っ掛かるほど超満員。トイレに行くのに一苦労。
しかしおもったがヤンキースタジアムよりは三倍はやい。
シェアスタジアムよりは五倍はやい。



なぜだろう。アメリカ人のほうが飲むからだろうか。尿のタンクのおおきさだろうか。
尿を済ませる時間の速さにアメリカのスタジアムに比べ
とんでもなく回転が速いのにおどろいた。



まあそんな雑学はどうでもよく、思い切り大爆発。
タンパでもたまに行くが、クラブはドイツでよく行ったものだ。
とくにブレーメンのクラブ・バラーマン。



アゲハでこののりでプロレスをしたいとおもう。
成功したヴェルファーレにつづぎアゲハ。ここはいいクラブだ。
またお気に入りがふえました。



今年もクラブに クラブに 励みます。みんなでいこう。
みなさま本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


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