しかしこの町、夜間になると夜が更ければ更けるほど怪しい場面がある。
ゴーゴーバーにマッサージパーラーにストリップにぼったくりバーに。
タクシーも夜間はまずメーターをたおさない。
すべて交渉制。
まあ町中で移動だからぼられても大したことはないが
日中の相場を知っているものとしては腹が立つ。
しかしここはタイ。町中でせいぜい移動して百バーツ程度。
ようは三百円。ぼられて三百バーツ。千円くらい。
私は世界中どこにいってもぼられることはないが、
五十円、百円けちるのに手間を掛けて時間と労力をかける。
相場を知ることは大事なこと。
五十円ぼられたところで死ぬわけじゃないが、
しかし彼らにとっては塵も積もれば死活問題。
こんなくらい夜道をまっすぐホテルに送り届けてくれるのだから
気分よくかつ安全に帰りたい。
ホテルについてしまえば治安の問題はない。
たまに日本人がねらわれたり、殺されたり、事件に巻き込まれたりあるが、
私から言わせればみんな隙がありすぎる。
ボンバー斎藤なんか今でこそおとなしくなったが
九十年代のニューヨークであったころは、毎日のようにねらわれていた。
スリ、強盗、強迫、一方的な暴力。
しかしいまじゃルールで人を裁く立場。
月日が経つのはおもしろい。
しかしなんでみんな治安の悪いところでもハンドバックを持つのだろう。
スリから言わせれば標的を自ら教えてくれているのと同じこと。
私はマツダさんから教わった。
ペルー、メキシコ、そして七十年代の荒れたアメリカを渡り歩いてきた旅人の名言がある。
夜道を歩くときはものを持つな。現金もカードも最小限にしろ。
常に両手をあけとけ。財布は長財布じゃなく折りたたみ財布をケツのところにしまえと。
二十一歳の時にマツダさんにタンパでであった。
侍というかオールドファッションのカウボーイのオーラがある。
とてつもなくかっこいいとおもった。
口癖は、なかなか一般日本人に言えない、私は日本食なんか食べたいと思ったことないだった。
青い目の奥さんをもち、身長百八十をこえる二人の美人姉妹の娘たち。
国際結婚願望に自然と魂がうずいた。
今じゃ国内に落ち着いたが。
さて昨日もめいいっぱい練習し夜、少々バンコクを徘徊。
パッポンをはじめ夜の店はだいたい二時で終了。
しかしここはバンコク。営業法すれすれでやっているクラブがあった。
クラブは銀座、六本木的クラブではなく、エーライフ、ジニアス、あげは的クラブです。
名前はスパイシーとボッスィーの二件。
ベッドサパーはきれいでモダンだが客層がおとなしい。
一番盛り上がってたのはボッスィーかな。
スパイシーは、やや音楽がエーライフ系。
わたしはナンパするわけでもないし踊り狂いにいくわけでもないが、
少々の酒を飲み、のりのりのいい音楽を聞くと内臓から身体中元気になる。
クラブははっきり言って元気になれます。
クラブにいくにも体力はいるが。
ホテルとクラブがら元気になる。
海水浴、森林浴、月光浴、ホテル浴、クラブ浴。
みんな元気で頑張ろう。